幼くして即位したいちじょう天皇は、ちゅうぐうさだ(高畑充希)との愛を育みながら、自らの意志でまつりごとそうとするまでに成長した。だが、関白の後継問題が浮上するや、定子の実家であるなかの関白かんぱくと、母・あき(吉田羊)との軋轢あつれき翻弄ほんろうされることに……!
演じる塩野瑛久に、自分の役柄やドラマに対する思いを聞いた。 


人間らしさと帝の高貴な雰囲気をどう融合させていくのか                              

——どのような準備をして収録に臨まれましたか?

本やネットでいろいろな文献を調べて、平安の世界全体の関係性や当時の当たり前といった時代背景を、必死になってインプットしました。そのうえで大石静さんが書かれた台本を読み、その場で感じたことを大事にしながらお芝居しようと心がけました。

——文献で、印象に残っているエピソードは?

笛が上手だったこと、猫が好きだったことは有名だと思うのですが、やっぱり定子を生涯愛し続けたということが、この時代においてはすごく貴重で、レアな関係だったと改めて感じました。特に一条と定子、そして(後の中宮)あきの3人の関係は……。その関係性を知るだけでもだえてしまうというか(笑)、とうといと感じました。

——りゅうてきの練習はされたのですか。

はい。龍笛のシーンは確実に入ると聞いていたので、練習は結構しました。龍笛はすごく心の内が出る楽器だなという印象を持っていて、まず鳴らすことが本当に難しいんですよ。

第一段階として低い音は出るのですが、指導の先生が聴かせてくださる高い音にたどりつくには、なかなかの根気が必要。それが、いっぱい練習すればいいというものでもなくて、ある程度リラックスして、力を抜くことがすごく大事な楽器でもあるんですよね。

唇の開き方が繊細で、力を入れすぎても音が出ないし、緩めすぎても低い音しか出ないし……。その絶妙な加減を自分の中で落とし込むのに苦労しました。
練習用の龍笛を自分の部屋の目につくところに置いて、パッと目に入った瞬間に2、3分吹く、みたいなことを毎日コツコツとやりました。

——練習用と本番用の笛は違うんですか?

本番用はとても貴重なものらしいです。800年前くらいのものなのかな? 丁寧に丁寧に扱って、また難しいのが、練習用と微妙に塩梅あんばいが違うんですよ。吹いた息の当たり具合とか。なので、収録現場に入ってから、その笛に慣れるまでに時間がかかりましたね。

——所作についての苦労はありましたか?

意外と、所作で気をつけなきゃいけないことは少ないんです。基本的に一条天皇はずっと座っているので。僕のほうから進んで移動する、例えば「目上の人が来たら、こう避けなきゃいけない」という所作も、位がいちばん上なので、することもなく。

気をつけているのは、歩き方と話し方ですね。天皇という立場と、平安時代ということもあって、ほかの人よりは少しゆったりと時間が流れているような空気感がほしいな、と思いながらやっています。

——セリフをゆっくり話しているということですか?

会話の中に難しい言葉が出てくるんですけど、言い慣れているように聞こえるかなと思って、リハーサルでセリフをつらつらっと言ってみたんです。

そうすると「もうちょっとゆっくり話してほしい」という要望があったので、人間らしさと帝の高貴な雰囲気をどう融合させていくのか、監督さんたちと話し合いながら芝居を作っていきました。

——初めてセットをご覧になったときの印象はいかがでしたか。

現代に残っているせいりょう殿でんは重ねてきた年月を感じさせる建物ですが、セットの清涼殿には古びた感じがなく、真新しい状態なのが、すごく新鮮でした。まさに自分が平安時代に生きているという感じがしましたね。

それと、僕は基本的に清涼殿にいて、このセットでの撮影ばかりなので、カメラマンさんは大変だな、と思います。みんな動かないので、どんな映像にしようか、常に頭を悩ませてるんだろうなぁ(笑)。けれども、どこを切り抜いても、すてきな絵になるように飾られているので、本当にすごいなって思います。

