今から10年ほど前の2010年代半ばごろ、「刑事ドラマが多すぎる」 そんな声があふれ、民放の連ドラが軒並み視聴率を落としていました。連日殺人事件を扱うドラマが放送されることに嫌気が差したなどの理由で「若者のドラマ離れにつながった」と言われ、当時ほどではないにしても今なおその傾向が続いています。

実際、今冬も刑事が主人公の「秘密 ~THE TOP SECRET~」(カンテレ・フジテレビ系)、「アイシー ~瞬間記憶捜査・柊班~」(フジテレビ系)、「相棒」(テレビ朝日系)、「東京サラダボウル」(NHK)が放送。さらに不動産業が舞台の「問題物件」(フジテレビ系)も刑事事件が関与するため「刑事ドラマの1つ」という声もあります。

ただ、これらの中で「東京サラダボウル」だけは「まったく別の作品」と言っていいでしょう。他の刑事ドラマとはどんな点で一線を画しているのでしょうか。「NHK」「外国人俳優」「考えさせるセリフ」という3つのポイントから掘り下げていきます。


これぞNHKに求められるドラマ

「東京サラダボウル」のジャンルは刑事ドラマですが、扱われるモチーフは「外国人の事件」。在留外国人が300万人を超え、インバウンドも増える中、外国人がかかわる事件にスポットを当てた物語は時流にフィットしています。何より「こんな刑事ドラマ見たことない」と感じる人が多いのではないでしょうか。

では、なぜ毎クールさまざまな切り口で刑事ドラマを量産する民放各局は、外国人の事件を扱った物語を作らなかったのか。その答えはシンプルで「外国人の事件がメイン」「外国人俳優が多数出演」「外国語が飛び交う」刑事ドラマでは視聴率がれないから。

時流にフィットしていても、社会的意義があっても、視聴率が獲れなければドラマ化できないのが民放最大の弱み。逆に時流や社会的意義を重視し、視聴率にとらわれすぎることなく制作できるのがNHKの強みでしょう。「これぞNHKにしか作れないドラマ」、もっと言えば「NHKが手がけるべきドラマ」と言っていいかもしれません。

ちなみに、漫画原作者の黒丸さんはドラマ化に際して、「『こんな難しいテーマのドラマに挑戦してくださる方々がいるとは!』と思いました」「テーマ、登場人物、そして言語……ドラマ化にあたり大変な労力が必要になるであろうこの作品」などとコメントしていました。

また、「刑事と通訳人の目線から外国人の暮らしや人生をリアリティたっぷりに描き、異国で生きる現実や葛藤を映し出す」というコンセプトは、日本人の気づきをうながすようなニュアンスも感じられます。メディア報道では「外国人による事件」と一括ひとくくりにされがちですが、あなたはそこにある真実を知ろうとしているか。私たちに偏見や差別はなかったか。

「東京サラダボウル」は、毎話見終えたあと、自分の無知と向き合い、考えさせられる作品なのです。


出番の少ないダブル主演の魅力

4日に放送された第5話のテーマは、“外国人の技能実習制度”でした。

物語は、介護施設で入居者のタブレットが窃盗され、疑われたベトナム人ケアスタッフのティエン(Nguyen Truong Khang)を東新宿署国際捜査係の巡査部長・鴻田麻里(奈緒)が取り調べするところからスタート。疑いが晴れない一方でティエンは手を骨折していたほか、体にあざがあることも発覚し、窃盗犯なのか、それとも暴行被害者なのか。

鴻田と元刑事で中国語通訳人の有木野了(松田龍平)、ベトナム語通訳人の今井もみじ(武田玲奈)らは、聞き込みなどを通じて外国人労働者の現実を知るほか、ティエンが「友達」と呼んでいた同じケアスタッフの早川進(黒崎煌代)に近づいていく……。

この間、視聴者も鴻田たちと同様に技能実習制度の内容や課題を知ることになります。さらに「日本に来るとき借りたお金を返すまではベトナムに帰れません」と語り、同僚から暴言と暴力を受けるティエンへの感情移入が加速。クライマックスに向けてティエンの思いが明かされるシーンを畳みかけて感動を誘いました。

