11月23日夜、ドラマ「3000万」(総合テレビ)の最終話が放送され、その結末にさまざまな声があがり、なかには独自の考察も……。それくらい「終わってなお語りたいドラマ」ということなのでしょう。

ドラマ解説の仕事をしているこちらの周囲でも「3000万」はおおむね好評でした。ドラマ識者とされる人から、毎日見ているドラマ好き、週1作程度のライトウォッチャーまで、「今秋のイチオシ」にあげる人が少なくなかったのです。

終了したばかりの今、あらためて「3000万」はどんな作品だったのか。当作を語る上で欠かせない「特殊詐欺」「WDR」という2つのキーワードから掘り下げていきます。


土曜22時に「特殊詐欺」が2作

同作ホームページの“この番組について”には、「ほんの少しだけ幸せな生活を求めただけなのに、気づけば泥沼にハマっていく…… その先にあるのは天国への階段か? それとも地獄への階段なのか? クライムサスペンスでありながら、クスっと笑えたり、我がことのように共感できる、いまを生きる人たちの悩みや空気感を生々しく取り込んだ、スタイリッシュで、情熱的で、エモーショナルな没入感のあるドラマ」と書かれていました。

ちょっと長めであいまいな説明文は、視聴率獲得のためにわかりやすさ重視の民放では見られないNHKらしいものですが、要は「ひと言では語れない作品」というメッセージなのでしょう。

それでも大まかに言えば同作は“クライムサスペンス”であり、最大のモチーフは特殊詐欺。先日発表された「ユーキャン新語・流行語大賞」の30語に「トクリュウ」「ホワイト案件」がノミネートされていました。前者が「匿名・流動型犯罪グループ」の略で、後者は主に闇バイトと知らずに応募して犯罪加担させられるケースを指す言葉であり、ドラマ「3000万」の世界観に一致しています(ちなみに「闇バイト」は昨年トップ10入りしたためか今年はランク外でした)。

つまり「『3000万』はそれだけ時流に合う物語だった」ということ。今秋は何と同じ土曜22時台に「潜入兄妹 特殊詐欺特命捜査官」(日本テレビ系)という特殊詐欺を扱ったドラマが放送されています。さらに今年1~3月まで「闇バイト家族」(テレビ東京系)というドラマも放送されたように、制作サイドにとってドラマ性のあるモチーフなのでしょう。

ただ正直なところ、特殊詐欺のシリアスなムードとサスペンスは「潜入兄妹」、そこに至る人々の背景や感情描写は「闇バイト家族」のほうが濃厚という感があります。その意味で「3000万」は特殊詐欺を扱う社会的意義が高い一方で目新しさやインパクトは薄く、これが視聴者の心をとらえたポイントではないのでしょう。


特筆すべき「一気見したい」没入感

視聴者の心をとらえたのは、前述の説明文にあった「ほんの少しだけ幸せな生活を求めただけなのに、気づけば泥沼にハマっていく……」「エモーショナルな没入感のあるドラマ」という点ではないでしょうか。

思わぬ形で3000万円が目の前に転がってきた家族にわずかな欲が芽ばえ、「こんなはずではなかったのに」と思いながらも泥沼から抜け出せない。「何とか逃げ切りたい」ともがきながら、さらにダークな世界へ引き込まれ、次はどんなピンチが訪れるのか、どうすれば元の生活に戻れるのか……結末どころか次回の展開が読めない物語が視聴者を引きつけました。

なかでも主人公夫婦を演じた安達祐実さんと青木崇高さんの熱演で「人間はこういう目の前の欲望に弱い」という導入部分に説得力が生まれ、視聴者の没入感が加速。理屈抜きで目が離せない作品となり、週1回の連ドラというより、Netflixなどの動画配信のように「一気見したい」と思わせるレベルに昇華されていました。

そんな先の読めない没入感のある物語を手がけたのがWDR(Writers' Development Roomの略)。日本では昭和時代から現在まで1人の脚本家が物語を手がける形がベースであり、複数の脚本家がかかわる場合でも基本的に“メインとサポート”という関係性でした。

