16日夜、ドラマ『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』「前編 記憶の中の少女」(NHK総合)が放送されました。

原作は未読であり、放送前は「NHKらしい社会派ドラマかな」という印象のみだったのですが、「面白い」というより「エッ?という驚きの連続だった」というのが正直な感想。キャストとスタッフの醸し出す、静かながらもスピード感あふれる物語に圧倒されっぱなしで、アッという間に72分間が過ぎました。

見終えたとき、少しずつわかってきたのは……「何に圧倒されていたのか」の正体とその素晴らしさ。23日22時から放送される「『後編』の前にNHKプラスでの再生をおすすめしたい」と忖度ゼロで言える作品であり、その理由を下記につづっていきます。


5つの要素が楽しめる濃密な脚本

「まだ見ていない」という人のために、まず簡単なあらすじをあげておきましょう。

仕事と結婚に失敗した過去を持つ荒井尚人(草彅剛)は、今なお家族や恋人に心を開けない日々を過ごしていたが、生活のために唯一の特技“手話”を活かして就職活動をはじめた。

尚人は耳が聞こえない両親をもつコーダ(Children of Deaf Adults)であり、手話通訳士として働くことになる。ある日、前職で警察に務めていたことから、法廷でろう者の通訳をすることになり、図らずも過去に関わったろう者の起こした事件と対峙。現在と過去、2つの事件の謎が絡みはじめるとともに、尚人は家族や恋人と向き合わざるを得ない状況になっていく。

『デフ・ヴォイス』は、尚人とろう者の支援者らが活躍する“職業ドラマ”であり、ろう者やコーダ、手話や支援について考えさせられる“社会派ドラマ”であり、ろう者の絡んだ過去と現在の事件をめぐる“ミステリー”であり、尚人と刑事・何森稔(遠藤憲一)らが犯人に迫る“サスペンス”でもあり、尚人の育った家族や恋人・安斉みゆき(松本若菜)と娘をめぐる“ホームドラマ”でもある。

そんな主に5つの要素が楽しめる濃密な脚本に対して、演出は限りなく繊細。手話で服のこすれる音だけが聴こえる静寂の世界観、個人による細かな手話の違いを表現したカメラワーク、暗い過去からか愛想がない一方で温もりを感じさせる尚人の佇まい。脚本が濃密な分、次々にシーンを切り替えてハイテンポで進めていかなければいけないのですが、落ち着いたトーンでまとまっているため、あわただしいムードは一切ありません。

視聴者にとっては、「誰かにどんなドラマなのか説明しづらい」ほど濃密な物語ながら、緻密に引き算された脚本・演出によって、5つの要素をすべて楽しめるエンターテインメント作になっているのです。


ろう者俳優に魅了される新鮮な驚き

その脚本・演出以上に驚かされたのが、“見知らぬ俳優”たちの演技。ドラマを見進めていくと、「この俳優は誰?」「この人も誰?」と感じることが続き、しかもその演技は日ごろよく見ている俳優たちと遜色のないものでした。

実際、幼いころからコーダの尚人を見守ってきた冴島素子役の河合依子さん、事件の容疑者・門奈哲郎役の榎本トオルさん、中途失聴者の弁護士・片貝俊明役の小川光彦さん、尚人が法廷での手話通訳を担当する菅原吾朗役の那須英彰さん、尚人の兄・荒井悟志役の田代英忠さんら初めて見る俳優が草彅さんと対峙する重要な役に起用されていたのです。

あわてて調べてみると、20名近い(エキストラも含めると30名以上)ろう者、難聴者、コーダの役を当事者が演じていることが分かりました。私自身、ろう者の俳優がいることも、その中に実力者がいて舞台を中心に活動していることも知っていましたが、これだけ主要キャストを務めるテレビドラマは見たことがありません。

ちなみに聴覚障害や手話を扱った昨秋の大ヒットドラマ『silent』(フジテレビ系)には、春尾正輝(風間俊介)の手話教室同僚役で江副悟史さん、桃野奈々(夏帆)の友人役で那須映里さんがろう者の俳優として出演していました。ただ、やはり『デフ・ヴォイス』のような主要キャストではなく、作品の中で手話のレベルを担保するような感があったのです。

