アニメ「青のオーケストラ」も、いよいよ最終回! その放送を直前に控えた今、原作・阿久井真と担当編集・小林翔(マンガワン副編集長)へのインタビューを、再び敢行! アニメに対する率直な思いや原作執筆の裏話について話を聞きながら、改めて「青のオーケストラ」の魅力に深く迫っていく。


アニメに負けないように漫画を描いていきたい

――アニメ「青のオーケストラ」は、来週、最終話「新世界より」が放送されますが、阿久井先生は4月の放送開始から、ほぼリアルタイムでご覧になっていますよね。もうすぐ最終回を迎えることで、どんな気持ちになっていらっしゃいますか?

阿久井 毎週日曜日の夕方5時になると心拍数が上がって、ちょっぴり変な汗をかきながらアニメを見ていました。見ていると、自分の脳内で「あのときは、こう描いておけばよかったんじゃないか?」と反省会が始まることもあります。(アニメ化された部分の)漫画を描いたときから少し年数が経っているので、たまに自分の考えがぐるぐる回ってしまって。ですから「放送が終わったら私はどんなふうになるんだろう……」と思ったりもしますが、それでも「また次も、アニメにしてもらえるように頑張ろう」という気持ちに落ち着くかもしれませんね。

アニメ化って、漫画家にとってはひとつの目標というか、ある種のゴールのようなもので、「アニメが放送されることで、燃え尽き症候群みたいになっちゃうのかな?」と、自分がちょっと心配になったこともあったんです。でも、そんなことはありませんでした。最初は「アニメになっても、負けないぞ」というくらいの意識で漫画を描いていましたが、音楽のついた映像で描写されたシーンを改めて見ると「ああ、やっぱりアニメってすごい!」と感じられて。すごくいいものを作ってもらえたからこそ「私は、これを超えられるように作品を描いていこう」と、たくさん元気をもらえました。そういう目標ができた、というか。だから今回のアニメ化には、とても感謝しています。

私自身、漫画家の立場として思うのですが、そもそもヴァイオリンを描くのって、かなり大変な作業なんですよ。絵が動かない漫画でさえ苦労しているのに、それを動かすというのは……。アニメのスタッフの方々に対して、私は本当に、尊敬しかありません。

ⓒ阿久井真/小学館/NHK・NEP・日本アニメーション

――スタッフの皆さんへの信頼は、以前の取材でも口にされていましたね。

阿久井 私はアニメを見るのが好きですが、制作現場の事情には詳しくなくて、ベテランのスタッフさんのお名前も存じ上げなかったんですよ。今回は、せっかくだからと思って、スタッフさんのお名前でネット検索してみたんです。そこで「発見」したのが、作画スタッフの佐藤好春さん。この方は、スタジオジブリの『となりのトトロ』で作画監督を務められていたんですよね。いろいろな方に参加していただけたんだなぁ、と思いながら、そんな作品の楽しみ方もしていました。

――ところで、NHK-FM の「粗品のクラシックためにならない話」という番組に阿久井先生がメッセージを寄せていらして、今後は漫画の青野くんの描写が演奏担当の東亮汰さんをイメージすることになるだろうと語られていましたが、そのように、今回のアニメ化が原作に影響していくこともあるのでしょうか?

阿久井 アニメで青野くんがヴァイオリンを弾く姿は、東さんが演奏しているところを撮影して、それをもとに作画されているので、私も最近はアニメを見ていると「あ、東さんだな」と思うようになってきました。なので「これは逆に、漫画も東さんの演奏を完全に参考にして描いてもいいのかな」と思っています。東さんのCDアルバムの初回限定版を購入したら、演奏する姿を収めたDVDの特典映像が付いてきたので、これを使わない手はないな、と(笑)。

そんなふうに、アニメから刺激を受けていることが多々あって、例えば(2年生の)羽鳥葉と裾野姫子が会話する場面は、声優さんたちの声の表現も相まって、漫画以上に情感豊かなシーンになっていた気がします。羽鳥は、アニメを見て「こんなにいいキャラクターだったんだ」と、より魅力的に感じたキャラの一人ですね。これから漫画にも、もっと出てくるといいなと思っています。


心情を深く探って、ようやく生まれた言葉たち

――今回、アニメでは定期演奏会が物語のクライマックスとなりますが、原作では定期演奏会後にもさまざまなドラマが繰り広げられます。東亮汰さんに取材させていただいたとき、「最終的に青野くんはどこに向かっていくのか、興味を持っています」と話されていたのですが、「青オケ」は青野くんがコンマスになるという物語なのか、それとも東さんのようにソロ活動と両立させる物語なのか、それとも、さらに別の道に進んでいくのか……。

阿久井 私は何となく、原田先輩のようになっていくのかなと思っていた時期があったんですよ。小林さんはどうですか?

