第20回、まひろ(紫式部)一家が父・ふじわらの為時ためときえちぜんのかみ就任で喜ぶ一方、なかの関白かんぱく伊周これちか隆家たかいえが処罰されて、明暗を分けました。これは下の年表のように、実際にときを同じくして起きたできごとでした。

 

正月16日に起きた山院ざんいん襲撃事件(ちょうとくの政変)は、道長みちながを通じてすぐに検非違使けびいしちょうべっとう(長官)の藤原実資さねすけに伝えられ、いちじょう天皇は25日のあがたもく(地方官の人事異動を決めるぎょう会議)に伊周を参加させないと決めました。

そしてこの日の除目で、為時の淡路あわじのかみ就任が決まりました。除目では「おおがき」という文書が用意され、任官の決まった者の名をポスト名の下の空白に書き込みます。このときの大間書は鎌倉時代の写本が現存し、記入された計181名の中に淡路守藤原為時、越前守みなもとの国盛くにもりの名が見えます。

ところが3日後の正月28日、突然道長がだいに参り、国盛の越前守をやめさせて為時を任命することが決定しました。これは国の公文書にもとづく史書『ほんりゃく』のしるす事実です。

道長が3日で人事をくつがえしたのはなぜか。その謎から生まれたのが、為時のもうぶみ(自己推薦書)の美文が道長と天皇の心を動かしたという説話です。

<為時の申し文——漢詩句>

【白文】苦学寒夜紅涙霑襟 除目後朝蒼天在眼

【書き下し文】苦学の寒夜、紅涙こうるいえりうるおす 除目じもくの後朝、そうてんまなこ

【大意】苦学した寒い夜、血の涙が襟を濡らした。しかし努力はしく散った。人事異動会議の翌朝、茫然ぼうぜんとした目に青空がしみる

(『今昔物語集』24巻第30話)

「懸命に勉学した甲斐かいもなく、今は蒼天——天皇の恩を仰ぐしかない」とすがる句です。「苦学の寒夜」と「除目の後朝」、「紅涙」と「蒼天」が、それぞれ対になっています。ちなみに「紅涙」とは、涙を流し尽くして出る血の涙で、漢詩特有の表現です。

この句が本当に提出されたかはともかく、道長は自身も漢詩をんだので、すでに為時の才能を知っていたのかもしれません。

ドラマで描かれたように、越前にそうの商人たちが来ていたのも事実です。道長は改めて適材適所の人事を行い、天皇も許したということでしょう。道長と天皇は力を合わせて、国のためにい政治を行おうとしていたのです。

このように真面目まじめな一条天皇は、中宮定子の身内だからといって伊周と隆家を特別扱いすることができませんでした。2月、捜査に取り掛かると、伊周の関係先から兵や武器が発見されました。伊周は何か物騒なことを起こそうとしていたのではないか……。そんな嫌疑が拭えなくなり、天皇は2人に罰を与えることを決めました。

3月には、花山院襲撃事件に加え、詮子をじゅし、皇室の者以外が催してはならない秘法・太元帥たいげんのほうを行ったとの余罪も明るみに出ました。これらは、それぞれ花山院と女院を標的とし皇室をないがしろにしていて、天皇家の権威をおとしめるものです。天皇はその意味からも、2人を国家転覆罪に匹敵する重罪と裁断したのです。

4月24日、処罰が言い渡されました。伊周はざい、隆家はいずへの流刑。死刑のない当時、大宰府への流刑は最高刑でした。伊周は病気と称してゆういましたが、天皇は許さず、即刻の逮捕とはいを命じました。このように伊周と隆家への処罰は終始天皇が主導し、その態度は厳しいものでした。

伊周と隆家は、折しも懐妊した定子が里帰りしていたじょうのみやにたてこもりました。周辺は逮捕劇を見に集まった野次やじうまでごった返し、邸内に乱入する者もいて混乱を極めました。定子は伊周の手を取って逮捕をはばみ、邸内から漏れる泣き声は野次馬のもらい泣きを誘いました。

そして5月1日、大規模な家宅捜索が行われました。二条宮に検非違使たちが乗り込み、邸内をしらみつぶしに調べたのです。天井や板の間が外され寝室の壁も破られた末、隆家は逮捕されましたが、伊周は逃亡。京都の西・嵯峨野さがのの奥の愛宕あたご山(標高924メートル)に潜伏との情報があり、追っ手が向かいました。

そんななか、定子は二条宮で自ら髪を切り、出家を遂げます。天皇への抗議のためか、実家の没落への絶望からか。いずれにせよ、この衝動的な出家は道長たち政界をも巻き込み、一条天皇と定子の運命を狂わせていくことになります。

 

引用本文:『今昔物語集』(小学館 新編日本古典文学全集)

 

京都先端科学大学人文学部歴史文化学科教授。平安文学研究者。紫式部とその作品、また時代背景を研究している。1960年、石川県金沢市生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科修了。博士(人間・環境学)。2007年、『源氏物語の時代 一条天皇と后たちのものがたり』でサントリー学芸賞受賞。2015年、『平安人(へいあんびと)の心で「源氏物語」を読む』で古代歴史文化賞受賞。著書は受賞作のほか、『紫式部ひとり語り』(2020年)など多数。近著に『道長ものがたり』(2023年)。