一方、海外では複数の脚本家が「ライターズルーム」と呼ばれる場で共同執筆する形がベースとなっています。

たとえば、プロット作りが得意な人、人物造形に長けた人、セリフに定評がある人など、それぞれの長所を生かし合うこともあれば、意見交換しながらアイデアを出し合い、ディテールを詰めるなど、「個人の技術に頼らずに密度の濃い脚本を手がけられる」という品質保証と安定感が強み。

WDRはNHKにとって初となる脚本開発プロジェクトであり、民放テレビマンにとっても注目度の高い作品でした。

 


グローバルに戦うための共同脚本

「3000万」の脚本にクレジットされているのは、「弥重早希子 名嘉友美 山口智之 松井周 from WDRプロジェクト」。この4人に至る過程がまた強烈でした。

まず応募総数2000以上の中から10人を選出して、約2年前からプロジェクトをスタート。19本もの連ドラ第1話を仕上げた中から「3000万」が選ばれ、10人中4人のみを集め9か月かけて全8話の脚本を書き上げたそうです。

先が読めない没入感のある物語は、まさにWDRの成果。無駄なシーンやセリフがなく、伏線の未回収などのほころびもない完成度の高い脚本として結実しました。決して「1人で書き切れないからサポートを付けてもらった」のではなく、「最初から複数を集め、時間をかけて練り上げていく」という骨太かつ地道な姿勢が成した脚本と言っていいでしょう。

民放に目を向けると、TBSの看板ドラマ枠「日曜劇場」で放送された「VIVANT」「アンチヒーロー」もWDRのような脚本家チームによる共同執筆でした。ダイナミックな展開と緻密な伏線を共存させる。あるいは、繊細な感情描写と豪快なアクションを共存させるなど、作品のスケールを広げ、強度を高める。

配信環境の発達によってドラマというコンテンツそのものがグローバルな競争にさらされる中、日本が海外の作品に勝っていくためには共同執筆の導入は不可欠でしょう。

その意味でNHKがWDRというプレジェクトを立ち上げ、第1弾として「3000万」を手がけたことは有意義であり、第2弾以降への期待が高まります。たとえば「3000万」を見て「プロジェクトの残り18本を見てみたい」と感じた人は少なくないでしょう。

もちろん脚本のすべてが共同執筆である必要性はありません。脚本家個人の魅力を最大限に引き出す単独執筆も重要であり、実際「この人の脚本なら見たい」と言われる人気脚本家は現状のままでしょう。

また、ここ数年は「海のはじまり」(フジテレビ系)の生方美久さんや「マイダイアリー」(朝日放送テレビ制作・テレビ朝日系)の兵藤るりさんなどの若手脚本家を発掘・育成する動きも活発。個人の作家性を生かした単独執筆と共同執筆を効果的にミックスさせていくことが今後のドラマを左右していくでしょう。


余韻あるラストに制作陣の矜持

最後に話を「3000万」に戻すと、メインを務めた安達祐実さんと青木崇高さん以外のキャスティングも絶妙でした。犯罪組織のメンバーも警察の顔ぶれも、民放なら知名度の高いバイプレーヤーを使うところですが、あえてまだ知名度が低い俳優を起用。これによって作品全体の不穏さや怖さが増し、これも没入感につながっていました。

さらに「主人公が最後にどういう決断を下したのか」の解釈をあえて視聴者に委ねたラストシーンは素晴すばらしく、これもNHKのドラマらしさでしょう。

「主人公は警察に自首したのか。それとも、ノウハウを知ったことで次は自分が犯罪組織のボスになって稼ぐのか」という多少の含みが感じられました。ネット上の批判を恐れて明快なハッピーエンドばかりになりがちな中、この作品にける制作サイドのきょうが表れていたのです。

コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者、タレント専門インタビュアー。雑誌やウェブに月20本以上のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』『どーも、NHK』などに出演。各局の番組に情報提供も行い、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。全国放送のドラマは毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。


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