公共放送としてのNHKの放送文化は、時代とともに変わっていくだろうし、またそのような使命がある。その一方で、ずっと受け継がれているもの、バトンが渡され続ける資産もある。
変わらない価値として真っ先に思い浮かぶのが、NHK総合とラジオ第1で放送されている「NHKのど自慢」。前身となるラジオ番組が始まったのが終戦後間もない1946年。1953年からテレビ放送も始まり、1970年から、「NHKのど自慢」として、現在の各地をめぐって生放送をする形式が定着した。
すごいと思うのは、私が物心ついたころには番組が始まっていて、それからずっと放送されており、基本的にそのフォーマットや印象が同じだということである。
実際には、時代とともに少しずつ変化しているようだ。出場者は何組か。番組開始時に入場シーンがあるか。開催地はどのように紹介されるか。伴奏を担当する楽器(以前はアコーディオンの印象が強かった)。さまざまな修正、工夫を重ねつつ、変わらない伝統が続いている。
鐘(チューブラーベル)の音から始まる印象的な番組のテーマを作曲したのは、鈴木邦彦さん。あの音が聞こえてくると、「ああ、日曜の昼になったなあ」と思う人は多いはずだ。
楽しみなことがいくつかある。歌を聞いていて、「鐘がいくつかな」と予想して、当たると自慢したくなる。鐘1つと鐘2つは不合格。それでも出場者は楽しそう。鐘が多く打ち鳴らされて合格になったとき、出場者が大喜びする姿を見ているとこちらもうれしくなる。
また出場者は年齢も職業も多彩で、「ああ、世の中にはこういう人がいるんだなあ」と知れて楽しい。ものすごくうまい人もいれば、「この歌はちょっと……」と感じることもある。あまりうまくない人でも出場者としてちゃんと役割があるのが、「NHKのど自慢」の魅力。
過去には、出場者の中から、美空ひばりさんや北島三郎さん、ジェロさんなど、錚々たるプロ歌手を輩出している番組だけれども、基本はアマチュアがその個性を発揮して歌うという点に、見どころがあると思う。
その昔、さまざまな人が“歌”を寄せた「万葉集」が生まれ、また、誰でも歌にチャレンジして楽しむ「カラオケ」の文化も世界に広めた日本ならではのユニークな番組。それが「NHKのど自慢」だろう。
現地入りしてからの舞台設営、出場者のオーディション、選考から、当日の生放送としての進行の工夫まで、さまざまな「総合技術」を受け継いでいく苦労を想像すると頭が下がる。
日本ならではのすばらしい放送文化として、これからも「NHKのど自慢」が末永く“動態保存”されることを心から願う。
(NHKウイークリーステラ 2022年2月18日号より)
1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。文芸評論、美術評論などにも取り組む。NHKでは、〈プロフェッショナル 仕事の流儀〉キャスターほか、多くの番組に出演。