12月10日(土)、早稲田大学でNHKドラマ「恋せぬふたり」のアロマンティック・アセクシュアル考証をつとめたAs Loopによる『Aro/Ace調査2022発表会』(アロマンティック/アセクシュアル・スペクトラム(以下、Aro/Ace)に関する調査概要報告会)が行われた。(https://steranet.jp/articles/-/1248)
登壇したのは、中村健さん(As Loop)、三宅大二郎さん(As Loop)、今徳はる香さん(にじいろ学校 代表/ As Loop)、平森大規さん(法政大学助教)。発表会終了後、登壇者に今回の調査結果から見えてきたもの、ドラマ「恋せぬふたり」などのメディアがもたらす影響について聞いた。
―― 本日、早稲田大学で実施した『Aro/Ace2022調査発表会』の手応えはいかがでしたか?
三宅:早稲田大学での講演は、今回で2回目となります。初回は、2018年11月でした。当時、大々的にアロマンティックやアセクシュアルに関するイベントが開催されるのは、ほぼ日本では初ということもあって、思った以上に注目を集めました。ありがたいことに、本当にたくさんの反響をいただきました。
平森:このトピックが日本で注目され始めたのは、ここ2、3年ではないでしょうか。日本では、性的指向アイデンティティをたずねる全国無作為抽出調査は、2015年に初めて行われました。その時は、「アセクシュアル」という選択肢はまだ入っていませんでした。2019年に大阪市で人口学的調査を実施したときに、日本ではアセクシュアルの人が多いのではという意見があり実際に調べてみたところ、回答者のうちゲイ・レズビアンは0.7%、アセクシュアルは0.8%というほぼ同率の結果となりました。以降、日本の無作為抽出調査で性的指向をきく場合、「アセクシュアル」を入れることが一般的になりました。これは、海外の人からも驚かれますね。
三宅:英語圏では早くからアセクシュアル・コミュニティによるアンケート調査が行われていて、10年ぐらいの歴史があると思います。ただ、それ以外の調査、とくに無作為抽出の調査では「アセクシュアル」というカテゴリーが設定されていないという課題があります。そのような背景もあって、例えばアメリカではアセクシュアルについて代表性のあるデータはこれですと言えないんです。
今徳:確かに、2015年頃から、同性パートナーシップの開始とともに「LGBT」の認知が広がり、2018年頃からアセクシュアルに関するメディアの取材が増え始めたように思いますね。
―― 今回の講演では、特に若い方々が多く参加されているように感じました。年代層の広がりや変化について、どのように見ていますか?
中村:これまで「アロマンティック」や「アセクシュアル」については、本や新聞等にあまり載っておらず、インターネットを中心にしか情報が得られなかったため、若い層に偏る傾向があったように感じます。しかしここ最近、講演会などの参加者アンケートを見ていると30代以上の方も多くみられ、さまざまな年代の方に広がっている印象があります。
三宅:関心を持つ層が広がったことで、自治体から講演に呼んでいただく機会も増えました。9月に世田谷区「らぷらす」で行った講演もそうですが、自治体が主催する講演には、高い年代層の方も参加してくださいます。メディアや自治体から注目されたことで、さまざまな年代層に届けられるようになったと感じています。
――さまざまな調査をするなかで、特に数値を重視している理由は何でしょうか?
三宅:質的調査(人の意識や現象に着目し、成り立ちや状況をとらえる調査)では、対象者を深く知ることができ、より解釈の幅が広がる点はよいのですが、一般の方に届けようと考えたときに注目されにくいのがネックです。入り口として、なかなか広がっていかないというか。一方、量的調査(数値化と統計処理によって実態をとらえる調査)は、数字を読み解く難しさなどのデメリットはありますが、メディアが興味を持ってくれたり、初めて見た人に対して説得力をもつなど、多くのメリットを感じています。
今徳:知名度が上がることはいい面もある一方、悪い面もあります。これまで、Aro/Aceに対する差別的な意見や偏見があったとき、当事者やコミュニティを守る“盾”がなかったんです。例えば、「アセクシュアルって全員性欲がないんでしょ」って言われたときに「そんなことないんです」って言うための根拠となるものがありませんでした。今回のような調査が、今後、当事者を守る盾になることを私は願っています。
中村:私は、今回の調査結果に勇気づけられたところもあって。性欲の話や恋人の人数、パートナー関係しかり、「自分はこう思っているけど本当にこういう人いるのかな……」と、これまで自分自身の感覚に確信が持てなかったんです。ですが、今回のアンケートでは、約1か月間で1700以上の回答をいただき、回答から「Aro/Ace当事者も感じる感覚は人それぞれであること」がはっきりとわかりました。どの感覚や考え方が正しいということではなく、数値から「自分と近い感覚の人も、違う感覚の人も確かにいる」ことがわかり、安心したのを覚えています。
――『As Loop』という活動名は、「Aro/Ace」の人たちがLoopする(つながる)ことを目指したものでしょうか?
