表向きは散楽さんがくの一員の直秀。しかしその実体は、貴族宅に忍び込み、盗んだ品々を庶民に分け与える義賊だった。まひろや道長と偶然知り合い、いつの間にか不思議な絆さえ結んでいた彼が、この世を去った–––––。直秀なおひで役の毎熊克哉に役柄や作品について聞いた。


昼は陽気で、夜は悪い連中
でも、じつはやっていることは昼も夜も同じです

──大河ドラマは、去年の「どうする家康」に続いて2作目の出演です

じつは先にお話をいただいたのは、「光る君へ」だったんです。ですので、自分としては、初めてオファーいただいた大河ドラマとして、しかもオリジナルキャラクターの役なので、「光る君へ」のほうが、ドキドキと不安とうれしさを感じましたね。

──出演前に何か準備はしましたか?

練習することがたくさんありました。まず乗馬。2023年1月から始めたんですが、いちばん時間がかかりました。次に散楽。撮影が始まる2か月くらい前には散楽メンバーで集まって稽古を始めました。撮影が始まってからは、みんなで朝、昼、晩と食事もしていましたし、四六時中一緒でした。

監督はじめ、全員手探り状態から稽古が始まって、しょの先生、芸能の先生など、いろいろな専門家の皆さんの意見を聞きながら作り上げていく感じでした。気持ちとしては、紙芝居のように道端で見ている人たちを楽しませたいというのが一番なんですが、独特のニュアンスを掴むのが難しかったです。

直秀って台本のト書きを見ただけでも、「俊足で」とか「屋根の上に」、「バック転」もあったかな? とにかく身軽な奴なんですよ。だから、いつでもその動きができるようにマット運動を取り入れたりして、乗馬に散楽にアクションにと、ものすごい運動量でしたね(笑)。

──脚本家の大石静さんには会われましたか?

顔合わせの時に、「楽しみにしています」と声をかけてくださって、プレッシャーを感じました(笑)。というのも、直秀は何を考えているのか今ひとつわかりづらいキャラクターですが、流れやセリフからすると大事なメッセージが込められた存在。

ですから、大石さんが込めた思いを全部すくい取るように、大事に演じてきたつもりです。

──直秀はどのようなキャラクターだと思います?

今でいえば俳優でしょうか。ちょっと変わった職業ではありますが、貴族とは違い、一般人に近いキャラクターです。生活の不満とか人々の本音とかを日々感じながら、庶民の目線でメッセージを発信している。そういう意味で、平安時代と現代の“日常”をリンクさせるような立ち位置の人物だと思っています。

同時に、直秀は多面性のあるキャラクターでもあります。散楽中の直秀、まひろといるときの直秀、道長といるときの直秀、義賊のときの直秀……。最初は、どの直秀をどの距離感でやるのが正解なのか、その塩梅あんばいに迷うこともありましたね。

最初から誰とでも仲よくなれるタイプではないので、どのタイミングでまひろや道長との距離が詰まってくるのか。けっこう計画的に、計算しながら演じたところもあります。

──散楽一座の正体が義賊ということについては?

映像で見ると、昼は陽気で、夜は悪い連中、という感じに見えるかもしれませんが、じつはやっていることは昼も夜も同じです。「庶民のために」なんていうとヒーローになりすぎちゃうんですけど、自分たちの使命という感覚かなあ。貴族や権力に対する反抗ですね。

でも、だからといって、これをずっとやっていたいと思ってはいないと思うんですよ。本当は、そういうものとは無縁の世界で生きたいと思っていたのかもしれません。


直秀はまひろを好きだったのかも?
「道長はやめておけ」とは思っていましたね

──直秀は、まひろや道長をどう見ているのでしょうか?

