そのタイトルを見て「またNHKは地震の話?」と感じた人は少なくなかったでしょう。
主人公が幼少期に阪神・淡路大震災で被災し、東日本大震災も描いた朝ドラ「おむすび」(NHK総合)の終了からわずか1週間後、土曜ドラマ「地震のあとで」(NHK総合)がスタートしました。
阪神・淡路大震災から30年の節目とは言え、「春からちょっと重いな」と思ってしまう人もいるのではないでしょうか。
ただ同作は村上春樹さんの連作短編が原作で、映画『ドライブ・マイ・カー』の大江崇允さんが脚本、山本晃久さんがプロデュースを担当。さらに「その街のこども」「あまちゃん」「いだてん~東京オリムピック噺~」で震災を描いてきた井上剛さんが演出を手がけるなど、強力なスタッフで臨む意欲作です。
そのコンセプトは「震災の影響を、現地ではなく遠い場所で受けた人間たちの、喪失を伴う奇妙で美しき世界」で、第1話のタイトルは「UFOが釧路に降りる」。放送前から村上春樹さんらしい文学的かつ難解な物語であることは明らかでした。
主演俳優すら説明を避ける難解さ

放送中から終了後にかけてネット上には、「よくわからなかった」「気が重くなるだけで何が何やら」などと困惑の声が見られました。過半数がそうだったと言ってもいいかもしれません。
第1話で主演を務めた岡田将生さんは、「原作、脚本を読み込みましたが、未だに自分自身の思考が彷徨っている感覚があります。撮影が終わったにも拘わらずです」「答えのないものほど面白いものはありません。この物語の終わりはないかもしれません」などとコメントしていました。

さらに第4話主演の佐藤浩市さんも、「難しさと楽しさ、相反する二つがひとつのシーンで同時に自分の中に湧き上がってくる不思議な作品でした。それは観る側の皆さんにも充分感じて頂けると思います。ある意味、理解は誤解の総体!」とコメント。2人とも、あえて具体性のない言葉に終始していることに驚かされます。
しかし、ネット上は困惑の声が多かった一方で、「考えさせられた」「難しいけど深い」「こういう話だったのではないか」などと熱く語るようなコメントも目立ちました。そもそもテレビ番組の視聴率は10%未満がほとんどだけに、「10人に1人へ深く刺す」という制作姿勢の攻めたドラマがもっとあってもいい気がします。
そんな難しい作品を現段階で読み解くとしたら、どんなドラマなのか。同作は全4話のオムニバスですが、5日放送された第1話を掘り下げてみましょう。

舞台は1995年の東京。阪神・淡路大震災のニュース映像を静かに見続けていた未名(橋本愛)に突然家を出ていかれた夫・小村(岡田将生)は茫然自失の中、勤務先の後輩・佐々木(泉澤祐希)から“箱”の届け物を依頼される。小村は届け先の釧路で後輩の妹・ケイコ(北香那)と謎めいた友人女性・シマオ(唐田えりか)に案内され、奇妙な旅をすることに。
妻の「“空気のかたまり”と一緒に暮らしているみたいでした」という辛らつな言葉、佐々木から渡された箱の中身、ケイコから聞かされたUFOを見た人のエピソード、女性2人の白装束と見え見えのハニートラップ、ふと見えた光に導かれるような妻の姿……謎の多さに混乱させられてしまいます。
理不尽に直面したときの人間模様

とはいえ、これらは最初に提示された「なぜ妻は出て行ってしまったのか?」というテーマにつながる謎と考えるのが自然でしょう。
ネット上にはその謎をめぐるいくつかの考察があがっていますが、支持を集めているのは、カルト宗教説。
「妻が急に姿を消し、『親戚』と名乗る見知らぬ人物が縁を切りに訪れる」「喪失感や虚無感につけ込むようなハニートラップ」「暗いトンネルの描写や『ずいぶん遠くへ来た気がしてきたよ』などの意味深なセリフ」などから、地震やUFOを入口にしたカルト宗教絡みの危機をあげる声があがっています。

ただ、これは数多い考察の1つに過ぎず、本質は地震のような理不尽に直面したときの人間模様ではないでしょうか。劇中に「明日地震が起こるかもしれない。酔っ払って道ばたで凍死するかもしれない。宇宙人に連れ去られることだってあるかもしれない。何が起こるかなんてわからない」というセリフがあったように、「それらの理不尽な状況に見舞われたとき、人間はどうなってしまうのか、どう振る舞おうとするべきなのか」を考えさせる作品に見えるのです。
それは主人公の小村が妻から「あなたは優しくて親切」と言われる一見穏やかな人物ながら、「親戚の顔すら知らない」「代理人による離婚を受け入れる」「依頼を受けたあとも箱の中身を気にしない」など感受性の乏しさを露呈し、翻弄されていくシーンからもうかがえました。
ここであげたことの真偽はさておき、わずか45分間でこれだけ考えさせる作品は異例。その難解な物語は「さすが村上春樹」であり、それを映像化した「スタッフが凄い」という感があります。

オムニバスの全4話が予定されている当作で特筆すべきは、原作で描かれた1995年だけでなく、「現在の2025年に至る物語」に脚色したこと。第1話の最後はシマオが「実感が少しは湧いてきた? でもまだはじまったばかりだから」と小村に語りかけて終わりましたが、残り3話でどんな30年間の人間模様を描いていくのか楽しみです。

考察好きが存分に楽しめるドラマ

あらためて作品全体を見渡すと、「世界で認められた村上春樹さんの作品」「名作を手がけてきたスタッフが集結」「視聴率が報じられないため良い意味で目立たない土曜ドラマでの放送」など、“ローリスク、ローリターン”での制作が許されるNHKならではの作品と言っていいでしょう。
最大のメリットは、だからこそクオリティファーストでの制作が可能であること。クリエイターも俳優もオファーを受けやすく、視聴率や分かりやすさなどにとらわれず、思い切った仕事ができます。
良くも悪くもこんなに難解な作品はあまりないだけに、ドラマ考察が好きな人はぜひ見たほうがいいでしょうし、ネット上に多くのコメントを書き込んで存分に楽しめばOK。好き嫌いがはっきり分かれるものの、そんな醍醐味であふれている作品であることは間違いないでしょう。

最後に話を地震の描写に移すと、第1話の冒頭に阪神・淡路大震災が発生した当時を思い出してしまう生々しいシーンがありました。1995年当時、深夜のテレビ画面には亡くなった人々の名前と年齢がひたすら映され続け、「こんなに罪のない犠牲者がいるのか」「この現実をどのように受け取ればいいのか」と感じたことを思い出してしまったのです。
そんなシビアで骨太な制作姿勢もNHKのドラマならでは。残り3話でも「日本人は離れた場所の地震にも心が反応してしまい、大事なものを失ってしまう」などの大きな影響を受けるシーンが見られるでしょう。
阪神・淡路大震災だけでなく、地下鉄サリン事件、ノストラダムスの大予言なども含め、原作が書かれた時代の不気味さを残しながら、どのように現在の日本へつなげていくのか。スタッフとキャストの奮闘に期待していいのではないでしょうか。

コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者、タレント専門インタビュアー。雑誌やウェブに月20本以上のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』『どーも、NHK』などに出演。各局の番組に情報提供も行い、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。全国放送のドラマは毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。
土曜ドラマ「地震のあとで」NHK公式サイトはこちら ※ステラnetを離れます。