菅前総理が総裁選への不出馬、つまり事実上の総理辞任を決めてから、自民党総裁選についての報道が続きました。出馬した4候補がどのように述べたのか、誰が誰を支持するのか、派閥の動きや選挙までのスケジュールはどうなっているのか、野党の反応は?などなど。NHKのニュースサイトでも、100を超える総裁選関連記事が掲載されました。
前回の本コラム(「校則は誰のためにあるのか 全国に広がる見直し論議」)で、「議題設定効果」について取り上げました。メディアが特定のテーマを繰り返し報じるようになると、そのテーマの重要性が高まります。今回で言えば、「次の総裁は誰か」というテーマです。
テレビや新聞報道が、自民党内の群像劇を活発に取り上げる様相を見ると、政治コミュニケーション能力に疑問符がついていた菅前総理が、最後には自身が総理を辞めることによって、アジェンダメーカー(議題設定者)の機能を担ったのだなと感じます。
連日の総裁選報道に対しては、「自民党のメディアジャックだ」という声も後を絶ちませんでした。確かに、議題設定効果の発揮のされ方によっては、「スピン」と呼ぶべき事態が生まれます。
「スピン」とは、報道に対する誘導を意味する言葉です。特に政治権力などが意図的に特定の情報を流すことによって、大衆を敵対陣営のスキャンダルに注目させたり、自陣営の好感度があがるようしむけ、都合のよい世論を作り出したりする動きのことを指します。
「スピン」という言葉は、特に意図的に行うメディア戦略を指しますが、個別の報道が、実際に意図的な「スピン」かどうかかは、はた目にはわかりません。
芸能スキャンダルが大々的に報じられたことにより、政治的な疑惑などの重要なニュースが取り上げられにくくなったからといって、「疑惑から目を背けさせるために、この時機に合わせてリークしたのだ」などと思い込むことは、時として根拠のない陰謀論の拡大に加担することになります。
ただ、各メディアが一斉にセンセーショナルな話題などに飛びつくことで、別のニュースが軽く、短くしか扱われなくなってしまうということは実際に起こります。
誰かが意図して設計したわけではないにもかかわらず、結果として「スピン」のような現象が生じてしまうわけです。
例えばオリンピック報道の過熱は、コロナ関係のニュースを「“結果”スピン」したと言えます。
では、総裁選はどうだったのか。「総裁として、誰がいちばん期待できるか」という議題設定は、自公政権の下で起こってきた諸問題をも候補者に厳しく突きつけるものなのか。それとも、忘却を助長するものになるのか。メディアの姿勢も、視聴者も試されています。
最近では、可視化されにくい論点について、メディアだけでなく市民団体などが、各政党や候補者に向けて「争点アンケート」を行い、公開するというアクションも続いています。マスメディアが作り上げる劇場型の議題ではなく、それぞれが重視する議題に基づいて熟慮し、行動していく。
政局報道からどんな影響を受けているかを考えながら、このような自発的なアンケートアクションにも、ぜひ注目してみてください。
(NHKウイークリーステラ 2021年10月22日号より)
1981年、兵庫県生まれ。評論家、ラジオパーソナリティー。NPO法人・ストップいじめ!ナビ代表、社会調査支援機構チキラボ代表。TBSラジオ〈荻上チキ・Session-22〉(現・〈荻上チキ・Session〉)が、2015年度、2016年度ギャラクシー賞(DJパーソナリティ賞、ラジオ部門大賞)を受賞。近著に、『みらいめがね』(暮しの手帖社)、『日本の大問題』(ダイヤモンド社)、『すべての新聞は「偏って」いる』(扶桑社)など。