はじめまして。紫式部を研究して30年、平安文学研究者の山本淳子と申します。
今から1000年前、当時の日本の都・平安京で産声をあげた世界最古の長編小説『源氏物語』。2024年NHK大河ドラマ「光る君へ」は、その作者・紫式部を主人公として、試練に苦しみながらも自分らしく生きた生涯を、切なく美しく描きます。

平安時代と聞いて、どのようなイメージが浮かぶでしょうか。きらびやかなじゅう単衣ひとえに長い髪の女性たち。顔におしろいを塗って恋の和歌ばかりんでいる男性貴族たち。何をしているか分からない天皇。戦乱がなく、アクションシーンがなさそうで退屈……でしょうか。いいえ、平安時代は実にドラマチックな時代でした。

例えば十二単衣を着た女性は、姫君や奥方ではなく、キャリアウーマンでした。彼女たちはそれぞれの主人――現代でいうなら所属企業のために、知性を武器に第一線で力を尽くしました。また、天皇のきさきや貴族の妻たちも、強い発言権を持っていました。平安時代は女性活躍社会だったのです。

男性貴族が外見に気を遣ったのは、プライベートだけが目的ではありません。現代と同じく行事や宴会も仕事の一環で、パリッとした装束をまとうことによって同僚や部下の人望を集めたのです。彼らは全員が国家公務員で、出世競争に骨肉の争いを繰り広げました。

天皇は、子作りが最重要の「ご公務」。後見のしっかりした跡継ぎをもうけるため、実家の権力が強い后妃こうひちょうあいするのがルールでした。とはいえ、さすがに時にはそれができず純愛にはしる場合もあり、批判する貴族たちをまきこんで、まさに愛と政治のドラマが繰り広げられました。

アクションについては、血や死の「ケガレ」を嫌ったので“切った張った”の場面は少ないものの、裏では「じゅ」が横行。もちろん、その最前線に立ったのは陰陽師おんみょうじです。彼らは呪詛をする役もそれをはらう役も請け負い、平安京の闇に紛れて暗躍しました。

知れば知るほど新鮮で面白い平安時代。ですが、やがてたどり着くのは「人の心は今と同じ」という感覚です。恋する切なさ、家族への思い、競争社会での消耗、夫婦の愛憎。戦乱の世では戦いが最優先で、人の微細な心情は軽視されがちになりますが、この時代には大いに重視されました。それは現代にも通じるのではないでしょうか。

そして、その「人の心」を見つめたものの代表が文学作品です。「光る君へ」の舞台である平安中期は、漢詩、和歌、随筆、日記、物語の名手が現れ、傑作が次々と創られた時代でした。

それは偶然ではありません。紫式部、藤原道長、一条天皇、定子・彰子という二人のきさき、清少納言、そして彼らを取り巻く貴族たち・女房たちが皆で、一つの時代の“ドラマ”を目撃し、心を震わせて、傑作を生みだしたのです。「光る君へ」は、やがてその歴史的事実をも描いてゆくでしょう。

このコラムでは、大河ドラマ「光る君へ」をより豊かに見ていただくために役に立つ、ミニ知識や歴史的な出来事などを取り上げていきます。より豊かにとは、より楽しく、より深くということです。平安時代を知って、どうぞ紫式部の心に寄り添ってください。

京都先端科学大学人文学部歴史文化学科教授。平安文学研究者。紫式部とその作品、また時代背景を研究している。1960年、石川県金沢市生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科修了。博士(人間・環境学)。2007年、『源氏物語の時代 一条天皇と后たちのものがたり』でサントリー学芸賞受賞。2015年、『平安人(へいあんびと)の心で「源氏物語」を読む』で古代歴史文化賞受賞。著書は受賞作のほか、『紫式部ひとり語り』(2020年)など多数。近著に『道長ものがたり』(2023年)。