『silent』で目黒蓮さんや夏帆さんがそうだったようにドラマでは、ろう者、中途失聴者、難聴者が主要な登場人物の場合、聴者の人気俳優が演じることが多く、当事者が演じる機会はほとんどありませんでした。民放なら視聴率獲得のために人気俳優を起用したいし、それ以外でも演技力が未知数な上に、制作サイドにしてみればコミュニケーションの不安などがあります。

しかし、ろう者の俳優でなければ表現できない表情や手話などがあるのも事実でしょう。社会派を謳い、リアリティを追求した作品なら、「ろう者役はろう者の俳優が演じる」のがベターであり、それは当事者だけでなく、制作を支える指導・考証の人々にとっても悲願のようなものにも見えます。

彼らの役は、主人公を演じる草彅さんは別格としても、遠藤憲一さん、松本若菜さん、橋本愛さん、和田正人さんら有名俳優の役と同等以上に大切な作品の要であることは間違いないでしょう。それが『デフ・ヴォイス』における最大の驚きなのかもしれません。


聴覚障害者を消費しないスタンス

最後にもう1つ、「前編を見た」という人のために、視聴者への問いかけのような印象深いシーンとセリフをあげておきましょう。

手話通訳士技能認定試験の会場外で、同じ受験者から話しかけられた尚人は手話で「(合格率1割の試験は)難しくて当然ですよ。手話は流行のおもちゃじゃありませんから。正確な通訳ができなければ、かえってろう者の負担になります」と返した。
※『silent』のヒットで“手話ブーム”がある中、厳しい現実

ファミリーレストランで手話をしていた尚人たちを見て「手話って笑えるっていうかさ。大丈夫だって、どうせ聞こえないんだよ」と悪口を言った若者たちに、それ以上の悪口を手話で見せたあと「どうせわからないから」と言葉を発してやり返した。
※大した悪意なく放たれる偏見や中傷が当事者を悩ませる

ろう者の兄・悟志が通訳する尚人にお礼を言った妻に、「弟はコーダなんだ。通訳をするのは当たり前だろう!なんで家族同士、気にしなきゃならないんだ!」と言い放つ。一方、そんな兄の姿を見た尚人は、子どものころ医師から受けた「父親が余命半年」という宣告をろう者の母親に通訳したことを思い出した。
※コーダとして生まれてきた宿命と役割の重さ

尚人は17年前に手話通訳をした事件のことを思い出し、「あのときの調書、本当に本人の自供に基づいて作られたものなんでしょうか。ずっと疑問に思ってました。手話通訳のいない取調室で筆談と身振り手振りだけで、訂正印が1つもない、矛盾のない調書が作れるものなのかと。あのとき手話通訳として調書に署名捺印したことを私は今でも後悔しています」と杜撰な取り調べに疑問を抱いた。
※実在しかねない聴覚障害者の不利益とえん罪

10歳で聴覚を失った弁護士は、母親を落胆させないために頑張って司法試験に合格したが、その母親から「ああ、これで耳さえ聞こえたらねって」と言われてしまった。
※最も愛すべき存在からも理解されず、傷つけられてしまうこともある

事件のことで悩む尚人を心配した恋人・みゆきが、「ねえ、何かあったんでしょ。話してよ。話してくれなきゃわかんないよ」と声をかけるが、尚人は「話せば何でもわかるって言うの? そんな簡単じゃないことだってあるだろ」と冷たく返してしまう。
※聴者同士のほうがむしろ「わかり合おうとしない」ことが多いのかもしれない

これらの考えさせられるシーンが『デフ・ヴォイス』の社会派ドラマたるゆえんでしょう。なかでも特筆すべきは、聴覚障害者を「不運」「悲劇」「かわいそう」と感じさせることなく、フラットな目線で描いていること。

聴者を感動させるために聴覚障害者を消費するようなニュアンスは一切なく、だからこそ単なる社会派に留まらず、事件や家族の物語も楽しめる作品に昇華しているのです。それもまた、ほぼ感動と恋愛に絞った『silent』との大きな違いと言えるところなのかもしれません。

コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者、タレント専門インタビュアー。雑誌やウェブに月20本以上のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』『どーも、NHK』などに出演。各局の番組に情報提供も行い、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。全国放送のドラマは毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。