このドラマで重要な役回りを演じているのが、陰陽師おんみょうじ安倍晴明あべのはるあきら(921~1005)です。楽曲「陰陽師」(梅林茂作曲)は、フィギュアスケートの羽生はにゅう結弦ゆづる選手のフリープログラムに使用されたことで世界的に有名になり、今や中国でも晴明は大人気です。映画や小説、ゲームに登場する人気キャラクターというイメージの強い彼ですが、れっきとした実在の人物です。

そもそも陰陽道おんみょうどうは、いにしえの中国で発生し、日本には7世紀初頭の推古すいこちょう(推古天皇の御代)に伝来しました。『日本書紀』によれば、そのときすでに「遁甲とんこう」という目くらましの術や、「方術ほうじゅつ」という不老不死、占い、呪術に関わる書物がもたらされています。

その後も、日本は積極的に大陸から陰陽の術を輸入し、8世紀初頭に法典「大宝律令」ができると、法の下に国家機関「陰陽寮」を設置しました。つまり陰陽道は国家のために役に立つ先端技術だったのです。

陰陽道が日本でとくに発達したのは平安時代です。陰陽寮には水時計で時間を計り管理する「漏刻るこく」部門、正しい時刻に基づいて天体を観測する「天文てんもん」部門、観測をもとに暦を作成する「れき」部門、そして総合的に国家の問題を占う「陰陽」部門という4部門が置かれました。国家公務員である官人陰陽師は、「陰陽」部門に6人配置されました。

陰陽道は、天文の運行などの自然現象は人間社会に直接関わるとする「天人てんじん相関説」に基づきます。そこで陰陽寮は自然観測、とくに天文観測を行って膨大なデータを収集しました。データが蓄積されれば分析が可能になります。

例えば、日食や彗星・流星の出現など異常があれば、天人相関説にもとづいて吉凶を判断し、必要ならば適切な術をもって対応しました。現代の医学が膨大な検査データを収集し、それに基づいて患者を診断し、必要があれば施術するのと同じです。陰陽道は古代における科学であり、陰陽師たちは科学者として信頼されたのです。

安倍晴明は40歳の時に、陰陽寮の「天文得業生とくごうしょう」(天文部門専門家の養成機関の特待生)として、初めて史料に姿を現します。特待生といってもまだ見習いですから、意外と大器晩成型でした。しかし、52歳の時に天文部門のトップ・天文博士になると、永観えいかん2年(984)の花山かざん天皇即位あたりから、頻繁に貴族の日記に登場するようになります。朝廷の業務以外にもさまざまな貴族の依頼を受け、吉凶を判断して方術を施したのです。

晴明の天体観測の正確さについては、現代科学でも検証されています。NHK-BSのドキュメンタリー番組「コズミックフロント☆NEXT〜いにしえの天文学者 安倍晴明〜」(初回放送2020年11月26日)で、その驚くべき一端が紹介されました。

安倍家に代々伝わるという「格子月進図」は晴明が観測の基準としたと思われる星図で、1度ごとに細かい格子が網の目状に引かれ、その上に中国の星座が記されています。国立天文台の相馬そうまみつる研究員が現代の解析で検証したところ、誤差は非常に小さく、古天文学が専門の京都情報大学院大学教授・作花さっか一志かずゆき氏によれば、これに基づいて晴明が報告した天文の異常は現在の計算でも確認できるということです。

天文の異常を発見したとき、陰陽寮はただちに内裏だいりに伝えました。これを「天文密奏みっそう」といい、彼らの最重要業務でした。国家や天皇の異変を未然に防いだり、被害を最小に抑えたりするためです。木星は天皇の状態を反映するとされ、とくに注意が払われていたようです。木星に何かあれば天皇の身に異変が起きる前触れであり、陰陽寮天文部門は誰よりも先にそれを知る立場にあったのです。

ここに、ドラマでの晴明の存在感の根拠が見出せそうです。前述の作花教授は、晴明が藤原兼家かねいえの密命を受けて動いていた可能性があると言います。歴史物語『大鏡おおかがみ』は晴明の死の約80年後に成立した作品ですが、花山天皇の御代に起きたある重大事件――兼家やその一家、もちろん道長の運命をも大きく変える出来事が記され、そこには晴明も登場します。

作花氏はそれを、文学作品として“盛られた”フェイク(嘘の作り話)ではない、と考えるのです。いったいどのような事件だったのか。そして晴明の演じた役割は? それはこれからの放送をお楽しみに。

参考文献:作花一志『天変の解読者たち』(恒星社厚生閣、2013年)

京都先端科学大学人文学部歴史文化学科教授。平安文学研究者。紫式部とその作品、また時代背景を研究している。1960年、石川県金沢市生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科修了。博士(人間・環境学)。2007年、『源氏物語の時代 一条天皇と后たちのものがたり』でサントリー学芸賞受賞。2015年、『平安人(へいあんびと)の心で「源氏物語」を読む』で古代歴史文化賞受賞。著書は受賞作のほか、『紫式部ひとり語り』(2020年)など多数。近著に『道長ものがたり』(2023年)。