「超多様性トークショー!なれそめ」
Eテレ  毎週(金)午後10:00~10:29
再放送 毎週(火)午前0:00~0:29(月曜深夜)
NHKプラスでは同時配信、放送から1週間見逃し配信しています。

女子校出身のトランスジェンダー正木菜々瀬が、これまでの経験などをもとに番組をレビュー。独自の視点で感想や見どころなどを綴っていきます。誰かの背中をそっと押すような、そんな番組との出会いを皆さんに届けていきます。

「私の幸せを諦めることは、もう二度としたくない……」
自分が思い描いた夢や幸せを何かしらの理由で諦めてしまった、そんな苦い経験をしたことはないだろうか。人生において、夢や理想の幸せに向かって歩んでいくことはなかなか容易なことではない。
だが、自分が描く理想と真正面から向き合い、もがき苦しんだ経験の数だけ、幸せの尊さを知ることができる。その過程も含め、想像を遥かに超える価値がそこにあると私は思う。

「超多様性トークショー!なれそめ」5月19日(金)の放送は、なりたい自分でいることを諦めない強さが、大きな幸せを導くことを教えてくれた。

今回のゲストカップルは、“本来の自分”として生きるトランスジェンダーの東郷潤さん&元女友達で超自然体の結香さん。元女友達だったふたりがどのようなきっかけでカップルになったのか? ふたりの関係性が家族にあたえた変化や、自然体であることで生まれる愛情のかたちとはどのようなものか?
「なれそめ」のキーワードを記した「なれそメモ」をもとに、司会の田村淳さんとゲストの方々がトークを展開した――。

結香さんが勤めていた美容室に、潤さんがお客さんとしてやってきたことがふたりの出会いだった。その数日前、結香さんはお店の近くで潤さんを偶然見かけていたというから、人生における偶然は、実は必然ではないかとつくづく感じる。

上記の「なれそメモ」の最初に書かれた「雑誌がない」というワード。
これだけで、何を意味しているかわかる人は、きっと少ない。しかし私は、そんな少ない一人である。潤さんと同じトランスジェンダーの私は、「美容室」と「雑誌」というキーワードを聞いた瞬間にピンときた。

美容室に行くと、美容師さんが雑誌を何冊か持ってきてくれることがある。事前に伝えた性別や年齢などの情報をもとに、その人に合っていそうな雑誌を用意してくれるのだが、私の前に並ぶのは女性向けのもの。そんな経験から、潤さん同様、美容室に行くことがあまり得意ではなかった。

だが、結香さんは、潤さんにヘアカタログや女性向けの雑誌をもっていかなかった。
「人に合わせるカットをするべきで、ヘアカタログは必要ない」と――。

高知県の小さな町で育った結香さんは、性別等で分けられる経験がなかったため、男女という観点で物事を考えることを自然としてこなかったという。また、「耳が聞こえない人がいたら、みんなで手話を学ぶことが当たり前だと思ってきた」と淡々と話す。

いつも自然体な結香さんに接するなかで、潤さんは髪を切ることが苦痛ではなくなっていった。人を苦しめるマインドセットが、私たちの日常にはあふれている。そんないつもの当たり前の行動を、ほんの一瞬だけでも立ち止まって考えてみることで、新たな気づきや出会いが訪れるのだと思う――。ふたりの「なれそめ」からそんなメッセージを受け取った。

そして、私自身もぶつかった大きな壁、「家族へのカミングアウト」について。
潤さんの話に、その大きな壁を乗り越えるまでの私の葛藤がよみがえってきた。

そして、お父さんに理解してもらえなかったと語る潤さんの気持ちに共感すると同時に、田村淳さんの言葉にハっとした。
「お父さんからしたら一日目だからね……」

私にとっては当たり前だった「性に対する違和感」は、家族にとってはカミングアウトをしたその日が初めてとなる……。そんなことをずっと考えていたら、私の家族の“いまの思い”が知りたくなった。

家族は昔から仲がいいのだが、やはり私の性別に関するいまの思いを聞くことは、言いようのない照れくささを感じた。そこで、メールで聞いてみることにした。

3歳年が離れている兄からの返信>>
「高校生の時に女の子が好きっていうことを聞いて、兄としてちゃんと勉強して  いかなきゃいけないと思ったよ。家族が味方になって、知って、学んでいくことが大事だといまも思っている」

シングルマザーとして私を育ててくれた母からの返信>>
「いつかトランスジェンダーであることをカミングアウトされる日が来ると、なんとなく分かっていました。でも、どこかで皆と同じように女性として結婚して家庭をもつことも願っていました。今はあなたが堂々と生きている姿を見て、胸を張って私の子どもはトランスジェンダーとして自分らしく生きていると誇れる。あなたが幸せならママも幸せ。あなたのことを尊敬しています」

今回の番組がなかったら、あらためて聞くことがなかった家族の思い。
私が初めて自分の性別に違和感を覚えた瞬間と、家族が初めて本当の私を知った瞬間の気持ちは、きっと同じくらい不安だったのだろう。その思いに気づくことができたのは、潤さんと結香さんのおかげだ。

そして、ふたりが考える「超多様性」とは――?
「人類は皆きょうだい」(結香さん)
「カテゴライズしないこと」(潤さん)

幸せのかたちは多様であり、決してカテゴライズすることはできない。結香さんのように誰もが自然体でいられる社会が、私たちに本当の幸せをもたらしてくれるのだろう。誰かが決めた基準や型に捉われているばかりでは、見えない景色がある。その景色のなかで、自分を愛してくれる人とともに、これからも胸を張って生きていきたい。
(文/正木菜々瀬)

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元女友達!トランスジェンダーの彼と超自然体な彼女の「なれそめ」は、本放送から1週間見逃し配信しています。
https://www.nhk.jp/p/naresome/ts/KX5ZVJ12XX/episode/te/J5PV517G7G/

次回の放送は、6月2日(金)
「性教育ユーチューバーの #シオリーヌ さん&兼業主夫の #つくし さん」カップル!

https://www.nhk.jp/p/naresome/ts/KX5ZVJ12XX/episode/te/E87MP8KMZ4/

(放送後、1週間見逃し配信しています)

1999年、茨城県生まれ。女子校出身のトランスジェンダー。当事者としての経験をもとに、理解ある社会の実現に向けて当事者から性に悩み戸惑う方、それを支えようとする方への考えを発信する活動に従事する。