今回、大河ドラマに関わって改めて思ったのは、スタッフの皆さんが本当にプロフェッショナルだなということ。ゴタゴタしたり、スタンバイで止まったりが全然なくてスムーズなんです。

声をかけ合いながら皆さん穏やかな顔で撮影しているので、このチームワークやプロフェッショナルの皆さんの腕があってこその大河なんだなと、いつも感じています。


定子に対する愛が、自分の立ち位置や周囲とあいれなくて……

——初めての撮影のときに緊張感はありましたか。

緊張というよりも、所作も含めて「帝という立場上、こうあらねばならない」という固定観念のようなものを持っていたので、その点で少し硬くなった部分がありました。

あとは年齢の部分ですね。最初はすごく若いので、帝として未熟な面をどの程度表現しようか考えて……。一条は未熟ではあっても頭がいいので、いい塩梅を見つけるのがなかなか難しいです。

10代から30代まで演じるのですが、最初は未熟だった少年が、天皇らしさ、貫禄みたいなものを徐々に身につけていくことを意識しながら演じたいと思っています。

——塩野さんの登場前は、子役の柊木陽太さんが一条天皇を演じていましたが、同じ役を引き継ぐ難しさはありますか? 

実は、彼のお芝居を見る機会がなかなか作れなくて、1日撮影して次のリハーサルのときに、ようやく見ることができたんですよ。そのときに定子とじゃれ合っているシーンを見られたので、改めて自分の中で幼いころの定子との向き合い方というものが少しわかりました。

ただ、台本を読むかぎりでは、(自分が演じる)一条はぐっと大人になっていて、定子を力強く守ろうとするシーンもあるので、戯れ合っていたときの気持ちをどこに落とし込もうか、逆に難しいと感じました。

でも、きっと背伸びをしているんだろうと解釈して、やっぱり定子自身がすごく強い女性なので、支えてもらっている意識でいます。僕の中では、定子はやはり自分が甘えられる存在で、一方、先々で妻に迎えることになる彰子は、自分が引っ張っていくのだろうな、と認識しています。

——成長して、定子との関係に変化はありましたか。

一条天皇について調べた段階では気づかなかったのですが、大石さんの台本を演じてみると、一条天皇も立場上いろいろ決めなければならないことがあったんですよね。民のために行動しなければ、という思いもあって。

それなのに、定子に対する愛が、自分の立ち位置や周囲と相容れなくて、こんなにも反発し合うものなのかと……。思っていたよりも心が荒れるシーンが多いので、監督さんたちと話し合いながら、どう演じていこうか考えています。

——定子役の高畑充希さんと共演した感想はいかがでしょう。

人柄も含めて、高畑さんのお芝居が好きなので、その気持ちを膨らませて、いちに思い続けることだけを意識してます。現場でも、いろいろとわいない話をしながら、楽しく撮影ができていると思います。心が苦しくなるようなシーンも、高畑さんの存在に助けられていますね。


御簾を越えてきた人とのお芝居が、より温かく感じるし、より沁みるんです

——収録の中で、印象的だったことはありますか?

やっぱり御簾みすの存在がすごく大きいですね。天皇の前には御簾が掛かっているので、僕が現場に入ってぎょう役の皆さんにご挨拶しても、目が合わないんですよ。僕の方からは割と見えているんですけど、向こう側からは見えないらしくて。

だから「おはようございます」って言ったら、どこから聞こえたんだろう? って顔をされてしまうんです(笑)。

例えば秋山(竜次)さんと(柄本)佑さんが話をされている内容で「あ、この話題、僕もついていけそうだな」って思って話しかけようとするんですけど、やっぱり向こうからは見えない感じで、すっごく孤独なんですよね(笑)。

「帝って孤独なんだなぁ」というのを強く感じる日々です。そういう意味で、その御簾を越えてきた人とのお芝居が、より温かく感じるし、よりみるんですよね。やっと人間らしく会話ができる、って……。そういったところも今回の撮影で感じたところです。

 