どうなんでしょうね。おそらく最初は、貴族である彼らに対して面白くない思いを抱いていたはず。でも、騒動に巻き込んじゃったことに対し、素直に罪悪感も抱いていた……直秀ってそういうやつだと思うんです。

もしかしたら、まひろを女性として見ていたかもしれないし、邪念なく道長を思う彼女の気持ちにほだされた面もあるでしょうね。

道長については、理屈じゃないと思うんですよ。会った瞬間に「この人苦手だな、好きだな」って感じることってありますよね? 直秀にとって道長は「この人、いい奴だな」と思えた人じゃないかな。だって道長は、直秀がもともと毛嫌いしている側の人間。だけど、なぜだか嫌いになれない。

どんなに丁寧な言葉で話しかけられようが、笑顔でいようが、こちらを見下しているかどうかは、見下されている側、しいたげられている側にはわかるもの。でも、道長にはなかった。それが、直秀が憎まれ口をたたきながらも、しなくていいおせっかいを焼くようになるきっかけだったんじゃないかと思います。

──直秀は、まひろが好きなんでしょうか?

微妙なところですね(笑)。もし好きだったとしても、自分でも気づいていないレベルなんじゃないかなと思います。散楽の仲間から「れてんのか?」と指摘されて、少し意識することはあっても、だからといって道長に嫉妬しているとか、道長とまひろと直秀が三角関係になることはなかったと思うんですよね(笑)。

ただ、まひろに「道長はやめとけ」とはずっと言っていました。進めば進むほど絶対につらくなるから関わるのはやめておけと。そばから見ていて、あの2人が思い合っているはわかるので、うまくいけばいいなと思う反面、このまま進んでいったらどっちにしろ悲しいぞ、みたいな。直秀自身が、とても矛盾した思いで2人に接していたと思いますね。


最期の瞬間、「死にたくない」よりも感じていたことがあったんじゃないかな

──第9回で直秀は殺されてしまいました。率直なご感想は?

最初に台本を読んだときは衝撃的でした。でも、すごくいいなと思ったんです。義賊で町のみんなを笑顔にする直秀たちの遺体がカラスに食われて、ざんな姿で見つかるっていうのが。

第8回のまひろとのシーンで、鳥の話が出てくるじゃないですか。「鳥籠とりかご(都)を出て、俺はあの山の向こうに行くんだ」って。それが残酷にリンクしている感じがするし、まひろと道長に強烈な影響を与えるなって。

直秀はオリジナルキャラクターですけど、実際にこうやって殺された人たちはおそらくいっぱいいたと思うんですよ。歴史に残らない人たちのほうが、歴史に残っている人たちよりもすごく真実に近い気がします。

もちろん直秀以外のメンバーも、それぞれに思いを持って活動していたと思うんですよね。それが殺され、カラスに食われている……。僕たちが受けた衝撃を、視聴者の皆さんにも届けられたらいいなと思いました。

──直秀らの死に、何かを見いだしたと言うことですか?

現代だと、「死んだことが悲しい」のが自然な感覚だと思うんですけど、そうではなくて、このタイミングで死ぬこと自体が宿命さだめっていうんですかね。自分の人生がここで終わる、殺されるという終わり方を含めての、受け止めというか。

実際、直秀の死がまひろと道長に与える衝撃は大きくて、そこから芽生えた価値観がこれから物語を動かしていくことになるんですけど、それが直秀の宿命だったんじゃないですかね。

もちろん、もっと行きたい場所はあったし、生きる意思はあったと思うんです。それでも最期の瞬間、「死にたくない」よりも感じていたことがあったんじゃないかな……と思っています。お芝居としても、ただ悲しいより、それを通り越した生きざまみたいなものを感じてもらえるように演じたつもりです。

──まひろと道長には、これからどうなってほしいですか?

2人には、自分の生きるべき道をよどみなく進んでいってほしいですね。例えば、道長がどんどん出世して偉くなっていったとしても、直秀が好きだったころの道長で、変わらないでいてほしいと思います。

まひろにしても、歳をとればもっと人間の汚い部分をいっぱい知っていくんだろうけれど、大人になってもひずむことなく、直秀が生きていたころのまま、大切なものを持ち続けてほしいなあとは思います。

第9回はある意味、2人にとって一瞬見えた光が完全に消された瞬間だなと思うんです。そして、ここから続く長くけわしい道を示唆しさしている。だから、直秀の死で2人は悲しむかもしれないけど、その中で、また新しい光を見いだすことができるのか……。ここからは、一視聴者として楽しみに見るつもりです。