テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」の中で、月に1~2回程度、大河ドラマ「光る君へ」について熱く語っていただきます。その第2回。

貴族の話なのに、いや、貴族だからこそ非情で残虐。覇権争いがバイオレンス&スピリチュアルホラー風味で容赦なく描かれていく「光る君へ」。怖いですねぇ、おそろしいですねぇ、でも面白いですねぇと淀川長治口調になりつつある。気になった4つの要素+αをピックアップしてみよう。テーマは「残酷」。


嫌われ兼家、人を呪わば穴二つ

好き者だったざん天皇(本郷奏多)が心底愛した藤原よし(井上咲良)がおなかに子を宿したまま早逝。藤原かねいえ(段田安則)が安倍あべのはるあきら(ユースケ・サンタマリア)にひそかに依頼したじゅのせいだが、兼家は毒を盛るわ、呪いをかけるわでやりたい放題。ごうがんそんかつ裏工作でとにかく嫌われまくってきた。そんな嫌われ兼家がついに倒れたのが第8回。

とにかく占いやとう、呪術のたぐいがこの時代にはカジュアルに使われていたことがわかる。そういえば、まひろ(吉高由里子)が寝込んだときも怪しげな祈祷師を呼んで、乳母のいと(信川清順)がまんまとだまされて、家の中でみずしてたっけ。

倒れた兼家には忯子の怨霊がいていることがよりまし(今でいうイタコのような人・演じたのは藤松祥子)の言葉で明らかになる。ほうほう、そりゃそうでしょうねと思いつつも、兼家を恨んでるのは故人や他人だけにあらずという展開へ。
長女・あき(吉田羊)は父を恨み、左大臣の源雅信(益岡徹)に近づき、右大臣の父とは違う権力を手に入れるべく画策している。父の見舞いに一応は来たものの、呼びかけようとはせず。むしろ長兄のみちたか(井浦新)に皮肉を浴びせる始末。娘だけじゃない。サイコパスみちかね(玉置玲央)も、こき使われ続けた、 苦くて哀しい闇を心に抱えている。子どもからも憎まれている兼家の末路や、いかに。呪術や祈祷にどの程度の効力があるかはわからないが、人の怨念は怖いですねぇ、おそろしいですねぇ。


思考停止のガールズトーク、消化不良がつながる先は…

みちなが(柄本佑)と互いに思いを寄せつつあるまひろだが、道長推しは他にもいる。つちかど殿(源家)の姫サロンでは、男の品定めに余念がない。一番人気は藤原きんとう(町田啓太)。漢詩の会でも賢さと抜け目なさを披露、打きゅうで見せた眉目秀麗っぷりでキントー派はおおいに沸き立った。納得いく。ただ、源とも(黒木華)はひそかに道長派。道長との縁談を聞かされたときも「まんざらではない」顔。

うわさ話と推し話に花を咲かせるガールズトークだが、学問や書物に興味関心をもたない姫たちはクソつまらない話(父の顔のホクロがハエだった、など)で盛り上がる。逆に、「かげろう日記」の実体が「身分の低い女が身分の高い男に愛され、煩悩の限り激しく生きた、いわば自慢話」だと、まひろが本質を解説するも、姫たちにはピンとこない。
え、そっちのほうが面白くない⁉ 身分の高低によるマウントや承認欲求こそ最高のネタじゃない? その背景に権力者の露悪趣味が垣間かいま見えるのが気持ち悪く、それこそ面白くない? ところが、育ちのいい姫たちは「一人寝はさびしすぎ」「蜻蛉日記の作者のようにはなりたくない」「書物は苦手、おほほほほ」で終了。まひろ、完全に消化不良ッ!
しかしだな、道長と倫子は今後婚姻するわけだから、この消化不良もひとつの伏線というか導火線にもなりうる。嫉妬や絶望、超越した思慕の情に着火してくれそうな気がして、それこそ楽しみである。


