佐伯直が自分の生い立ちを語り、衝撃の事実を明かしたことで、壊れかけた青野との関係。佐伯の設定については、7月30日に公開したステラnet記事「原作・阿久井真メッセージ」で紹介したが、今回は青野と佐伯の関係性についてさらに深掘りするために、第17話「もう一つの本音」が放送された数日後に再取材を敢行!
原作の担当編集である小学館・小林翔(マンガワン副編集長)も交え、青野と佐伯のそれぞれの思いについて改めて話を聞いた。
アニメを見たときは、佐伯に共感していました
――第17話は、佐伯直が自分の父親は青野龍仁だと語って青野くんが衝撃を受ける回でしたが、実際の放送をご覧になって、どのような印象を持ちましたか?
阿久井 本放送をリアルタイムで見て、録画しておいたものを昨日もう一度見直したのですが、漫画を描いているときは、モノローグも使って、私は青野くんに共感しながら描いていたんです。でも、いざアニメを見てみると、より客観的な視点で語られているせいなのか、佐伯くんのほうに感情移入してしまって。見ていて、心が苦しかったですね。
それは、声優さんの演技によるところが大きいと思うのですが、(青野役の)千葉翔也さんの怒りの表現がすばらしくて、佐伯くんの視点で「あ、こんなに言われてしまうんだ」、と。(佐伯役の)土屋神葉さんもそうですが、声優さんたちの演技に圧倒されて「キャラクターが、ここまで血の通った人間になるんだ!」って、すごく印象的でした。
だから、漫画を描いたときとは違う、佐伯くんに共感している自分がいて、それは新たな発見でしたね。気持ちが佐伯くんにリンクして、私もしばらく落ち込んでいましたから。
――あの場面、青野くんはひどくショックを受けて声を荒げていましたが、佐伯に殴りかかるとか、半狂乱になったりするようなことはなくて、15歳なのに自制できているんだなぁとも感じました。
阿久井 でも、青野くんは心に溜め込んでしまうタイプだから、表に出さないだけで、心の中にはものすごい負の感情を溜め込んでいるんじゃないかな、というふうに思います。
――なるほど。それにしても、青野くんと佐伯の父親である龍仁は、罪深い男ですね……。
阿久井 彼はもう「『青オケ』のクズ」(笑)と呼ぶべき存在なのですが、いずれ龍仁のことも描かなきゃいけない日がやってくるので、どう描こうか、それは今から本当に悩んでいます。SNSを見ていたら「パガニーニ*をモデルにしているんじゃない?」と投稿している方もいらっしゃいましたね。やっぱり芸術家は、色恋沙汰もにぎやかな人が多いような気もするので、そんなふうにリンクして受け取ってもらえているのなら、ありがたいです。
*ニコロ・パガニーニ(1782 - 1840)…超絶的な技巧で知られるヴァイオリニストにして作曲家。酒と恋愛とギャンブルを好み、数々の女性たちと浮名を流した。
小林 音楽家は曲に想いを込めて表現する仕事だから、感情がとても豊かですよね。ある意味、龍仁は「自分のすべてを音楽に捧げている」すばらしい芸術家。それでも世間的には、人としてどうなの? というところもあって。
――原作でも詳しく描写されてないのですが、龍仁のことがスキャンダルとして報道されたときに、青野ママは佐伯の存在も知ったのか、というような細かい部分まで設定されているのでしょうか?
小林 阿久井先生と打ち合わせをしている段階から考えていた部分と、連載を進めながら加えていった部分、両方あります。母親に関係するところは、まだ漫画本編にも出していないので言えませんが、佐伯のことを知っていたかどうか、龍仁が家を出た後の関係性など、かなり考えています。アニメの画面に映る週刊誌の報道内容も確認させていただいて、そういうところは原作と齟齬がないように、しっかり作っていただいている、という印象を受けました。
この物語は、青野一の視点から始まっているから、もしかしたら龍仁や青野のお母さんの視点に立ってみると、ちょっと違う見え方になるかもしれないですね。それがどこまで語られるのかは、「今後の展開をお楽しみに!」という感じです。
阿久井 第17話が放送される前後は、私は意識的にネットに近づかないようにしていたのですが、今ようやくSNSでの反響を見たりして、ものすごくシリアスなシーンなので「こんなに重い話だったんだ!」という投稿も目にしました。でも、こういう物語であることは変えようがない事実なので、もう「私は私」と思って、自分の芯がブレないようにして描き続けないといけないな、と改めて思ったりしています。
青野にとって佐伯は、兄弟ではなく大切な友達
――ともに龍仁を父親に持つ青野くんと佐伯は、お互いにどういう存在なのでしょうか。たとえば、合わせ鏡のようなもの?
