韓国文学(K文学)の新しい可能性を担う作家、パク・ソルメ。彼の10年の軌跡を網羅した、オリジナル編集による日本版短編小説集。独創的で幻想的な物語を紡ぐ全8編を収録。

ここ数年、韓国の小説が日本で盛んに翻訳・出版されています。これは、韓国で民主化以降に育った若い作家たちが次々と良作を発表していること、そして日本でハングルの翻訳家の層が厚くなったことが大きな要因でしょう。

なかでも、今回の本の翻訳を手がける斎藤真理子さんの優れた仕事の数々は、日本における“K文学”ブームの大きなけん引役になっています。

パク・ソルメさんは、1985年生まれの前衛的な作家。本書は、パクさんと斎藤さんと編集者が作品のセレクトから掲載順まで相談して決めた、日本オリジナルの短編集で、韓国では出版されていません。読んでみると、変な文章が多いことに気づきます。

あとがきによると、パクさんの文体は故意に崩すなど、もともと個性的。斎藤さんがその雰囲気を日本語で再現しているとのこと。けっして翻訳が下手なのではありません。

実際の事件・事故から発想した作品が多く、表題作は、5人の女性を殺した男が交通事故で死ぬが、その女性たちと同じ手口で殺された女性7人を加えた計12人が、すでに死んでいる男を殺すという不思議で不条理な話。

そのほか、1980年の光州事件を題材にした「じゃあ、何を歌うんだ」、福島の原発事故に衝撃を受けて書いた「私たちは毎日午後に」など。

社会の不条理さを、不条理なまま訴えかけてくる作品たち。とても才能のある作家だと思います。

(NHKウイークリーステラ 2021年7月16日号より)

北海道出身。書評家・フリーライターとして活躍。近著に『私は本屋が好きでした』(太郎次郎社エディタス)。