中村:そうですね。アロマンティックだったりアセクシュアルだったり、そのスペクトラムの方たち(As:A(=Aro/Ace)に関わる全ての人をイメージして)に向けて活動を届けたいという思いが込められています。コミュニティを大切にしながら発信していきたいという思いと、関わる人たちの輪が生まれるようにという願いをこめて『As Loop』という名称にしました。
今徳:もともと皆個々に活動をしていて、ある時、「Aro/Ace」の調査をしようと集まったのがきっかけだったと思います。なので、当初は「調査実行委員会」という名称だったんです。その後、ドラマなどの考証をさせていただくようになって、きちんとした名称がほしいと皆で考えました。それを機に団体としての活動もスタートしています。
三宅:そうですね。以前は、今徳さんが主催するにじいろ学校のイベントにお邪魔したり、お互いのイベントに参加したりを繰り返していて。次の一手はなんだろう……と考えていたとき、前から日本でも「Aro/Ace」の調査をやりたいと思っていたので、2人に声をかけました。それが、2018年で、大きなターニングポイントとなりました。途中から平森さんにも手伝っていただいています。
―― 2018年当時と比べ、社会の変化や調査結果を、どのように受けとめていますか?
三宅:社会が劇的に変わったわけではないので、数値は大きくは変わりません。ただ、関心を抱く年齢層が少し上がったとは感じています。これは、「恋せぬふたり」などのドラマの影響も大きいかもしれません。
中村:今回の調査結果で驚いたのは、新たな回答者が9割もいるということ。それも、前回以上の回答数があったということです。中には前回の調査の存在を終わってから知り、今回の調査に回答できるのを楽しみにしていたという声も聞きました。その意味では、今回の報告会をきっかけに調査につながってくれる人がさらに増えたらうれしく思います。
もちろん、これまで調査にご協力いただいた方も、ぜひ今後も回答にご協力いただけたらありがたいです。
――ドラマなど、メディアの取りあげ方について、どのように見ていますか?
中村:どうしても面白さや、わかりやすさが優先されがちなことは多いように感じています。メディアの特性上、仕方ない部分ではあるのかなと思いつつ、表現をオーバーに描くことや、当事者の辛さを描くことだけが表現することではないと思っています。また、Aro/Aceに関する作品の傾向として、パートナー(もしくはそれに近い)関係が描かれがちですが、一人で生きていく選択も含め、生き方に多様性があることが描かれると、より表現の幅が広がると思いますね。
今徳:個人的には、医療ドラマだったら、例えば医師役の人がアロマンティックだったりするということが当たり前に描かれるようになるのが理想です。セクシュアリティ自体が注目されない、ごく普通のキャラクターとして登場するのが最終目標でしょうか。まだAro/Aceへの理解や認知が乏しいので、こういう人でこういう辛さがあるという説明をしなければならない現状が変わればいいなと。
三宅:作品の中で「多様性」を正しく描くことはもちろん大事ですし、作品数を増やすことも同じくらい大事だと私は思っています。さまざま観点で描かれた作品が登場している現状を、単なるブームで終わらせず、定番として出てくるようにするにはどうしたらいいのか、考えていく必要があると思っています。
中村:「恋せぬふたり」についても、あくまで一つの観点から捉えた作品で、あの作品がとても優れているとか、正解であるということは思っていません。ただ、多くの当事者の方に関わってもらったことにはとても大きな意味があったと感じています。私たち3人がかかわる以前に、たくさんの当事者の方が取材を受けてくださっていて、その方たちがいなかったら、「恋せぬふたり」は確実にできなかったですし、今後の作品にも「当事者の声」をまず何よりも大切にしてほしいと願っています。
―― 最後に、今後のAs Loopの活動とご自身の活動についてお聞かせください。
今徳:社会を変えていく活動は大事だと思っていますが、一方で、当事者の悩みを解決するには、社会が変わっていく時間を待っていられないとも思っていて。私が今の活動をしているのは、その人の悩みを、その場で解決する方法の一つだと考えているからです。社会を変えるとか、社会に向けて何かをするというより、いま目の前の当事者が見ている社会の見方を変えて、少しポジティブな気持ちになってもらうことを大事にしながら活動を続けていきたいと考えています。
三宅:今日、講演に来てくれた人のなかには、いまこういう研究しているとか、こういう活動したくてという人もいるようです。そんな輪が少しずつ広がっていくことが大事なのだと思っています。またAs Loopについては、それぞれ目指すものや目的を持ちながら、プロジェクトチームとして活動を続けていく見通しです。でもそれがきっといい塩梅で、それが今後のAs Loopのかたちになっていくように思います。そして、個人的には研究者として、当事者やAro/Aceに関連する活動を後ろから支えられるような研究がしたいと思っています。
中村:私はこれまで当事者として、発信や交流会などの活動をしてきましたが、今後もいままさに悩んでいる/これまで悩んできた人はもちろんのこと、無自覚のまま誰かを傷つけてしまっている人へ、「その発言、行動は誰かを傷つけているかもよ?」と伝えるような活動を続けていきたいと考えています。当事者の視点からの発信を増やしていくことで、少しでも現状を変えていきたいと思います。
今回、早稲田大学さんにご協力いただき、多くの人と情報を共有することができました。このような機会を増やすことで、それぞれの点がつながっていき、そして大きなLoop(輪)となって広がっていく活動になっていけばうれしいです!
アロマンティックやアセクシュアルなどの言葉を耳にするようになったのはここ数年の話。だが、私たちが知るよりもずっと以前から活動を続けてきた人たちがいる。一人ひとりの小さな声を守ろうと立ち上がった行動が、やがて人々の価値観や社会をも変える力に変わりつつある。誰もがマイノリティを抱えて生きる社会のなかで、互いに手を取り合うことで広がる輪があるのではないだろうか。
1999年、茨城県生まれ。女子校出身のトランスジェンダー。当事者としての経験をもとに、理解ある社会の実現に向けて当事者から性に悩み戸惑う方、それを支えようとする方への考えを発信する活動に従事する。