育ての母として、夫の柳井寛(竹野内豊)とともに嵩(北村匠海)、千尋(中沢元紀)の兄弟の成長を見守ってきた千代子。厳しさと優しさを持ち合わせている彼女の、子どもたち、そして夫への思いは? 千代子を演じる戸田菜穂に、柳井家の魅力について話を聞いた。


人に優しく、自分に厳しく、奥さんを大事に。寛さんには欠点がありません

――寛に「自分は跡取りを産めなかった」と思いを告げる場面では、寛から「一緒になれて、これ以上の人生はない」という言葉をかけられていました。

本当に感極まりました。自分の胸の内を明かしたこともあって、寛さんの優しさが心にみて……。何か、ひとつ重しが取れたというか。
あの辺から千代子はどんどん雪解けしていくし、子どもたちによっても育てられていく感じがありましたので、さらに情感豊かな女性になっていけばいいなと思いました。あのシーン以降は少し明るく演じているのですけれど、時々やりすぎて「ちょっと素が出ていますね」と言われてしまいます(笑)。

――寛の子どもたちに対する愛情深さも、ドラマのいたるところから伝わってきます。

寛さんは心が広くて男気があるし、人には優しい、自分には厳しく、奥さんも大事にしていて、欠点がありません。いい言葉をいっぱい口にしているじゃないですか。私も演じていて糧になる言葉がいっぱいありますから、ご覧になった方もパワーをもらって「よし、頑張るぞ」と思われているんじゃないかな。しかも竹野内さんの土佐ことばがすごく素敵すてきで、お声もいいので、多くの方が「寛先生、素敵だなぁ」と感じていらっしゃると思います。

――第4週には、嵩と千尋がそれぞれの思いをぶちまけながら、千代子と登美子の前で大げんかするシーンがありましたが、そこで彼らの本音を聞かされる千代子も複雑ですよね?

「おふくろの言いなりになっている」とか「顔色をうかがって優等生になって」とか……。2人の本音を知ってしまって、千代子にしてみれば「やっぱり気を遣っていたんだ」と感じるだろうし、それはショックですよね。そのシーンでは、彼らの言葉を聞いて湧き上がった気持ちをそのまま表現するようにしました。
でも、感情を爆発させて言いたいことを言い合う、男兄弟だからこそ、こうやって大げんかができるというのは、それもいいな、いいシーンだなと思って見ていましたね。

――結局、嵩も千尋も医学の道には進まない決断をしたのですが、子どもたちの進路について千代子はどう考えていたと思いますか?

この時代ですから、当然柳井医院を継いでくれるものと思っていて、最初はがっかりしただろうと思います。
でも、寛さんが語っていた「何のためにこの世に生まれて、何をしながら生きるのか。見つかるまで必死にもがけ」という言葉を大切に考えていて、寛さんの言うことが千代子のすべてだったと思うんですよね。なので、「そうだな」と思い返して、子どもたちを応援する形になったと思います。


千代子は、嵩が本当の母からはもらえなかった愛情を注いであげた人

――柳井千代子はどんな人物で、どんな母親だと考えて演じていますか?

すごく情感のある、優しくて、強い女性だなと。感性豊かな嵩を育てたという意味では、本当の母親からはもらえなかったような愛情を注いであげた人だと思っています。嵩が子どものころ、登美子(松嶋菜々子)さんに会うために家からいなくなったときも、寛さんの「信じて待とう」というセリフに従って、帰宅した嵩をしっかりと抱き締めていましたよね。本当の親以上に、愛情深い感じがするんですよ。子どもを信じていて。

――千尋を養子に迎えていることで、嵩とどういうふうに接するか、とても神経を使うところですね。

やなせたかしさんの著作には「伯父さんと伯母さんは平等に接してくれたけれど、自分としてはちょっと引け目を感じていた」というようなことが書いてあったので、そういうニュアンスも感じられるように、分け隔てなく2人と接するようにしています。

――幼少期の嵩が登美子の家を訪ねていったことには、千代子としてちょっと複雑な思いも?

やっぱり本当の母親にはかなわないのか、というような、いろんな感情があったと思います。あの時代の方々は家をすごく大事にしていて、千代子が考えた自分の役目は柳井医院を守ること。なのに跡継ぎを産めなかった、という思いもあるでしょう。抱えているものがいろいろあるからこそ、嵩を置いて出ていったことに対して怒りを覚えたんでしょうね。


母親役として戻ってきたかった連続テレビ小説の現場

――撮影が始まる前に、やなせさんの本もお読みになったと聞きましたが、そのうえでどんなことを考えて撮影に臨まれたのでしょうか?

