1000年の時を超えるベストセラー『源氏物語』の作者・紫式部を主人公に、大河ドラマ史上初めて平安中期を描く「光る君へ」。
“ラブストーリーの名手”と称される大石静は、貴族文化華やかなりしこの時代をどう捉え、いかに描いていくのか。作品のポイントを聞いた。


●オファーを受けた理由

――2006年放送の「功名が辻」以来、2作目の大河ドラマです。NHK からオファーがきたとき、どう思われましたか?

もうちょっと若いときは、「もう1回大河ドラマ書きたい。石田三成でやりたい」と、真剣に思っていたんです。実際、NHKに別の仕事で行った時も、大きな声でアピールしていたんですが、まったく相手にされず(笑)。このごろは、「年もとったし、体力的に厳しいから、もういいか」って諦めていました。そしたらこのお話が来たんです。

平安中期を舞台に紫式部を主人公に……と聞いた時は、たまげました。私、平安時代のことなんて全く何も知らなくて。紫式部が『源氏物語』を、清少納言が『枕草子』を書いた、くらいの中学生レベルの知識。藤原道長の名前は聞いたことはあるけど、〈この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば〉の歌とのつながりも、恥ずかしながらよくわかっていなかったです。

なので、かなり迷いましたが、なぜかNHKの人たちが大変熱心に口説くどいてくださって、「こんな機会はもうないですよ、絶対に引き受けたほうがいい、あなたのためだ」なんて、最後は頼まれているのか脅されているのかわからない感じでしたけど(笑)。

また、たくさん送ってくださった資料を読んでいくうちに、だんだん心変わりもしてきました。「紫式部って、ただものじゃないな」と思うようになってきたんです。それに生没年不詳で、歴史的な記録もあまり残っていない。つまり、好き勝手に書ける。だったら面白いかもしれないと思い、お引き受けすることにしました。

5月にお話をいただいて、決めたのが7月。その間、平安時代のことを勉強しつつ……難しい資料ばかりだと大変だから漫画も読ませてもらって、本当にこの時代で大河が書けるのか? がんばって書く価値があるのか? と考え抜いて決断しました。

──「紫式部はただものではないと思った」とはどこで感じられたのですか?

例えば、清少納言の『枕草子』は、センスのいい言葉で、ちょっとした季節の風景や朝廷であった面白いことをお茶目に書いていて、ステキだとは思うけどそれだけなんです。そこに自分の人生観をにじませたり、政権を批判したりするようなことはやっていない。あくまで、自分が仕えている中宮・定子を褒め称えるために書いているし、自分の教養をチラ見せするような自慢話も多い。

ところが、紫式部には自己否定の回路もあるし、奥行きの格が違うんですよね。『源氏物語』は、ダイジェストで読むとただ男と女が寝たり起きたりしているだけの話になっちゃうんですけど(笑)、実はその行間に人生観だったり朝廷批判だったり文学論だったり、紫式部独自の哲学が書かれているんです。

『紫式部日記』にも、重たい輿こしを担いでいる人を見て、自分は貴族だから上に乗る立場だけど、私はその担ぎ手と同じ人なんだ、というようなことが書いてあったりする。だから、当時のほかの作品とは全く奥行き、立体感が違うんです。やっぱり、ただものじゃないと思います。

「光る君へ」では、『源氏物語』を劇中劇では描きません。でも、作品の中にある紫式部独特の人生哲学みたいなものは、まひろ(のちの紫式部/吉高由里子)のセリフに入れていけたらと思っています。

今、第29回を書き上げたところですが、まひろはまだ『源氏物語』を書き始めてはいません。
1000年後の世界中の人に評価されるような奥深い物語をつむぐことができた紫式部とは、どういう人生を生きて、そうなったのか? なぜ物語を書こうと思ったのか? 今回はそこを、私なりに丁寧に描いていきたいと思っています。

『源氏物語』を書き上げた後の彼女のことも、誰も知らないですよね。資料もないのですが、そのあたりも想像を膨らませて描いていくつもりです。

――『源氏物語』をよく知っている人が見たら、「このシーンは源氏物語から取ったのかな?」と思うような仕掛けはありますか?

それはたくさんやっています。例えば、幼少時代のまひろと三郎(のちの道長)が初めて出会うシーン(第1回)。逃げた小鳥を追いかけていった先で出会うんですが、あれは、『源氏物語』の光源氏と若紫の出会いを彷彿とさせるシーンです。

ほかにも、『源氏物語』に詳しい方なら「あ!」というシーンを随所に散りばめていますので、ぜひ注目して下さい。もちろんご存じない方も、楽しんでいただけるように作っていますけども(笑)。


●まひろと道長について

──「まひろ」は実際には記録にない名前ですが、命名されたのは?

