2021年末に放送された「第72回NHK紅白歌合戦」には、さまざまな変化がありました。「カラフル」をテーマに打ち出した今回、司会の振る舞いや番組構成から、「紅組と白組の対決」といった演出色が弱まりました。

ただ、「紅白」には啓発的な演出は控えられる傾向があるため、明確なステートメントとして番組内で発することには抑制的でした。

また、コロナ禍への配慮も重なって、別スタジオなどからの中継が増える一方、「舞台装置を用いた演出の派手さ」が重視されない傾向も。結果として、歌やアーティストのアート性が尊重される歌番組になっていました。

好きなアーティストが「紅白」に出ても、“紅白仕様”の演出に、僕はどこかむずがゆくなるような気恥ずかしさを感じていたのですが、その要素も少なくなっていました。

また近年、ウェブ上での違法アップロードが絶えない状況の中で、テレビ局側が公式動画をすぐさまあげるような動きも見られます。

民放で放送された「某お笑いショーレース」においても、それぞれのコントや漫才動画が時限的にアップされていましたが、「紅白」でも、NHKの「公式YouTube」にダイジェストを、そこから全編を見たい人向けには、「NHKプラス」への誘導が行われていました。

リアルタイムの盛り上がり演出だけでなく、アーカイブにキャッチアップすることで、話題にしてくれる潜在的な視聴者層を掘り起こすことが目指されます。

「紅白」は、他の番組以上に視聴率が注目されます。難儀なことだと思いつつ、単純なリアルタイム視聴率以外のリーチ手段を視野に入れた、ウェブ活用が自明視されるようになったと感じます。

「紅白」では、同じスタジオ、あるいは似たマイク環境で歌うことで、それぞれの歌い手の歌唱力の特徴がよく聴き比べられることになります。今回の「紅白」でも、複数の歌声にうならせられましたが、歌い方や歌詞世界だけでなく、歌声そのものにも変化があるように思います。

八木正一・磯田三津子・川村有美による『男声・女声のこうに関する歴史的分析』(埼玉大学教育学部教育実践総合センター紀要)という論文があります。紀要論文で、厳密な音声分析が行われたものではありませんが、ユニークな結果が提示されています。

1950年から2010年までのヒット曲を分析したところ、かつては「男性は低音/女性は高音」が特徴的であり、男性らしさ、女性らしさが歌い方にも反映されていたが、最近は「男性の高音化/女性の低音化」が進み、よりジェンダーレスな歌い方が目立つようになったというのです。

「男らしさ」より「優しさ」が重視され、「かわいさ」より「多様さ」が重視される。そうした社会観は、歌詞だけでなく歌声などにも映し出されているようです。実際、若手アーティストを中心に、男性歌手の高音やファルセット、女性歌手のパワフルさが耳に残った人も多いでしょう。

最近では、歌唱法などもYouTubeにあげられており、若いころからハイレベルな歌唱力を身につけている歌い手も増えています。「紅白」とともに、歌声がどのように変化するのかも楽しみです。

(NHKウイークリーステラ 2022年1月28日号より)

1981年、兵庫県生まれ。評論家、ラジオパーソナリティー。NPO法人・ストップいじめ!ナビ代表、社会調査支援機構チキラボ代表。TBSラジオ〈荻上チキ・Session-22〉(現・〈荻上チキ・Session〉)が、2015年度、2016年度ギャラクシー賞(DJパーソナリティ賞、ラジオ部門大賞)を受賞。近著に、『みらいめがね』(暮しの手帖社)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『すべての新聞は「偏って」いる』(扶桑社)など。