阿久井 佐伯について言えば、彼は自分自身の存在を否定していたんですよね。龍仁が弾くヴァイオリンの演奏に心を奪われて以来、龍仁に憧れ続けてきたけれど、自分の母親との関係がスキャンダラスに報道されて、自分という存在が青野くんの家庭を壊してしまったことに自責の念を覚えて、そのことにずっと縛られていたんです。それでも、青野くんとヴァイオリンを弾くのは楽しかったし、一緒に演奏する仲間として仲良くなることができた。
青野くんにとっては……。私は、2人の関係は、血のつながりはあるけれど、やっぱり「友達」というほうが近いと思っています。「兄弟」という感覚は、もしかしたら、ないんじゃないのかな。兄弟という設定にしているけれど、私自身が兄弟として描いていないような気がしています。自分でも不思議な感覚なんですよね。小林さん、そのあたりはどうですか?
小林 そうですね。佐伯に血の繋がりを明かされた瞬間に青野がいちばんショックだったのは、自分の父親がしていたことをもう一度突きつけられた嫌悪感と罪悪感。そのことに戸惑っていたけれど、佐伯とは友達として向き合っていたから変なしがらみは抜きにして「ひとりの人間として、おまえと接したいよ」というか。もちろん、心のどこかに引っかかりはあるかもしれないですけれど、血縁関係があるという実感はないかもしれないですね。
阿久井 もしかしたら、青野くんは山田くんのほうをお兄ちゃんっぽく感じているかもしれないな、と私は描きながら思っています(笑)。
――第19話「君として」のアフレコは、阿久井先生も見学されていたそうですね。
阿久井 はい。でも、監督の岸誠二さんや音響監督の飯田里樹さんをはじめとするスタッフのみなさんが、原作をちゃんとつかんでくださっているので、私たちから何か言うことはなかったですね。千葉さん、土屋さんの感情が込められた演技も、ものすごくリアルでいいなと思いました。
――その第19話の“けんか”で、2人の気持ちはひとまず決着した、ということになりますでしょうか?
阿久井 そうですね。そこにまた龍仁が現れたりすると、もしかしたら何かあるのかなとも思うのですが、彼らの中では、一応落ち着いているのかなと思います。2人とも、家庭や家族というものに対して、多くの人とは違う立ち位置にいると思うのですが、思春期の人だったら家庭や家族にいろんな思いを持つことはあると思うんですよね。今回は特殊な形にはなっていますが、それを超えて、いま身近にいる人との繋がりを大事にして、いい音楽を作ることに集中したい、という方向になったんだと思います。
2010年に、小学館第66回新人コミック大賞(少年部門)の応募作「RUSH」が佳作を受賞して注目を集め、2012年から『裏サンデー』で「ゼクレアトル〜神マンガ戦記〜」(原作:戸塚たくす)の連載を開始。2013年から同サイトでオリジナル作品「猛禽ちゃん」を執筆し、2015年からは劇場用アニメ「心が叫びたがってるんだ。」(原作:超平和バスターズ)のコミカライズを担当した。
2012年に小学館のウェブ漫画サイト『裏サンデー』、2014年にアプリ『マンガワン』を立ち上げ、副編集長を務める。千葉県立幕張総合高校シンフォニックオーケストラ部出身で、フルコンタクト空手有段者。編集者として担当した主な作品は「ケンガンアシュラ」「モブサイコ100」「灼熱カバディ」「ダンベル何キロ持てる?」など。いずれもアニメ化された。
取材・文/銅本一谷