小林 今回のアニメもそうなのですが、やっぱり原田は、青野が1年生のときのお手本なんですよね。オーケストラのコンマスというものに触れて視野を広げさせてくれた先輩で、夏の定期演奏会後に原田が引退してどうするのか。青野自身が2年生、3年生になるとしたらどんどん変容していくだろうし、この先にどんな道を選ぶのか。高校生が進路に悩むように、青野も悩むんだろうなと思っています。

「青オケ」って、例えば定期演奏会とか音楽コンクールとか「通らなきゃいけないルート」はある程度決めているんだけど、そこまでに何を積み重ねるのか、誰と出会うのかによって、その先の分岐が少しずつ違ってくる。明確にゴールを設定して、そこに絶対たどり着くというよりは、青野がどう成長したのかというところを楽しみながら追いかけていただける作品だと思っているので、そのときに阿久井さんが「こういう方向がいいかも」と思った方向に話を振っていく感じかなと思っています。

阿久井 (世界的なヴァイオリン奏者として活動する)父親とは違う形で決着すべきなのかなって、ぼんやりと考えているんですけど。

小林 まあ、どうしたって違ってくるでしょうね。でも、結局その道に進むというのもなくはないだろうし、これから高校2年生に進級して、それから輪郭が出来上がっていくのかなっていう感じがします。

――いま、原作の最新話で青野くんは進級直前ですから、その後のお話も続いていくということですね。ということは、アニメの第23話「定期演奏会」に登場していて、ハルちゃんが演奏した「花のワルツ」に感激したことで「私、来年、この学校のオケ部に入る!」と宣言する中学生の女の子も、将来的には……?

阿久井 あの子は、定期演奏会のシーンを描いているときに、小林さんと「絶対、入部してくるよね」という話をしていました(笑)。私も、先輩になった青野くんを早く描きたいな、と思っています。

――それは楽しみです! ところで「青オケ」には、たくさんの印象的なセリフが登場しますよね。佐伯直の「『何も変わらない』からこそ、変われたものがあるんだ」とか、山田くんの「積み重ねてきた『色々』ってヤツはさ、多分…、ちょっとやそっとじゃ崩れないんだよ」とか。そういうセリフって、どうやって考えていらっしゃるのですか? 思いついたときにメモしておくとか?

ⓒ阿久井真/小学館/NHK・NEP・日本アニメーション

阿久井 私の場合、事前に考えておくことは全くないんですよ。ネームを考えているときに、そのキャラクターの内面に潜っていって、深く考え込んだ末にやっと出てくるものなので、「ここで、いいセリフを言わせよう」という感覚では描いていません。それこそ、何かを言わせなきゃいけないね、という部分は小林さんと打ち合わせたりもするのですが、明確に「この言葉を言わせたい」と考えていたものは、今までなかったかもしれませんね。

――人物のことを考え抜いてこそ生まれてくる言葉なのですね。

阿久井 そうですね。多分そういう作り方をしているから、私は漫画を描くのが一向に楽にならないというか。結構、ネーム作業が苦しいんですよ。本当に、キャラクターの心情を探って探って、ようやく出てくるセリフなので、漫画を描くのは、正直、もう苦しさしかない……(笑)。

――たくさんのキャラクターが登場して、それぞれの立場で、きちんと心に響いてくるセリフを言っているということは、その人数分の人生を背負って描いていらっしゃるわけだから、それは大変な作業ですよね。

阿久井 そう言っていただけると救われます。キャラクターも結構増えてきているから、毎回掘り下げていくのに必死になっています。

――そのセリフですが、漢字に独特のルビ(ふりがな)が振ってあるのも、原作の特徴だと思います。例えば、りっちゃんの「あんたの父親それ、ヴァイオリンとは関係無いと思う」というセリフとか。そこには、どんな意図があるのですか?