制作陣のみんなで10個くらい候補を上げて、最終的にチーフ演出の中島由貴さんも賛成した「まひろ」になったんです。私は最初、「ちふる」がいいと思っていたんですけど、主要人物の藤原実資ふじわらのさねすけ(ロバート・秋山竜次)の娘が「ちふる」という名前だと記録に残っていたことがわかって、泣く泣く諦め……。

──吉高さん主演のドラマを書かれるのは3回目。彼女の魅力、また今回の役についてどう思われていますか?

写真を見ていただいたらわかると思うんですけど、本当に平安の衣装、髪型が似合っています。最初の衣装合わせの時から、あまりにも似合っていて、スタッフ全員びっくりしました。この役をやるために生まれて来たのかな、と思ってしまうくらい。

それと、紫式部ってけっこう気難しい女だと思うのですよ。いろいろやりたいことはあるのに、どうしていいかわからない。だから、言わなくていいことも言っちゃうし、嘘もつく。常に自我と現実とのギャップの中で闘っている人なんです。

だから台本だけ読むと、「この人がヒロインで大丈夫?」って思うくらい気難しいので、演じる俳優さんによっては嫌われてしまう可能性もあるんですが、吉高さんがやると、この気難しさが実にチャーミングになるのですよ。彼女自身が持っている陰と陽のバランスが、この役と絶妙に響き合っていると感じます。

──藤原道長については、どういう人物だととらえていますか?

道長(柄本佑)と言えば、〈この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば〉。この一首のせいで、ものすごく傲慢な独裁者……というイメージができていますよね。その後の武士の時代は清廉せいれんな潔い時代だけど、貴族社会はいやな感じという印象もあります。そのいやらしい貴族を象徴するのが道長だと、世間でも思われています。

でも私は、道長は日本の長い歴史の中でも優秀な政治家の一人だと思っていますし、そう描きたいと考えています。時代考証の倉本一宏先生もそうおっしゃっているし、ほかの研究者たちの本を読んでも、彼は意外と皆に平等でリベラル。そのためにみなに慕われていたようです。

道長が傲慢な貴族だったというのは“史実”ではなく“通説”。ですから、このドラマで道長のパブリックイメージをくつがえしたいというのが、私の、そして私たちチームの思いでもあります。

──道長を演じている柄本佑さんの印象と、吉高さんとのコンビについては?

お2人には「知らなくていいコト」(日本テレビ系)というドラマでも、“最終的には結ばれないカップル”として共演してもらったんですけど、その時から役者として相性がいいなと思っていました。「知らなくていいコト」は“ラブ線”だけでなく、お仕事ドラマとしての側面が強かったですが、吉高さんと柄本さんのラブシーンは本当に胸キュンで、大河ドラマでもこのカップルを見たいと、一ファンとしても思いました。

最初は恋心を抱き合うまひろと道長ですが、次第に同志のようになり、憎み合ったり、闘ったりしつつも惹かれ合うという、とても難しい芝居になると思います。2人がどんな風に演じてくれるか楽しみです。

朝廷内で、道長の父・藤原兼家ふじわらのかねいえ(段田安則)が主導するクーデターが始まり、2人の身分の差も明確になって行く第8〜9回くらいからは、政治劇としてもラブストーリーとしてもスリリングになってくる予定です。

2023年12月11日の「光る君へ」第1回試写会での吉高さんと柄本さん。

●“平安”という時代について

──視聴者もなじみの薄い“平安時代”を、どのようにとらえていますか?

“平安”っていうくらいなので、平安時代には大きな戦はありません。それどころか、当時、世の中をおさめていた貴族たちは、制度として死刑はあっても絶対に執行しなかったそうです。血を見ること自体をけがれとして嫌っていたので。だから、表向きには“武力ではなく話し合いでもって治めていく”という価値観の、平和な社会。でも……その裏側では、いろいろあるわけです。

例えば、山崎豊子さんの小説『華麗なる一族』のような同族での激しい権力争いや命をかけた駆け引きをはじめ、映画『ゴッドファーザー』を彷彿とさせる事件も起きていたり。「血を見るのは嫌い」とか言いながら、けっこうえげつないことをやり合っているんです。だから、それをうまく盛り込めば、戦国時代の戦にも匹敵するスリリングな宮廷の戦いが描けると思っています。

──実際にゆかりの地に足を運ばれたりしましたか?

