古今東西の名著を、25分×4回=100分で読み解く教養番組、Eテレ「100分de名著」。6月は戦後日本文学の代表者ともいえる安部公房の名作「砂の女」を紹介している。今回、俳優・町田啓太さんを朗読に起用した理由について、秋満吉彦チーフ・プロデューサーに聞く。

安部公房「砂の女」あらすじ
新種のハンミョウを採取すべく昆虫採集に出かけた学校教師・仁木順平は、海岸に近い砂丘の中に埋もれかかった一軒家に一晩泊まることに。しかし翌朝、外界へ出るための縄ばしごが取り外されていた。はたして、砂の穴に閉じ込められた仁木の運命は——。

現代人に生きるヒントを与えてくれる作品

6月の名著は、安部公房「砂の女」を紹介。現代にも通ずる「自由とは何か」というテーマを問い続ける作品です。実は、名著の選定は放送のおよそ1年前にだいたい決めているんです。「砂の女」を選定したときはコロナ禍で、自由に人と会えない状況が長く続いていました。

この時期、「自由ってなんだろう」と、改めて多くの人が考えさせられたのではないでしょうか。「自由」について、何か気づきを与えてくれる名著はないかと考えたとき、この「砂の女」が浮かびました。

安部公房は本質を突き詰める作家です。人間にとって、完全な自由なんてものはなく、閉ざされた状況にこそ、真の自由があるのではないかという大きな問いを描いています。まだまだ制限が続く今、「砂の女」はとても心に沁みる名著のように思います。

これはヤマザキマリさんからいただいた言葉なのですが、「まやかしとしての自由」というものが今、世の中に蔓延していると感じます。社会では自由だと捉えられているものが、実は本当の自由を縛っている。

たとえば、ネットで検索して電子書籍を買うと、それ以降に提示されるのが、自分が興味のあるジャンルだったりしますよね。ネットニュースも同様、興味のあるものがどんどん出てくるようになる。一見、それらは自分が好きなように選んでいると感じますが、実際はそうじゃない。ある意味、縛られているのではないかと思うんです。

砂の穴に閉じ込められ、脱出しようともがく仁木の姿を通して、私たちは現代社会における「本当の自由」について、いろいろと考えさせられます。また、仁木は常に監視されている状態にありますが、これは細かいルールや厳しい管理体制でがんじがらめになっているサラリーマンとも重なってきます。そんな不条理ともいえる世界をどう生きればいいのか、現代人に大きなヒントを与えてくれる作品だと思います。


町田さんを「砂の女」の朗読に起用した理由

今回、町田啓太さんを朗読者に推薦したのは、演出担当のディレクターです。「大河ドラマ『青天をけ』で土方歳三を演じるお芝居がとてもよかった」と。もちろん、ただ単にお芝居がいいから起用したわけではなく(笑)。荒れ果てた砂の家に閉じ込められた状況を、それとは対照的にすっとした透明感のある町田さんに読んでいただくことで、作中に底流するような、違和感が生まれると考えたからです。実際に朗読を聞いて、不条理な世界観がより際立っているように思いましたね。

私は「漫画家イエナガの複雑社会を超定義」を見たとき、町田さんは、語りのリズムや滑舌がとても良く、独特な味わいのある声質の持ち主だなと感じられたので、朗読も魅力的ではないかと期待していました。しかし、これほどぴったりハマるとは……。SNSの投稿などでも、町田さんの朗読に関する感想が本当に多いんです。町田さんの朗読が見たくて、この番組を見てくださる人も多く、本当にありがたいです。


まやかしではなく、本当の自由を得るために

「砂の女」は、ハッピーエンドともバッドエンドとも捉えられるような、結末を読者にゆだねるような形で終わります。特に主人公・仁木順平のラストの問いかけは、「自由」についてより考えを深めるきっかけになると思います。まやかしの自由ではなく、「本当の自由」をつかむヒントを、この物語から得ることができるのではないでしょうか。

また指南役のヤマザキマリさん(漫画家・文筆家)にとっても、「砂の女」はとても思い入れのある作品。

ヤマザキさんは、世界中を飛び回ることで、自分の想像力・クリエイティブな能力を稼働していく方。ですから、コロナ禍で相当苦しめられたそうです。そんな中、「砂の女」を読んで、ひたすら自分の内面に目を向けることも自由のひとつで、移動することだけが自由ではないと考えさせられ、とても救われたとおっしゃっていました。

「現代を生きる私たちの物語」とも捉えることのできる「砂の女」。ヤマザキマリさんや伊集院さんの解釈を織り交ぜながら、物語終盤を紹介する第4回(6/27初回放送)に、ぜひご注目ください。そして、「砂の女」を手に取って読んでいただけたらうれしく思います。

アニメーションにも注目!

今回アニメーションを作成したのは、アニメーション作家・イラストレーターの高橋昂也さん。町田さんの朗読と相まって、不条理でダークな世界観を描けていると感じます。高橋さんは、砂の質感などを調べに、鳥取砂丘まで行かれたとのこと。ザラザラとした砂の質感や、上から砂がパラパラと降ってくる情景がとてもリアルですよね。本当に見ているだけで喉が渇いてくるような。どれも立体的で、迫真のシーンを作っていただきました。