藤原兼家(段田安則)の妾・寧子(財前直見)の愛息子・道綱。道隆(井浦新)や道兼(玉置玲央)、道長(柄本佑)という嫡妻の息子たちと比べて父の扱いは格段に軽いが、本人は根っから明るくお人好しな性格。演じる上地雄輔に、ドラマや役柄について聞いた。
道綱は己の能力の限界を認識しつつ、すべてを“飲み込めている”人
――「天地人」(2009年)以来、2度目の大河ドラマの出演です
15年ぶりですか……。自分では「久しぶり」という感覚がないんですよ。歴史ドラマをいろいろやらせていただいて、さまざまな役柄を演じてきたので、単純に「今回はどういう役作りができるかな?」というワクワク感が最初に湧いてきました。
一方で、舞台が平安時代と聞いて、さすがに「えっ、どうやって演じればいいんだろう?」という思いもあって。でも、大石静さんの台本がめちゃくちゃ楽しくて、それこそ子どものころに漫画誌の発売日をワクワクしながら待っていたような、それくらいの楽しさを感じています。
――出演者の皆さんが毎回の台本を楽しみにされていますね
全体としては重いシーンもあるのですが、道綱が登場するとパッと場が明るくなるんですよね。道綱が最初に道長と絡む場面を撮影したときも、柄本佑君に「こういう(明るい)感じのシーン、初めてかもしれないです」と言われたし。
どうすれば道綱らしいシーンになるか想像するだけでも楽しくて、本読みの段階で「こんなこともできます!」とチャレンジ精神を示しながら、監督さんとすり合わせて役を作っています。
――大石さんの台本はト書きなどで人物の心の動きが説明されていることも多いですが、それは演じやすいですか?
僕はすごく助かっていますね。窮屈だとは全然思わない。台本のいろんなところにヒントがあるし、それによって自分が“受け”の芝居をしているときのリアクションやセリフの言い回しも変わってくるし。いっぱい材料をもらえたほうが、僕はその材料でどういうふうに調理するのかと考えていけるので好きですね。
じつは音楽活動やバラエティー番組をやらせていただいている中で、何もないところで「雄輔さん、自由に作ってください」と言われることがすごく多いんです。いや、ゼロからものを生みだすのってもう吐きそうになるんですけど、みたいな(笑)。
だから、たとえば「ここに机があります。左手をついたところからお願いします」と細かい指示があったほうが、僕はすごく「助かる~」って思っちゃいます(笑)。
――撮影現場の雰囲気は? 「天地人」との違いは?
「天地人」のことは15年経っても昨日のことのように覚えていますが、今回気づいたら、出演者の中では中堅か、ちょっと上のほうに自分がいるんですね。あのころは20代で、同年代だったら妻夫木聡君や小栗旬君がいたけれど、先輩方もたくさんいらっしゃった。時間の流れを感じますね。
スタッフさんにも年下がめちゃくちゃ増えました。スタッフの若返りがすごくて、それに女性がものすごく増えましたね。
――セットについては?
ものすごく豪華ですね。リアルというか、木の香りとか温もりも感じられて。画面で見ると真っすぐに見えるところも、ほんの少し凹凸があったりするんです。その凹凸を作ることで奥行きを感じられたり、人の手の温もりを感じられたりして、すごいなと思いますね。
こんなふうに大石さんの台本やセット、衣装に助けられています。あと僕は京都に足を運ぶことが多いので、今までに訪れた神社やお寺などで感じたイメージを重ねて、点と点を繋げるような作業をしながら撮影に臨んでいます。
――道綱をどのようなキャラクターだと思いますか?