上昇志向のボーイズトークは哀しき宿命か

一方、男子チームは誰につくかの覇権争いが主軸。キントーと藤原ただのぶ(金田哲)の持論としては「女の品定めもすべては権力のため」。「地味でつまらない」「あれはないな」「今日見たらもったりしていて好みではなかった」「遊び相手としか考えていない」と、まあ、口さがない外見差別と女性蔑視の本音炸裂。「家柄のいい家の婿に入り、娘をつくって入内じゅだいさせて、家の繁栄を守り、次の代に継ぐこと」が本懐で、「家柄のいい女を嫡妻にして、あとは好いたおなごの家に通えばいい」という。男にとっては恋だの愛だのではなく、女は地位と権力のための道具にすぎないわけだ。
しかも、その腹黒ボーイズトーク(道長はギリ無罪)をまひろがうっかり盗み聞きしちゃってたから! 怖いですねぇ、おそろしいですねぇ。

でも考えてみれば、男たちは選ぶ側に見えて、実際には選ばれる側。いい家柄から選ばれ、しかも娘を天皇家に入内させない限り、出世できず、いい仕事にも就けない。帝が政の中心だったこの時代の、女に頼るしかない哀しきオスの宿命とも。
陰口は嬉々として叩くが何にも考えない女たちと、女をダシにした上昇志向と浮気上等で憂さを晴らすしかない男たち。それがTHE貴族。そこに少なくとも違和感を覚えているまひろと道長こそ結ばれてほしい、と視聴者心理では思ってしまう。非情の連続による心のざわつきと肌のあわちを抑えたくて、観る者は全力でまひろの恋心を応援したくもなる。そこでひとり、推したい男がいる。


ひそかに人気急上昇、直秀派を待ち構えるのは…

道長とまひろの恋をひそかに支えてきた立役者がいる。散楽のメンバーのひとり、出自が謎の直秀(毎熊克哉)だ。傍若無人な藤原家を散楽で嘲笑する一方、義賊としても暗躍。貴族の家で窃盗せっとうを繰り返しては庶民に配り歩いている。
夜に屋根の上からまひろに情報をもたらすなど、身のこなしは「忍び」。道長に打きゅうに誘われたときも、さらりと上流貴族の要求に応えちゃうしなやかさ。じわじわと直秀派が増えたはず(ええ、私も直秀派)。姫サロンでも倫子の女房(人妻よ)あかぞめもん(凰稀かなめ)が直秀派だったので、熟女に人気が高いことは間違いなし。
まひろは、姫サロンでの消化不良を散楽の台本作りで解消しようとするも、直秀は却下(女がしたたかで大勢の男とちぎっていたっつう台本は、すこぶる面白いと思ったんだけど)。直秀は藤原家をいじるうえでの信条がある。「庶民は笑って日頃のつらさを忘れたい。だから笑える話にする」という。権力者のゴシップを嘲笑し、「おかしきことこそめでたけれ」という信条をまひろの胸に刻む。
散楽の演者で、庶民の味方の義賊、そして謎めいた出自。まひろへの思慕が垣間見えた場面もあった(切ない)。教養も茶目っ気も度胸も仁もある直秀だが、しくじってしまう。道長の家に盗みに入ったものの、捕まった仲間を救おうとして自らも捕縛されてしまうのだ。直秀派にとっては、次回が肝になりそうな予感……。

いずれもちょっと残酷な香りが漂う要素だが、最も酷だったシーンに触れておこう。母(国仲涼子)を目の前で斬殺ざんさつした道兼が、まひろの自宅を訪ねてきたシーンだ。
まひろは意を決して道兼をもてなす。道兼は自分が殺した女の娘とはまったく気付かず、「は誰に習った?」「母御はいかがなされた?」と尋ねてきやがる。無神経砲、炸裂さくれつ。娘の暴発を心配してやきもきする父(岸谷五朗)を尻目に、まひろは怒りも恨みもぐっと飲みこみ、心を無にして琵琶を弾いたのである。
道兼が帰った後、謝る父に「道兼を許すことはありません。されどあの男に自分の気持ちを振り回されるのが嫌なのです」と言い放つまひろ。精神的に酷な状況をよくぞ乗り切った! アンガーマネジメントを身につけたまひろが頼もしく見えた瞬間。父をも超えた精神力。今後も権力者の栄枯盛衰を冷静に見つめていくことだろう。

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。