漫画家の仕事場に密着する「浦沢直樹の漫勉」シリーズ。放送頻度は高くないですが、ひとたび放送されると、ツイッターでは漫画クラスターが大騒ぎ。他のドキュメンタリー番組なら、しばしば漫画家の生活実態にフォーカスしていきますが、「漫勉」では漫画家の技法に着目します。読者も漫画家たちも、技法の紹介を眺めながら、「あの表情はこうやって描かれているのか」などと感嘆するのです。

最新シーズン「浦沢直樹の漫勉neo」の今回のゲストは、柏木ハルコさんでした。柏木さんは現在、『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)にて「健康で文化的な最低限度の生活」を連載しています。

貧困に陥った人の生活を支援する新人ケースワーカーの姿を通じて、ケースワーカーと生活保護利用者との間に生まれる葛藤や対立、信頼獲得などが描かれます。物語は、貧困支援をする方々などへの丹念な取材に基づいており、その取材を受けた友人は、この作品をベタ褒めしていました。

メディアのフレーミング(切り取り方)についての研究では、ニュースで貧困などを伝えるとき、事実を淡々と伝える「テーマ型」報道に比べて、個別の事例に密着する「エピソード型」報道では、受け手に「道義的な判断」を誘発させがちであると指摘しています。

大きなテーマを伝えられると、人はそれに関係する政策などへの賛否モードに誘導されますが、エピソードを伝えられると、人はその相手を受け入れるか/受け入れないかといったモードに誘導されるというのです。共感と理解が進むこともありますが、「この人の自己責任だろう」といった否定的な裁定を招くリスクもあります。

柏木さんのこの作品では、個別のエピソードと社会背景を描きつつ、生活保護利用者の生活態度に憤る人々も描かれます。しかし利用者の背景や行動理念が明らかになるにつれ、憤っていた人の感情に変化が訪れる――。自分と異なる立場の人の思考を理解することを「視点取得」といいますが、作中でまさに、さまざまな立場の人の「視点取得」が交換され、キャラクターたちが成長していくのです。

番組中、柏木さんは「理解し合えない人同士でも、理解していかなくちゃいけない。そういうことを描かなきゃいけないなと思いました」と答えていました。実際、読者もまた、支援者・被支援者・非難者らの「視点取得」が行える漫画になっています。

柏木さんはデジタルツールではなく、紙とペンで執筆しています。筆ペンを自在に動かし、原稿用紙を動かしながらペン入れをする。食品トレーをパレット代わりにして、カラーインクで巧みに色づけを行っていく。息を止めながらペンを走らせる姿は、工房で働く職人のようでした。その繊細さは、見ているこちらも息を止めてしまうほどです。

番組プレゼンターの漫画家、浦沢直樹さんは、柏木さんの描くキャラクターの表情、特に口の角度に着目します。全身で憤りを表現するキャラクターの姿が、社会問題の根深さをせりふなしでも伝えてくる。漫画家同士の対談だからこそ聞ける奥行きのある話も、この番組の魅力です。

(NHKウイークリーステラ 2021年7月16日号より)

1981年、兵庫県生まれ。評論家、ラジオパーソナリティー。NPO法人・ストップいじめ!ナビ代表、社会調査支援機構チキラボ代表。TBSラジオ〈荻上チキ・Session-22〉(現・〈荻上チキ・Session〉)が、2015年度、2016年度ギャラクシー賞(DJパーソナリティ賞、ラジオ部門大賞)を受賞。近著に、『みらいめがね』(暮しの手帖社)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『すべての新聞は「偏って」いる』(扶桑社)など。