苦しいんですよ。詮子と会話するシーンをやっていると、胸が締め付けられるようで……

――今回、詮子が一条天皇に涙の説得を試みました。一条にとって母はどのような存在ですか。

今回の「光る君へ」での関係で言うと……、なんだろう、すごく複雑です……。

母上への愛がないわけではないし、母上が抱えた事情も知っているので、なるべく寄り添いたい気持ちはある。でも、母上に合わせてばかりでは、「信念を貫きたい」という自分の本心と折り合いをつけられない……。

それに、自分を支えてくれた伊周を切り離すには勇気がいるし、苦しかったりする情の厚さもあって……。とても一言では言い表せない複雑な感情を抱えたところに、母上がやってきて……。

印象深かったのは、詮子が清涼殿のよるの御殿おとどにやってきたとき、御簾を大きく越えてきたんです。その勢いと、緊迫感と、御簾を越えていることで心の距離がぐっと近寄った、そのさまに僕はすごく感慨を覚えました。

でも、苦しいんですよ。詮子と会話するシーンをやっていると、胸が締め付けられるようで……。だから、バッサリと切り捨てるようなことはできなかったですね。

――事前に何かお話しをされましたか。

母と息子の関係性については特に話していません。ただ、吉田さんと一緒にお芝居をしているだけで、ものすごく伝わってくるものがありました。

このシーンは、詮子の訴えを一条がただただ聞いて、それでも「伊周を関白にする」という自分の意思を伝えるシーンだったのですが、詮子の思いを語る吉田さんのお芝居が、僕が台本を読んで予想していたものをはるかに越えていて……。

それを受けてのリアクションが、自分が考えていたものと全く違うものになって、涙を流してしまったんです。

監督から「今のシーン、すごくすごく良かったけれど、今ここで一条の涙を見せるべきかどうか、ちょっと検討させてください」と言われたくらい。でも「そうなる気持ちはめちゃめちゃ伝わってきた」ということで、撮り直しもなかったから、すごく素直な感情が出たんだろうなと思います。

撮影が終わって、吉田さんに「本当にありがとうございました。自分でも思ってないものが出ました。すさまじかったです」っていう感想を言ったら、「まさかああいうリアクションが出ると思わなかったから、私もすごく受け取るものがありましたよ」っておっしゃってくださって。

本当にそのシーンは印象が深すぎて、その日、決めましたね。これから、いちばん好きな俳優を聞かれたら「吉田羊さん」って答えよう、と(笑)。そのくらい影響を受けました。


自分が悩んで、考え抜いて出した結論が、周りによって揺るがされてしまう。思うようにいかない……その葛藤が、苦しい

――今後、一条天皇と定子を取り巻く状況は、次第に厳しくなりそうですが……。

そうですね。仲睦まじいだけのシーンは数回で終わってしまったので……。もちろん描かれていないだけで、幸せな時間も数年はあったのだろうと想像していますが、シーンとしては定子との仲がどんどん引き裂かれていったり、会えなくなったりする時間が長くなっていきます。

これからは苦しみの方が大きくなるのかなぁ……。そういう意味では、定子との時間がどれだけ自分の中で尊いものだったか後から知る、離れて初めて大きな喪失感を味わうのかな、という印象を持っています。

――一条天皇の信念とはどういうものなのでしょうか。

これは難しいのですが、民のことをおろそかにしたくない、政をちゃんと遂行したいという思いも自分の中の「じつ」だし、一方で定子への愛も「実」で、ふたつの「実」は両立しているんです。

それなのに、自分が悩んで考え抜いて出した結論が、周りによって揺るがされてしまう。思うようにいかない……。その葛藤が、苦しいなって思います。

——平安時代の天皇を演じるなかで、得たものはありますか。

そうですね。天皇が味わってきたであろう“孤独”を感じることはできたのではないかと思います。ここまで孤独感を体感するとは思ってなかったので。

共演者の皆さんとコミュニケーションがとれないのは、ちょっと寂しいですけれど(笑)。でも、ある意味、そこは楽しみながらというか、自分の中で発見しながらやっています。

あと、動きが少なく、感情表現がかなり制限されるので、どうすればその時代に生きていた人間に近づけるか、セリフだけでなく、どのような立ち方でいればいいのか、表現に対する向き合い方と意識が、大きく変わりました。