阿久井 やっぱりセリフは、生で会話をしている、実際に会話で使っている言葉にしたいと意識しているんですよ。でも、漫画の表現として「漢字で表記しないとわかりにくいだろうな」という部分は、あえて漢字で書いて、そこに生でしゃべっている言葉をルビとして加えています。その空気感でしか伝わらないことも結構あると思っているので、私の中で音で再生されているものを文字にするとき、漫画に落とし込むときに、こういう表現を使っています。


「『青オケ』に作者はいない」と思われてもいい

――ところで、主要キャラクターの名前なのですが、青野一、秋音律子、小桜ハル、佐伯直という名前は「四季」をモチーフにしているのではないかという気もしています。

阿久井 確かに、それぞれ季節を入れたらいいんじゃないか、と考えた覚えはあります。結果的に「春」と「秋」しかいないんですけど(笑)。でも、夏じゃないけれど、その印象がある「青」にしてみたり。直は、素直の「直」なのですが、この4人はキャラクターの造形や内面を作っていくうちに、こういう名前が合うだろうな、ということで付けました。特にハルなんかは、春っぽくて、でも内気な子だから、桜というよりも、ちょっと小さい「小桜」さんのほうが、より印象的かなと考えた記憶がありますね。

逆に先輩たちは、実在する高校のオーケストラ部をモデルにしてリアルな高校生たちの姿を描くから、名前も漫画チックではないものにして。なるべく一般的な名字を選んだのですが、アニメを見たら、「もう少し印象的な名前にしてあげてもよかったかな」と思うところもありました。

ⓒ阿久井真/小学館/NHK・NEP・日本アニメーション

――原作では、人間関係の設定については、今も語られていない部分がありますよね。

阿久井 正直に言うと、漫画の作り方って「後出しじゃんけん」的なところがあると思っているんですよ。私がぼんやりキャラクターの生い立ちを考えていても、いざネームにして小林さんに「ボツ」を出されたら、その時点で考え直さなくてはいけないので(笑)。

小林 まあ、すり合わせをしながら作っていくんだけど、決め込みすぎないのも漫画の良さというか。漫画を作っていくうちに「こっちのほうがいいかも」となる可能性は全然ありますしね。

阿久井 漫画って、生き物なんだと思っています。最近、思っているのは「青オケ」の連載を始めたのが6年前だったんですけど、6年も経つと読者の感覚だったり、世間の捉え方だったり、極端かもしれないけれど、時代背景も変化している。わりと「青オケ」も古いな、って受け止められるのかなと少し怖く感じています。部活動の在り方も、徐々に変わっているだろうと思いますし。

小林 当時はあんな状況だったけど、今だと「ブラック部活」と言われてしまうのかもしれませんね。「こんなに長時間、子どもたちを拘束するのはどうなんだ?」って。

――確かに、リアルに描きすぎると時代のほうが変わってしまって、というところはあるかもしれません。

阿久井 「青オケ」はできるだけリアルに描きたいと思っているのですが、それでも「現実と違うじゃないか」みたいな指摘を受けてしまうと、「フィクションだしなぁ」と思うところもあるし、なかなか塩梅が難しいですね。

――ところで、ステラnetでは何度かインタビュ-を受けていただいていますが、阿久井先生ご自身はテレビやラジオ、配信番組への出演はお断りされていると聞きました。それは、どうしてなのでしょうか?

阿久井 基本的に、「作者は作品よりも前に出るべきではない」と考えているからです。私自身が、漫画だけじゃなく、いろんな作品に触れるときには、純粋に創作物として楽しみたいので。極端な言い方になりますが、演じ手さんのスキャンダルが報道されたりすると、その作品じゃなくて演じ手さんがチラついてしまうのが、私はすごく嫌で。だったら作り手は、ずっと裏にいるほうがいい。
「青オケ」に関して、私はキャラクターが本当に生きているように感じてほしくて、何なら「作者なんていないんだ」と思われていいと思っています。だから、メディアに出演するのは華のある声優さんたちにお任せして、私は一視聴者として楽しんでいきたいなぁ、と考えているんです。


今、その瞬間を楽しんでもらえたら

――さて、定期演奏会のクライマックスは、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」の演奏となります。この曲を選ばれた理由は、どんなところにあるのでしょうか。

