ちょうとくの政変」でちゅうぐう定子の実家・なかの関白かんぱくが没落し、定子が出家する悲劇のなか、清少納言は『まくらのそう』を書き始めました。清少納言は『枕草子』のところどころに、この作品の誕生秘話を書き留めています。

長徳2年(996)5月に定子が出家したのち、清少納言は定子のもとを離れ、長く自宅にひきこもりました。ふじわらの斉信ただのぶとの親密さを理由に、女房たちから藤原道長みちなが派閥への内通ないつうを疑われたのです。

さしつどひ物など言ふも、下より参る見ては、ふと言ひやみ、放ち出でたるしきなるが、見ならはず憎ければ、「参れ」など度々たびたびあるおおせ言をもぐして、げに久しくなりにけるを、また宮のへんには、ただあなたがたに言ひなして、空言そらごとなども出で来べし。

女房たちは集まって話していても、私が局から来るのを見ると突然話をやめて、私をのけ者にする感じだった。そんな仕打ちは初めてで憎らしかった。中宮様から何度「出てきなさい」と仰せごとがあっても聞かず、長いときが過ぎた。その間にもまた、中宮様の周りの女房たちは私を完全にあちら側の一味に仕立てて、根も葉もないうそまで言い出していたのだろう。

(『枕草子』「殿などのおはしまさで後」)

長徳の政変ののち、定子の二条宮は火災にいました。おそらく中関白家の窮状きゅうじょうにつけこんだ、財宝目当ての放火でしょう。勝手を知った内部の者の犯行という可能性もあります。

定子が移った避難先では、雑草が庭先にはびこっても刈る者がいませんでした。雑用係も定子を見限ったのです。清少納言のことで女房たちが疑心暗鬼になるのも、仕方のない状況でした。引きこもりは長く続き、清少納言は孤独をかみしめながらも、定子を気にかけていました。

そんな折、清少納言のもとに定子から立派な紙が届きました。「早く出ておいで」との手紙も一緒です。清少納言は思い当たりました。

「どんなに気分がふさいでいても、白い素敵な紙が手に入れば心が癒やされると私が言ったことを、定子様は覚えていて下さったのだわ」

以前、清少納言は定子や同僚たちにそう言ったことがあったのです。そのときは笑っていた定子でしたが、今まさに清少納言が苦境にあると見て、思い出したのでしょう。清少納言は紙が手に入ったこと以上に、定子の気持ちをうれしく感じました。そしてその紙を「草子(冊子本)」に仕立てて、定子に贈ったのです。

白い紙を冊子にして返すだけでは芸がありません。清少納言は冊子に何か書こうと考えました。定子様は私よりもっと孤独と苦しみに耐えているに違いないのに、私を励ましてくれた。中宮様の心を美しい文章と楽しい内容で慰めたい……。その思いから『枕草子』は生まれたのです。

ドラマでも触れていたように、中関白家全盛の頃にも、清少納言は紙をもらい受けていました。もとは藤原伊周これちかが定子に献上した紙でした。いちじょう天皇にも献上され、天皇は司馬しばせんの『史記しき』を書写させるつもりだったといいますから、大量の紙です。

定子は『きん和歌わかしゅう』を書写させるつもりでしたが、清少納言に相談すると「それなら枕でございましょう」と答えたので、定子は喜んで「なら、あなたが受け取りなさい」と与えたのです。

なぜ清少納言は「枕」と答えたのか。ドラマで語られたように『史記』の“敷物”に対する“枕”という言葉遊びだとも、紙束が分厚いから枕にしたいという冗談とも、諸説あって謎です。

が、定子が紙を清少納言に託したことは確かです。当時、言わば文化の聖典だった『古今和歌集』に匹敵する作品を、清少納言の手で書いてみよとうながしたのです。

こうして清少納言は、二度にわたって受け取った大量の紙を手元に置き、忙しい仕事から離れ、定子を力づける意欲に満ちて『枕草子』の制作に着手しました。現在の『枕草子』では、例えば次の一節がこのころの作でしょう。

うれしきもの。……みちのくに紙、ただのも、良き得たる。……御前に人々所もなく居たるに、今のぼりたるは少し遠き柱もとなどに居たるを、とく御覧じつけて、「こち」と仰せらるれば、道あけて、いと近う召し入れられたるこそ嬉しけれ。

嬉しいこと。……陸奥紙みちのくがみでも、ブランド紙でなくても、良い紙をもらうこと。……中宮様の御前に女房たちがたくさんいるとき、私がつぼねから参上して少し遠い柱の辺りにいると、中宮様がすぐに見つけて「こちらへ」と声をかけて下さる。すると皆が道を開けてくれて、中宮様のすぐそばでお仕えできる。これこそが私の嬉しいこと。

(『枕草子』「うれしきもの」)

紙をいただいた御礼と、定子に仕える喜び——。『枕草子』を読んだ定子はほっこりしたでしょう。同僚たちからの裏切り疑惑も解消できます。なお、「嬉しきもの」の中にはこんな一節もあります。

「憎い相手がひどい目に遭うことも嬉しい。罰当たりな気持ちとは分かっているけれど」

この正直さも1000年伝わる古典『枕草子』の真髄しんずいだと、私は思います。

 

引用本文:『枕草子』(小学館 新編日本古典文学全集)

京都先端科学大学人文学部歴史文化学科教授。平安文学研究者。紫式部とその作品、また時代背景を研究している。1960年、石川県金沢市生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科修了。博士(人間・環境学)。2007年、『源氏物語の時代 一条天皇と后たちのものがたり』でサントリー学芸賞受賞。2015年、『平安人(へいあんびと)の心で「源氏物語」を読む』で古代歴史文化賞受賞。著書は受賞作のほか、『紫式部ひとり語り』(2020年)など多数。近著に『道長ものがたり』(2023年)。