梅雨が明けて、暑さが厳しくなった7月のある日、私は渋谷のNHK放送センターへと向かっていた。「NHK俳句」の収録にお誘いいただいたのである。
日曜日の朝に放送、水曜日の午後に再放送があるこの番組。前身の「NHK俳壇」が1994年に始まり、2005年からは現在のタイトルに変更されている。
放送週によって司会の方が異なって、私がうかがった回はエッセイストの岸本葉子さんが担当。選者は俳人の鴇田智哉さん。
句集『凧と円柱』におさめられた句「人参を並べておけば分かるなり」や、「シーソーを冬の装置としてをがむ」からも感じられるように、独自の視点から見た、まるで「言葉の現代アート」のような作風が魅力である。
NHKの番組制作の現場を出演者として経験することは本当に楽しいことで、そこに蓄積されたノウハウや知恵はさすがだと思うし、関係者の方々のご努力にも心を動かされる。
今回、収録中にふと疑問に思ってディレクターの方にうかがったのは、「カメラワーク」のこと。
「NHK俳句」は、放送される長さと同じ長さの収録をして、基本的に編集なしで完成する制作システムになっている。これは、以前に同番組にうかがったときもそうだった。
そのため、司会や出演者の方々に慣れていただくためか、とても丁寧にリハーサルをやる。私個人は基本的に即興で何でもしゃべるタイプなのでいきなり本番でもだいじょうぶだけれども、一般的には準備が必要なことも理解できる。
テレビ番組を作るときに、「カメラリハーサル」はとても重要で、出演者はもちろん、カメラ担当の方々はこのタイミングでこの演者をとらえる、ズームする、カメラを移動するといった点をチェックする。この準備をしておかないと、本番で映像が乱れるのだ。
「NHK俳句」の台本には簡単な指示が書き込んであるだけで、カメラ用に別の台本があるのかとうかがったら、ないのだという。「よくそれで、カメラワークがわかりますね」と驚いたら、ディレクターの方が、「カメラマンのみなさんに助けていただいています」とお返事なさった。
見ると、3台あるカメラの後ろに立っている方々が愉快そうに笑っている。何をそんなことで驚いているのか、当然できるとでも言いたげだ。お二人はベテラン、お一人は若手の方だった。
このようなときに、「NHKらしさ」と、蓄積された技術やノウハウを感じる。ふだん私たちが何気なく見ている番組は、スタジオの現場の方々の卓越した経験と技量に支えられているのだ。
今度「NHK俳句」を見るときは、ぜひカメラワークにも注目してほしい! 台本には最低限のことしか書いていないのに、自由自在にカメラを操る「プロ」たちがそこにいる。
(NHKウイークリーステラ 2021年8月20日号より)
1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。文芸評論、美術評論などにも取り組む。NHKでは、〈プロフェッショナル 仕事の流儀〉キャスターほか、多くの番組に出演。