軸としてあるのは、母親からものすごく愛を注がれている息子だということ。母親のことが大切だし、父親の兼家のことも母が愛した人として受け入れている。「深い愛の中で育ってきた道綱」という物語を自分で作って、そこに肉付けしながら演じています。
それに、権力争いの渦中にいる本家3兄弟とは違う個性を持っていて、自分の感覚に素直というか、本能のままに動いていて、優しさを忘れていない人。道長たちとは立場が違うことも納得しているし、それを受け入れて成長してきているので、兄弟の中の“クッション”になったほうがバランスはいいと。あまりガツガツいかないようにしています。
加えておっちょこちょいというか、家族の中のペットみたいな存在(笑)。ほめられてうれしいと、尻尾を振りたくなる犬のような感じですね(笑)。現場にいる皆さんもクスっと笑ってくれたり、「いいねぇ~」と言ってくれたりするので僕自身もうれしいし、すごく楽しいですよ。
――あまり出世も望んでいないように見えます
道綱は己の能力の限界を認識しています。道長と2人で酒を酌み交わしながら「俺は、うつけ(愚か)だから」と自嘲気味に語るシーンがこれからあるんですけど、そこから伝わってくるのは、すべてを“飲み込んでいる”感。かと言って、諦めているわけではない。
飲み込めている人間と諦めている人間は、同じようだけど違うと思うんです。道綱は、周囲からうつけだと思われていることもわかったうえで、人と素直に接することができる。道長だけでなく、いろんな人に対してリスペクトを持ちながら。そのことを忘れなければ、ちゃんと道綱として成立するんじゃないかと思って、気をつけながら演じています。
――第10回の寛和の変、花山天皇(本郷奏多)を退位させるクーデターのときの道綱は、少し違った印象でした
そうですね。でも、表情だけはいつもの道綱。いちばんビビっていたし(笑)。あのシーンは、見ている人が「こいつ、なんかやらかしちゃうんじゃない?」とドキドキしてくれたほうが、道綱目線で物語を見てもらえるのでいいかな?と思いながら演じました。
それでも、一族の命運をかけた計画に呼ばれたうれしさはあっただろうし、僕でいいのかなという思いもあったと思うし……。史料によると道綱はかなり長生きなんですが、こういう素直でビビりやすい人だからこそ長生きできたんだろうなと思っています。
――そんな道綱とご自身を比べて似ている部分は?
いっぱいあります。この役をやれて本当によかったですし、僕自身道綱のようになりたいと思います。やっぱり彼は自分に正直で、損得勘定をあまりしないし、自分の立ち位置も飲み込めている。元来の性格か、育った環境によるものなのかはわからないけれど、ストレスを抱えていない。自分に嘘をついていない道綱を僕はすてきでキュートだと思うし、応援したくなりますね。
たとえば、飲みに行くときに、先輩から「こいつも連れて行くか」と思ってもらえたり、「あいつも呼んでおいて!」と誘われたりする人って、みんなに愛されて、トータルで人生得するような気がするんです。
権力争いやむき出しの欲望、背負わされる宿命……。僕は今の時代のほうがいいかな(笑)
――平安時代の貴族社会についての印象は?
権力争いが身近でありすぎることで、すごく生きづらいだろうなと思いました。本当にむき出しの欲望が渦巻いていますよね。台本を読んでいて、自分がそのころに生きていて、とくに藤原本家にいたらどれだけ息苦しかっただろうと強く感じます。それに抗うこともできなくて、大変だったろうなと思いながら。
自分の子孫をちゃんと残し、一族を繁栄させるという宿命を背負わされているというか、どうにもならないことがたくさんあります。それは、ある意味での“人間らしさ”なのかもしれないけれど、嫌な部分もたくさん見えてしまうのかなと思いますね。だから、僕は今の時代のほうがいいかな(笑)。
――まひろ役の吉高由里子さんとの共演は?
初めてです。でも、プライベートで何回か会ったことがあるので、「初めまして」という感じはしないんですよ。最初に挨拶をしたときも「おう!」という感じでした。彼女の明るさや自然体の魅力はとてもすばらしいので、今後、同じ場面でご一緒できたらどんな展開になるのか、今から楽しみです。
――今後、どのように撮影に臨んでいきたいですか?
僕にとって歴史ドラマはファンタジー、夢の世界に飛び込むような感覚です。それこそ「天地人」のころは、若かったせいもありますけれど、理詰めで「こんなふうに見せたい」「こうしてやろう」と、鼻息荒く前のめりでやっていたところもありました。でも今は、単純にセットや衣装に馴染んで、そこに溶け込んで、その色に染まっていくというか。すごく居心地がいいんですよ。
それに大石さんの台本を読むたびに、道綱のところで笑っちゃうんですよね。自分のところばかりで笑うのも何か恥ずかしいんですけど(笑)、「あ、なるほど!」みたいな感じ。だから、道綱が嫌なやつにならないように、見ている人に愛される人物でいたいなと思っています。