「NHKらしさ」が何かというのは難しい。時代とともに視聴者の求めるものも変わるからだ。そんな中で、NHKの持ち味の徹底的な取材や、真面目さを保ちつつ、放送文化の幅を広げるために「攻めている」番組として、真っ先に挙がるものの一つがEテレ「ねほりんぱほりん」ではないだろうか。
2015年、'16年に放送された2つのパイロット版を経て、'16年10月からレギュラー番組としての放送が始まった。現在は、シーズン6が放送中である。
「ねほりんぱほりん」の最大の特徴は、山里亮太さん、YOUさんの2人のMCがさまざまなゲストを呼んで行うトークがすべて「人形劇」で表現されていること。山里さんが「ねほりん」、YOUさんが「ぱほりん」のモグラのぬいぐるみになり、ゲストはブタのぬいぐるみで表現される。
凝った演出になっている最大の理由は、トークテーマが扱いにくく、ゲストが「顔出しNG」であること。元薬物依存症や、少年院に入っていた人、戸籍のない人といった社会問題に関連する方々や、元国会議員秘書、占い師、こたつ記事ライターなどのさまざまな職業の人たち、そして地下アイドル、ネトゲ廃人、インフルエンサーなどの社会事象と関連する人々がゲストとして登場し、本音で赤裸々なトークを展開する。
毎回、大変な手間をかけてつくられた番組であることが伝わってくる。まずは、それぞれの問題についての徹底的なリサーチ、そしてふさわしいゲストの人選。トークを収録した後は、その音声に合わせて人形たちのしぐさを当てる「人形操演」が行われ、テーマと響き合う人形の造形、舞台の設定も工夫される。
注目すべきなのは、この番組は実質上音声中心の「ラジオ」のようなつくりになっているということだ。ゲストの人となりは、毎回、そのお姿の一部分をとらえた写真などで示唆されるが、その人が誰なのかはわからない。ゲストの音声は加工され、山里さん、YOUさんの声と相まって、興味深い事象についてまさに「根掘り葉掘り」聞くトークが展開される。
人間の脳にとって、声は問題の本質や核心に迫ることができるすばらしい情報源。「ねほりんぱほりん」は、音声からしみ出る本質を訴求しつつ、人形操演や舞台、演出の部分で高いクオリティーを付加している。
結果として、本質とファンタジーが交錯する幻惑にあふれたトーク番組となっているのだ。これは一つの偉大な「発明」と言うことができるだろう。
山里さんとYOUさんによるMCのバランスも良い。YOUさんが時にアブナイ雰囲気を漂わせてゲストの世界に寄り添っていくのに対して、山里さんにはそれを引き戻すバランス感覚がある。人間の声、トークってこんなにスリリングだったのかという新鮮な驚きが生まれる。
問題の深層に迫るリサーチに始まり、音声の収録から、番組の仕上がりに至るまで、注がれるスタッフの熱量を考えると心からのリスペクトが湧いてくる。本気でつくったものが真のエンタメになるという、時代が移っても変わらない真実。「ねほりんぱほりん」には、大切にしたい「NHKらしさ」がある。
(NHKウイークリーステラ 2021年11月26日号より)
1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。文芸評論、美術評論などにも取り組む。NHKでは、〈プロフェッショナル 仕事の流儀〉キャスターほか、多くの番組に出演。