戦争が終わり、裁判官として採用してほしいと直談判じかだんぱんに行ったとも(伊藤沙莉)が司法省で出会ったのが、民法調査室主任を務めていたどうよりやす。「ニックネームは“ライアン”」「日米開戦前に視察で渡米」「世が世ならお殿様」……。

さまざまな逸話を持つ久藤をさんくさく感じつつも、寅子は彼の元で民法改正に向き合い、法曹家としての熱い思いを取り戻していきました。寅子が家庭裁判所設立準備室に異動してからも、彼女の人生の転機にかかわる、ドラマ後半のキーパーソンです。

そんな久藤を演じるのは、沢村一樹さん。久藤は寅子をどう見ていたのか、演じる上で心がけたことなどを伺いました。


久藤は目的のためなら、計算も演技もできる策士

——脚本を読んで、沢村さんは久藤をどんな人物だと思われましたか?

まず、久藤に出会ったときの寅子のモノローグが「なんか散臭さんくさい」だったんですよね。その後も、久藤に対する「やっぱり胡散臭い」とか「チャラい」みたいなセリフが何度も出てくる(笑)。

確かに衣装も独特だし、自分を「ライアン」と呼ばせているし、ちょっと変わり者じゃないですか。今の「チャラさ」と当時の「チャラさ」は違うかもしれませんが、久藤を演じるにあたっては、どこかそういう印象を与えたほうがいいんだろうなと思いました。

——周囲の人が久藤を評する言葉から役作りが始まったんですね。

そうですね。脚本を読んで少し悩んだのは、僕のセリフだけやや現代語っぽかったことです。そのことで皆さんが作られている“時代感”を僕が壊してしまわないかと、心配になりまして。ちょっとしたセリフの言い回しや立ち振る舞いに、強めに時代感を出すように気を付けて、なるべく違和感がないようにしたいと思いました。

ただ、スタッフの皆さんが、衣装の細かいところまでこだわって時代感を出してくださったので、かなり救われましたね。ズボンの裾が折り返しだったり、ジャケットにベンツが入っていなかったり。そのおかげで、心配したよりもちゃんと時代にマッチできたのではないかと思います。

——寅子からは“胡散臭い”と言われますが、基本的に紳士的で物腰柔らか、いつも笑顔を絶やさないという印象でした。

「世が世ならお殿様」ですから。ただ、きっと他の人とは違う目線で社会を見ているところはあると思います。恵まれた立場であるがゆえに、周囲から色眼鏡で見られたり、妬まれたりもしているでしょうし。

ただ、自分の見られ方についてプラスの面もマイナスの面もよくわかっていて、あえてそれをうまく利用して立ち回っていたんじゃないかな。

だから振る舞いとしては、常に余裕を見せておこうと思いました。いつもニコニコ明るくて、誰にでも優しくフレンドリーだけど、本当に心を許しているかどうかわからない、というような。

——確かに、第10週には寅子を気に入って雇ったわりに、試すようなシーンがいくつもありました。寅子に「思ったより謙虚だね」と言ったり、GHQのアルバート(ブレーク・クロフォード)に「(寅子を)見定めてる最中」と言ったり……。

久藤はいろんなところに目くばせしているし、自分の目的のために着々と計画を立てて、計算も演技もできる策士だと思うので、特に最初のほうは、いろんなシーンで敢えて“どっちともとれる”ような芝居を意識しました。

本音か嘘かわからない、嫌味か褒め言葉かわからないように。久藤が出てくると、「こいつ、もしかして悪いやつなのかな?」と、見ている方の胸がザワザワするくらいのほうがいいなと。

ただ、「見定めている最中」に関しては、たぶん言葉通りで、寅子に面白さを感じてはいるけれど、まだ認めていなかったと思います。そもそも、廊下でちらっと見ただけの子を久藤が引っ張るとは考えにくい。きっと寅子が日本初の女性弁護士ということは知っていて声をかけたんじゃないかと、僕は思っているんです。

というのも、第11週で明かされたように、久藤はアメリカでFamily Court、家庭裁判所を視察して感銘を受け、日本にも同じものを作りたいという夢を持っていました。そのためには、どんなチームを作り、誰に何をやらせるかを着々と計算していたはずです。

そのプランの中に“日本初の女性弁護士”というカードを考えていたのかなと。だから、優しく導く一方で、もし寅子が期待したような力を発揮できないなら、見限って別のプランに変更する――それくらいの冷静さを持っていたと思いますね。

——なるほど、まるでプロデューサーですね。

久藤は出世にも、自分が表に立って手柄を立てることにも興味はないけれど、何か形あるものを世の中に残したいという欲はあったんじゃないでしょうか。

それが家庭裁判所だった。「これは日本にとって絶対に必要だ」という信念があるから、家庭裁判所を作ることに全力を尽くすし、そのためのメンバーを集め、場を提供して、誘導していったんだと思います。

