「まいにち 養老先生、ときどき まる」は、NHKBSプレミアムで時折放送されている番組だが、今の時代だからこその輝く存在感を持っている。何事も慌ただしい現代において、養老孟司先生のものの見方、感じ方から学ぶことがたくさんあるのだ。

番組タイトル中の「まる」は養老先生の愛猫で、スコティッシュフォールドという種類だった。長らく養老先生の横にいたけれども、2020年の12月に、18年の生涯を閉じた。

まるがこの世を去ったこともあって、「まいにち 養老先生、ときどき...」というタイトルで放送が続いているこの番組。私の回りでもファンが多く、よく話題にのぼる。

先日は、『まいにち養老先生ときどき...「2022冬」』が放送された。養老先生が、鎌倉、福島、そして京都などを歩きながら、これまでのご自身の人生を振り返り、人生や世の中について考えるぜいたくな89分だった。

私自身も、鎌倉にある小林秀雄旧邸で養老先生とお話するというかたちで一部参加させていただいたので、この番組のフォーマットや収録、編集、構成について、いわば「内側」から体験するという貴重な機会を得ることができた。

放送された私との対話の中で、養老先生は、小林秀雄の著作の中では、晩年の「本居宣長もとおりのりなが」に特にかれるとおっしゃった。その理由が、いかにも養老先生らしかった。

本居宣長は、医者をしながら、「古事記伝」などの著作を世に問うた。医業は、いわば「世間」とつきあう上での生業で、それと自分の生涯の仕事をうまく両立させた。そのような世間との距離感が、養老先生ご自身に通じると感じた。

本居宣長が仕事の場とした「鈴屋」(すずのや)。養老先生は、「はしごで上るでしょ。その後、はしごを引き上げてしまえばいいんだよ」とうれしそうにおっしゃった。そうなれば、もはや世間と没交渉になる。

養老先生にとって、本を書いたり講演をしたりするのが、世間とつき合うこと。一方、情熱を注いでいらっしゃる虫の研究は、本当に自分が好きなこと。その両方のバランスをとっている生き方を、本居宣長に重ねているように感じた。

番組は、養老先生の日常を追いつつ、その中で養老先生がぽつりぽつりと話される珠玉の言葉を拾う。山の中で虫取りをしたり、標本をつくったりといった楽しそうな姿から、人生の意味のようなものが自然に伝わってくる。

時折、養老先生がご自身の著作の一部を朗読し、そこに自然の景観が重ねられたりする。鎌倉の行きつけのお店でカキフライを食べる養老先生など、ファンにとってのお宝映像も満載だ。

何よりも、極めて深い内容を扱いながら、テレビ番組として長尺を飽きさせずに視聴者を魅了し続ける、その巧みな構成に驚かされる。ここまで番組の質を高めるために、どれだけのリサーチ、取材、撮影、そして編集をしたことだろう。

いかにもNHKらしい、そしてBSプレミアムならではの、「まいにち 養老先生」。養老先生には長生きしていただきたいし、番組もずっと続いて欲しい。

1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。文芸評論、美術評論などにも取り組む。NHKでは、〈プロフェッショナル 仕事の流儀〉キャスターほか、多くの番組に出演。