もともと子どもたちと「それいけ!アンパンマン」はずっと見ていましたし、ミュージアムにも行ったりしていたので、そのやなせさんの育ての親を演じられることでわくわくしました。やなせさんの感性が、いかに生まれたのかと考えると、きっと育ての親の影響もあるでしょうから、その空気が出せたらいいかなと思いました。

そのうえで『やさしいライオン』(フレーベル館)というやなせさんの絵本を読んで、これが全てかなと思ったりもして。その絵本に描かれているのは本当の親子ではないけれど、感動とともに、愛に飢えていたことが伝わってきて、弟さんも戦争で亡くされているし、たくさん悲しい思いされているからこそ優しさを描かれたのかな、と感じています。

――そのやなせさんの情操教育に、伯母様も貢献しているわけですね?

千代子さんのモデルになった方が晩年はどう過ごされていたのか、ちょっとわかっていないのですが、やなせさんと小松のぶさんがご結婚されたあとに、お2人と一緒に写ってる写真が残っているんですよ。だから、温かいお付き合いがあったんだろうなと想像しています。

――連続テレビ小説「ええにょぼ」ではヒロインを務められましたが、今回「あんぱん」に母親役で出演されることになった心境を聞かせてください。

お話をいただいたときに、本当に「うわー」っと大喜びしました。私、そのとき50歳になったところで、いつかお母さん役で“朝ドラ”に帰ってきたいなと思っていたんです。2019年の「なつぞら」にも呼んでいただいて、ヒロインの産みの母の役だったのですが、その撮影は1日だけしかなかったので(笑)。今回はこういう形だったのでとてもうれしかったし、全身全霊をかけて取り組もうと覚悟して撮影に臨んでいます。


町全体が温かい、戦前の雰囲気が大好きです

――戸田さんの目に、のぶや今田美桜さんはどのように映っていますでしょうか?

のぶさんはすごくキラキラしていて、今田さんにぴったりですね。男の子に負けない強さがあって、おてんばというか、ハチキンで、すっごくシャンシャンしているから元気をもらえる感じがします。太陽みたいな感じですね。
今田さんは、肩の力が抜けていて、でも「本番!」と言われたらパッと切り替えてお芝居されるし、すごく瞬発力があって本当に頼もしいです。

――「あんぱん」の台本を読まれて、ここが素敵だなと思われたところはどこですか?

それは、いっぱいありますよ! のぶ(永瀬ゆずな)とお父さんの結太郎(加瀬亮)さんの別れとか、結太郎さんの「女子も大志を抱け」というセリフとか。ヤムおじさん(屋村草吉/阿部サダヲ)の「たった一人で生まれてきて、たった一人で死んでいく。人間ってそういうもんだ」というセリフもよかったし、寛さんのセリフは名言ばかりですしね。

毎回毎回いただく台本に、やなせたかしさん自身の素敵な言葉、例えば作詞された「手のひらを太陽に」の歌詞の「生きているから悲しいんだ」などが散りばめられていて、本当に感動します。そういうセリフを言えることがうれしいし、本当にすごく幸せなことですね。だから大事に演じたいと、私以外の皆さんも、そういう思いでやっていらっしゃると思います。

――物語は昭和2(1927)年から始まりましたが、時代背景についてはどんな印象をお持ですか?

私は戦前の町全体の雰囲気がすごく好きなんです。夜はちゃんと暗いですし、まだ電柱が木だったり、そこに温かみを感じます。後免与町商店街もロケだったのですが、町にいるだけで温かい気持ちになりました。人と人とのつながりがちゃんとあって、ご近所とは仲良しですし、今の核家族と違って地域みんなで子どもたちを育てている感じがして、大きな魅力を感じます。

その時代の着物も、私は医院の奥様の役なので、ちょっといい着物を着ていて、モダンな感じ。それも衣装さんが考えてくださっていて、素敵なものを着せていただくので楽しいですね。松嶋さんのお着物の柄もすごくあでやかで、全部が大柄なので、やっぱり着物ってああいう昔の家の暗さの中でふわっと浮き立つんだなと撮影しながら感動しているところがあります。

柳井家のリビングのセットも和洋折衷で素敵だし、ちょっとハイカラな家なので私の好きなおしゃれな小道具がいっぱいあって、すごく楽しいですね。