そのメンバーが、多岐川(滝藤賢一)や桂場(松山ケンイチ)、寅子という変わり者ばかりなんですけどね。たぶん久藤って、世の中を変える人は「変わり者」だと思っているんですよ。3人とも個性はバラバラだし、欠けているところもあるけれど、集まると互いの欠点を埋め合って、大きなことを成し遂げられると信じている。

久藤自身はエリートだし、恵まれた環境にあり、勉強もできるけれど、世界を変える人間ではない。それがわかっているから、自分は表に立たず、空中分解しそうなときだけ出て行ってバランスをとっているんだと思います。


沙莉ちゃんがヒロインに決まった時はめちゃくちゃうれしかった

——一方で、目的達成のためという以上に、寅子を成長させようとしているように感じます。

それはありますよね、面白い人が好きだから。芸能プロダクションの社長が、大事なタレントを育てるみたいな感じじゃないですか? 甘やかさないし、余計な口出しはしないけど、ステージをちゃんと用意して、「次はここだよ」と道筋を示してあげる。どんどん大きくなっていくのを、楽しみに見ているのかな。

そして「俺がやってやったぞ」と言わずに去っていく(笑)。家庭裁判所が形になるのを見て、 多分心の中で「よくここまで育ったね、ありがとう」って言ってるんじゃないでしょうか。

——沢村さんは、寅子役の伊藤沙莉さんとのお芝居が楽しみだと、キャスト発表時のコメントでおっしゃっていましたが、今回ご一緒してみていかがですか?

僕、ドラマや映画の同じシーンを何回も見るのが好きで。「面白いな」「何でこんな表情してるんだろう」と思ったら、そのお芝居を巻き戻して何回も見るんです。

そうしたらあるとき子どもから「お父さん、この子が出てる時、いつも巻き戻してるよ」と言われまして。「そうなんだよね、好きだから」って答えたんですけど、それが沙莉ちゃんでした。

「ひよっこ」(2017年放送)の時はセリフを交わすシーンはなかったんですが、会えるのを楽しみにしていて。今回、沙莉ちゃんが「虎に翼」のヒロインに決まった時はめちゃくちゃ嬉しかったです。

僕と同じように思っている人がちゃんといるんだなとわかりましたし、朝ドラで彼女がヒロインになるのには、すごく大きな意味があると思っています。

——伊藤さんのお芝居の、どこが気になるんでしょう?

テンポです。少しだけテンポが人より早いんですよ。それが見ていてすごく面白い。「うまいな」と思うし、気持ちがいいんです。ほんのちょっとの違いなんですけど……。今回、間近で見ても、やっぱりそう感じました。

それに、寅子はセリフの量が多いし、法律用語も難しいし、シリアスなシーンも多いし、とにかく大変じゃないですか。それを毎週、一日、二日で覚えて撮影している。本当にすごいなと感動します。

——伊藤さんとのお芝居は、刺激になりますか?

いや、彼女がすごすぎて、僕に余裕がないです。幸い、彼女と2人きりのシーンは、2つくらいしかなくて、どちらもほとんど僕がしゃべってるんですよ。 だから逆にやりやすいというか、お互い同じぐらいのセリフのやり取りをするとなったら、同じステージに立てない気さえしますね。

——ありがとうございます。最後に、視聴者の方にメッセージをお願いできますか。

そうですね……「虎に翼」は、寅子のお父さんが逮捕される第5週ぐらいから、しばらくの間、ちょっと重たい展開が続いていたと思います。

それが第9週で戦争が終わって、寅子も新たなステージに向かう中で、僕たち新しい登場人物が、皆さんの気持ちをぐんと引っ張って、このドラマのまた違う魅力を提供できたらいいなと思っています。

吉田恵里香さんの脚本は読んでいて本当に面白いし、監督の梛川(善郎)さんの演出が、またすばらしいんです。ぜひ、楽しみにご覧いただければと思います。

さわむら・いっき
1967年7月10日生まれ、鹿児島県出身。NHKでは、大河ドラマ「利家とまつ~加賀百万石物語~」「篤姫」「西郷どん」、連続テレビ小説「ひよっこ」、特集ドラマ「混声の森」、「サラリーマンNEO」シリーズなどのほか、「歴史のへ~、ほ~」シリーズではMCを務める。主な作品に、ドラマ「DOCTORS~最強の名医~」シリーズ、「絶対零度~未然犯罪潜入捜査~」シリーズ、「刑事ゼロ」シリーズなど。