第5話の主人公は間違いなくティエンでしたが、当然と言うべきか、あまり知らない外国人俳優が演じました。準主人公は進で、こちらを演じたのは22歳でまだ知名度が低い黒崎煌代さん。タイトルが「ティエンと進」だったように2人のエピソードであり、ダブル主演の奈緒さんと松田龍平さんの出番は決して多くありませんでした。

そのダブル主演の出番が少ないことは、「描くべきものをしっかり描く」という制作サイドのこだわりでしょう。鴻田はティエンと進に尋問するのではなく寄り添うように言葉をかけ、進の背中を押すなど、2人のサポート役に終始。

さらに事件終結後、鴻田が一人で涙をにじませていると有木野が現れ、「一度壊れた友情ってまた戻ると思う?」「2人ともまだ若いし。戻るチャンスはあるんじゃないですか。少なくとも今、この瞬間同じ国で生きてるわけだし」と語り合うシーンがありました。

鴻田は“ミドリ髪”でカジュアルな服装のほか、誰に対してもフレンドリーに話しかけるなど「こんなに刑事らしくない刑事は珍しい」、有木野は人間相手の仕事なのに他人と距離をとるなど「こんなに通訳人らしくない通訳人は珍しい」と思わせながらも、人情がにじみ出る魅力的なキャラクター。出番が少なくても存在感は大きく、視聴者は彼らの目線から物語を追うことができます。

ちなみに「珍しい」という点では、「こんなに知らない外国人俳優が登場するドラマ」「こんなに多言語が飛び交うドラマ」という点も同様であり、“まったく見たことのない刑事ドラマ”であることを裏付けています。


考えさせるセリフと食べたい料理

刑事だけでなく通訳人の活躍もフィーチャーされているように、「東京サラダボウル」が言葉を大切にした作品であることは間違いないでしょう。われわれは外国人たちの言葉を丁寧に聴いたうえで、どのように理解し、どんな言葉をかけていくべきなのか。

刑事と通訳人には毎話、視聴者に考えさせるようなセリフがありますが、第5話では主に今井がその役割を担っていました。

今井が「今関わることがあるベトナム人の多くはそれが被疑者であれ被害者であれ、高い志を抱いて日本にやって来た人たちで……。通訳をしてると『こんなことのために日本に来たんじゃないのに』って思いが伝わってくるんです」「結局帰国前提で日本での定着を認めない国の方針と継続的に労働力が必要な企業側とのミスマッチが起きてるんです」と語ると、

有木野が「日本人でも『3年から5年で辞めると分かってる新入社員に本気で高度な技術を教えますか?』って話ですよね。結果、実習生はどうしても末端の単純作業ばかりになる。彼らは“いずれ帰ってしまう人たち”だから」と言葉をつなげるシーンがありました。

さらにエンドロールが流れるエンディングでも、通訳センターを統括する清宮百合(イモトアヤコ)が「日本に来る実習生って『絶対にチャンスをつかむんだ』っていう野心と向上心がある子たちばっかりなんだよね」と語ると、今井が「だからこそこの国に生きる外国の人がもっと選択肢を持って生きていける世の中にならないと」という言葉で締めくくりました。

現実を見せるだけでなく今後の道筋をわかりやすく提示するという終わり方も、NHKの作品らしいものでしょう。

今後の大きな見どころは、有木野の壮絶な過去と、オーバーステイの在日外国人を狙う組織「ボランティア」との戦いの2つ。世界各国の料理をおいしそうに鴻田たちが食べるグルメも含め、これだけ社会的かつ骨太なテーマをエンタメとして見せてくれる作品は少ないだけに、未視聴の人は、おすすめさせてもらいます。

コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者、タレント専門インタビュアー。雑誌やウェブに月20本以上のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』『どーも、NHK』などに出演。各局の番組に情報提供も行い、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。全国放送のドラマは毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。