阿久井 これは、小林さんの「やりたい」から始まりましたよね。

小林 ほかの曲は僕も高校時代にオケ部で演奏経験があるんですけど、「新世界」はなくて(笑)。青野が1年生の定期演奏会で演奏するとしたら、広がりのある曲がいいだろうなと考えて、メジャーな曲、誰もが聴いたことのある曲がいいだろうと思ったことが大きかったですね。ヴァイオリンが映えつつの曲だと何だろうなと考えたのですが、僕は個人的に「新世界」の第4楽章が好きで、冒頭の金管楽器から始まった後のヴァイオリンの速いくだりとかが、かっこいい。「新世界」というタイトルも、新しく何かを始めるのにすごくぴったりだと思いました。

ⓒ阿久井真/小学館/NHK・NEP・日本アニメーション

阿久井 それで「新世界」の4つの楽章に、物語を当てはめていって。特にドイツから日本という「新世界」にやってきた佐伯については、うまくはまったかもしれません。

小林 第1楽章の導入部がとてもよかったから、逆に物語の「置き方」が難しくなって、ちょっと大変だったけれどね。

阿久井 佐伯のところが、いちばん悩んだ回でしたね。

小林 楽章ごとにキャラクターの落としどころをどう作るのか、漫画だと「引き」を作って次に繋げなくちゃいけないから、いろいろ苦労しました。これがアニメだと全部が曲として繋がって、音楽と心象風景が重なって描かれるので、本当に演奏会を聴くように、ずらっと流れるあの感じがちょっと楽しみだなと思っています。

阿久井 楽しみですよねぇ。

――確かに、定期演奏会の演奏の中に、すべてのドラマが帰結していって、「新世界」の演奏終了とともに大きな区切りを迎えていますよね。ただ少しだけ気になっているのは、原作の「新世界」第4楽章の描写では、青野くんがほとんどクローズアップされていないことです。そのままアニメになると、ラストシーンに主人公が登場しなくなるという……。

小林 具体的な言及は避けますが、アニメのシナリオではシーンが追加されていますよ。

――えっ!?

阿久井 アニメでまとまりがつくように、私、追加の部分を描いてお渡ししました。なので、原作のプラスα、アニメ・オリジナルの部分を見られると思います。ぜひ最後まで楽しんでいただければと思います。

――そうなんですね! そのほかに、視聴者のみなさんに「贈る言葉」としてお伝えしたいことはありますか?

阿久井 うーん、何だろう……。ちょっと考え込んでしまうくらい、私はアニメに対する満足度が高いので、ほかには言うことがなくて。小林さん、何かありますか?

小林 そうですね。キャラクターのドラマ軸として、青野と佐伯が盛り上がりを作ってきたので、とにかく演奏会を楽しんで、くらいしか僕も言うことがないですね。このメンバーで演奏する最後の夏だから、そこに熱いドラマを感じていただけば、と。

阿久井 もし、実際の高校生の方たちもアニメを見てくださっているのであれば、それこそ青野くんたちと同じように、自分が大好きなことに情熱を注いで、今の瞬間を楽しんでもらえたらいいなと思います。そんな感覚になっていますね、私は。

ⓒ阿久井真/小学館/NHK・NEP・日本アニメーション

阿久井真 (あくい・まこと)

2010年に、小学館第66回新人コミック大賞(少年部門)の応募作「RUSH」が佳作を受賞して注目を集め、2012年から『裏サンデー』で「ゼクレアトル〜神マンガ戦記〜」(原作:戸塚たくす)の連載を開始。2013年から同サイトでオリジナル作品「猛禽ちゃん」を執筆し、2015年からは劇場用アニメ「心が叫びたがってるんだ。」(原作:超平和バスターズ)のコミカライズを担当した。


小林翔 (こばやし・しょう)

2012年に小学館のウェブ漫画サイト『裏サンデー』、2014年にアプリ『マンガワン』を立ち上げ、副編集長を務める。千葉県立幕張総合高校シンフォニックオーケストラ部出身で、フルコンタクト空手有段者。編集者として担当した主な作品は「ケンガンアシュラ」「モブサイコ100」「灼熱カバディ」「ダンベル何キロ持てる?」など。いずれもアニメ化された。

取材・文/銅本一谷