もちろん、京都には行きました。ドラマの最初の頃、紫式部が家族で暮らしているのは現在「廬山寺ろざんじ」がある上京区北之辺町あたりなので、そこへも行きました。でも、ほかに彼女のゆかりの場所って、あまりわかっていないんですよね……。

むしろ、いちばんグッときたのは道長の墓です。というか、歴代の藤原家の偉人たちがまつられている場所に特別に連れていってもらったんです。宮内庁が管理しており、一般に公開されてはいないのですが、住宅街の中のこんもりとした茂みの入り口に、鍵がかかっていました。

「ここだ」とスタッフが言った途端、全身の血が騒ぐようなゾクゾクとした感覚があり、「道長がいる」と感じました。彼に、「書け!」と言われている感じですね。今もその想いに背中を押されて書いています。

それから、国宝でユネスコ記憶遺産にも登録されている道長直筆の日記「御堂関白記みどうかんぱくき」(陽明文庫所蔵)も見せていただきました。その字が下手で、かわいいと言うのも失礼ですが、いとおしいのですよ(笑)。道長を演じる柄本さんもこれを見て、感じるものがあったみたいですよ。

──平安時代のよさを感じられたことはありますか?

血を流す争いを徹底して嫌っているところ。そういう「人を殺さない美学」は尊いとは思います。争いを好まなかったということは強調して書きたいと思っています。

あと、おおらかさですね。明治維新後、一夫一妻制になって、ほかにもいろいろな面で締め付けが強くなりますよね。国民を兵士として洗脳するために「戦で散る美学」を押し付けたりして。平安時代はそういうことはないし、一見、男性がやりたい放題しているように見えて、女も負けていなかったと思います。今で言うなら、転職する感覚で男を替えたりします(笑)。

●台本を執筆するに当たって

──特に重要視している史料はありますか?

史実の確認方法としては、藤原実資の日記『小右記しょうゆうき』、藤原行成(渡辺大知)の『権記ごんき』、藤原道長の『御堂関白記』に書いてあるものはたぶん正しいんだろうとか、そういうふうには使います。って自分で一々確認し切れないので、時代考証の倉本先生に教わって、最低限、記録に残っているものは外さないようにやっています。

──出演陣の多くが、次の台本が届くのが楽しみだとおっしゃっています。何か工夫をされているところはありますか?

スタッフ・キャストに、「続きが楽しみ」と言ってもらえるものを出さなければというのは、どんなドラマでも思っています。例えば、猛暑の中のロケになったりすると、台本がつまらなかったら、「なんでこんなつまらない本のために苦労しているんだ」という気分になってしまうじゃないですか。でも面白い台本なら「苦しくても頑張ろう」と思うでしょ。

台本は、チームみんなの気持ちを鼓舞するものでなくてはいけない。これは私の脚本の師匠、亡き宮川一郎先生の教えですし、常に私が自分に課してきた使命です。だから、俳優さんたちがインタビューで台本を褒めてくれたって聞くと本当にうれしいし、励みになります。


●収録現場、セット、衣装などについて

──収録現場に訪れた時の感想を教えてください

スタジオに入っていちばん胸を打たれたのは、セットですね。特に清涼殿のセット。柱、調度、スタジオを一周する長い廊下、檜葉葺ひわだぶきの大きな屋根、何もかもが美術部渾身の仕事で、その情熱に胸打たれましたし、セットに立つと1000年前にタイムスリップしちゃった気分になりました。俳優さんも皆同じことを言いますね。「自分もいい芝居をしなくちゃと思う」って。ぜひ楽しみにしていてください。

──現場の雰囲気はいかがでしたか?

スタッフ・キャスト、皆いい雰囲気だと思います。今までやったことのないことに挑戦するのは、緊張もするけどやっぱり楽しいんじゃないですか。平安の衣装を着た俳優さんたちも、何となくうれしそうですよ。このまま、いい雰囲気のまま走り抜けたいと願います。

──大石さんからイチオシPRコメントをお願いします。

「なに? 平安時代? 紫式部? そんなの大河ドラマじゃない!」……とは言わないで、とりあえず観ていただきたいです。たしかに戦国時代のような激しい戦はないけど、けっこう劇的なシーンがたくさんあるんですよ。一見、平和で雅びな宮廷内は、その実、権謀術策うずまくすごい世界なんです。戦シーンと同じくらいスリリングですよ。

あと、セットの素晴らしさ、衣装の華麗さも。これまで見慣れた戦国や幕末ではない1000年前の日本人の姿や暮らしを、その目で見ていただきたい。それをご覧いただくだけでも価値があると思っています。

大河ドラマ「光る君へ」
第1回「約束の月」(初回15分拡大)
1/7(日)総合 午後8:00〜9:00
NHK BS・BSP4K 午後6:00〜7:00
BSP4K 午後0:15〜1:15
【作】大石 静 【音楽】冬野ユミ