テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」。今回は、夜ドラ「ユーミンストーリーズ」です。

「松任谷由実でいちばん好きな曲は?」と聞かれて、即答できるのは40代以上、あえて「荒井由実の〇〇」と答える人はアラ還とお見受けする。しかも、選ぶ曲によってはその人の過去の経験がうっすら見えてきちゃうほど、複雑な女心とプライドを短い歌詞に込める名手・ユーミン。令和の今もその感性の鋭さが多くの人によって語り継がれ、ユーミンの曲はCMやドラマで耳にする機会も多い。

そんなユーミンの曲をもとに作家たちが書き下ろした短編をドラマ化したのが「ユーミンストーリーズ」だ。1週(15分×4話)で1つのストーリー×3作というスタイルは、通常の連ドラよりも気軽に観られる。気軽だけれども、内容は想像以上に濃くて、胸の奥に余韻が……。物語にしっくりはまった役者陣の顔ぶれも見もので、どの物語のどの人物が心に響いたか、アンケートをとりたい気持ちになる。

デジャヴの妙で刺さるトゲ「青春のリグレット」

 第1週は、強がりと後悔と罪悪感をないまぜにした歌詞の奥深さを、作家・綿矢りさと脚本の岨手そで由貴子が「見事なデジャヴ」に仕上げた「青春のリグレット」だ。

主人公の菓子(かこ)を演じたのは夏帆。学業も就活も無難にこなして、つまずくこともなかった菓子。恋愛でも、相手の要望を見抜いてそつなく振る舞うことができるため、いとも簡単に意中の相手を落としてきた。ただし、自分の本心や本音は隠したまま。人生勝ち組と思いきや、いつも(むな)しさを覚えている女性だ。

菓子の思い通りに事が運び、真面目な男・浩介(中島歩)と結婚したものの、夫婦の間にはすきま風が吹いている状態。どうやら夫は浮気をしているようで、菓子は旅をきっかけに夫婦仲の再生を(もく)()むのだが……。

 好意と雰囲気とタイミングだけで、お互いの愛情が未熟なまま結婚したふたりが辿(たど)る道は「別ルート」と「過去ルート」。夫は別の女性と出会い、妻は過去の自分を振り返る。もう同じ道・同じ速度・同じ気持ちには戻れないことが手に取るようにわかる。

切ないデジャヴを担うのは、菓子の元彼・陸(金子大地)。菓子の後悔装置としての陸の存在が、切なくて、痛くて、苦い。もうこの時点で、「青春のリグレット」がイヤーワーム(繰り返し脳内に流れて耳を離れない)になっているわけよ。1週間は消えないから覚悟して視聴してほしい。

女も妻も母もガッとハグしたくなる「冬の終り」

 地に足のついたユーモアとリアリティ、そして女の連帯がふんだんに盛り込まれているのが、第2週の「冬の終り」だ。主人公はスーパーの軽食コーナーで働く朋己(麻生久美子)。

幼い息子の発達が気になるも、医師には「個性」と言われ、夫はそもそも育児にも家事にも無関心・無責任。ただでさえ人と群れるのが苦手なうえに、コロナ禍のワンオペ育児で、朋己はますます人付き合いが苦手に。

ところが、新しく入ったパートの仙川(篠原ゆき子)とは2か月一緒に働いたが、勤務中はまったく会話がない。といっても、仙川は脳内で麻雀しているだけで、決して無視しているわけでも愛想が悪いわけでもない。指先で(ぱい)をいじりながら役満であがる妄想をしているだけなのだ。

 

朋己も人付き合いは苦手だが、沈黙もなかなかにつらい。ただし、ユーミンの曲「冬の終り」が有線放送で流れたときだけ、仙川は(せき)を切ったように話し、ほんの少しだけ会話が弾む。もう一度話したいと願う朋己は、ベテランパート・定岡(浅田美代子)に相談。高校を中退したパート女子のみつき(伊東蒼)やノリのいい正社員の前田(クリスタル ケイ)とともに、ある作戦を実行するのだが……。

 朋己が仙川と勤務する時間帯に「冬の終り」を聴きたいがために、有線放送に何度も電話をかけてリクエストする場面がある。オペレーター・ハリガヤさんの声は黒木華が演じていて、マニュアル通りの慇懃(いんぎん)無礼な対応がそこはかとなく可笑(おか)しい。というか、ものすごいリアル。

また、リアルと言えば不倫。朋己を認めてくれていた正社員の西岡(成嶋瞳子)は、取引先の無農薬農家である同級生(山中聡)との不倫がバレて辞めることに。職場では噂され、陰口を叩かれる西岡が「私、1ミリも後悔していないんです」ときっぱり言ったところに女の覚悟が。不倫も貫けば純愛、を証明したシーンでもある。

最終話で見えてくる仙川の背景には、父の介護の苦悩と母(中島ひろ子)への思いがあった。仙川が中学生の時、母が鍋を火にかけたまま家を出ていった過去がある。ちょうど観ていたドラマが「その時、ハートは盗まれた」(1992年・フジテレビ系)であり、主題歌が「冬の終り」だった(ちなみに朋己が勘違いしたのは「ハートに火をつけて!」1989年・フジテレビ系、ね)。

居場所を失った女子、子育てに悩む妻に子離れした母、批判と罪悪感を承知で貫いた母、介護で自分を失いかけている娘……女子も娘も女も妻も母も、ましてや友達じゃなくても連帯はできる。そんなエールが遠くの方からかすかに聴こえてくるようなドラマだった。

“あれ“とは? そう遠くはない恋模様を描く?「春よ、来い」

今週から始まったのが、宮﨑あおい主演の「春よ、来い」。主人公のカナコが寂しげに絵本を読んでくれた亡き母(田畑智子)を思い出す場面から始まる。

父のことはほとんど覚えていない。悪い意味で父権的な元彼(浜田信也)と別れて5年。周囲も結婚を意識し始めるお年頃だが、イマイチ乗り気になれない。“あれ”の力を持つというカナコは、“あれ”をいつどう使えばいいか、探しているという設定だ。

いや、“あれ”って何なん⁉ と興味をそそる始まりである。

もうひとり、“あれ”の力を持つのが、衣笠家の父子(田中哲司&池松壮亮)。息子の雄大も結婚を考えていないわけではない。モテないわけでもないが、いい人で終わってしまうようだ。父・充流は世界の紛争を終わらせるために“あれ”を使うと言う。世界中のあらゆる軍事企業が倒産するよう願った、と。

いや、“あれ”って何なん⁉ 超能力的なことか? と思っていたら、「本当の願いをひとつだけかなえることができる」ことが判明。3作の中でファンタジー要素が最も強めだが、とにかく“あれ”の行方が気になるわけで。カナコの父として出てくるのが佐野史郎、さらには岡山天音、小野花梨、白鳥玉季ら若手の手練(てだ)れ俳優が登場するところも興味深いので、じっくり視聴したいところだ。

余談だが、個人的にユーミンの曲で一番好きなのは「SWEET DREAMS」。あれを聴くとなぜか泣ける。何か苦い思いが歌詞と重なった記憶はあるのだが、中身をすっかり忘れてしまって、余韻と泣くスイッチだけが残っている。

もう1曲、「真夏の夜の夢」を聴くと、()ねて(うな)って血迷う佐野史郎が脳内に浮かぶ。佐野史郎の名誉のために書いておくが、トラウマではなく、これも青春の余韻である。

ということで、ユーミンストーリーズ、それぞれの余韻を楽しんでほしい。

 

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。