放送前のプレイベントとして、4月23日に多摩美術大学(上野毛キャンパス)で開催された「東京ブラックホール」トークイベント&ファンミーティング。その模様を紹介する後編をお送りします。【前編はこちらから】
NHKのコンテンツを通じて、「気づき」や「学び」を得てもらう取り組みの一環として、多摩美術大学の特別講義という位置づけでもあった今回のイベント。「東京ブラックホール」の映像美術表現を題材に行われ、演劇舞踊デザイン学科で学ぶ学生ら約200人が参加しました(オンライン参加も含む)。
イベントの第2部では、学生たちによるプレゼンテーションが実施されました。
テーマは、「東京ブラックホール × アートワーク」。
過去に放送されたNHKスペシャル「東京ブラックホール」第1弾と第2弾を視聴して、学生たちがインスパイアされたことをアート作品で表現するというもの。
司会進行役を務めた山下恒彦教授の映像美術ゼミに所属する、3年生と4年生がアート作品を制作。学生たちが、それぞれの作品に込めた思いなどを発表しました。
その学生たちのプレゼンを、イベントの登壇者4人が講評を行うスタイルで進行。第3弾に出演の俳優・伊原六花さん、「東京ブラックホール」の企画を立ち上げた貴志謙介さん(元NHKディレクター)、第3弾のディレクターを務めた丸山拓也さん(NHK)、VFXを担当した吉田秀一さん(NHKアート)といった、番組の制作に携わった方たちが、それぞれのプロの目線からメッセージを送りました。
3年生のゼミ生が制作した作品は、イラストをコラージュした映像。番組から着想を得て、「1945年の戦後」、「1964年の東京オリンピック」、「2022年の現在」という3つの時間軸に分け、各時代を象徴する事象をさまざまなイラストで表現し、それらをコラージュして、1本の映像を完成させました。
3年生を代表し、杉本来弥さんと金井萌奈美さんが作品のコンセプトなどを説明。
「戦後から高度経済成長期の東京を描いた再現ドラマの中から、特に印象に残った場面やモチーフをリストアップして、みんなでイラストを描きました。
映像の最後の切り返し部分は、コラージュしたイラストがブラックホールに全て吸い込まれていくのを表現しています。
音楽も、その時代ごとの状況を考えながらセレクトし、コラージュ作品とマッチするように編集しました。今回のアートワークをとおして、みんなで協力し、尊重しあって、1つの作品を完成できたことをとてもうれしく思います。
そして、『東京ブラックホール』という作品に触れることができたことを、光栄に思っています」
登壇者による講評では、番組ディレクターとして第一線で活躍してきた貴志さんが、「1カットで1つの時代の流れを表現しながら、今と昔が切れ目なくつながっていくイメージはとてもいいと思いました。音で表現するイマジネーションもすばらしかったです。ちょっと残念だったのは、映像全体が説明的な感じになってしまっていたところ。現代を生きる皆さんが、この番組を見て何を感じたのか。そこをもっと表現してほしかったですね」とコメントしました。
「東京ブラックホール」の企画を立ち上げた貴志謙介さん(元NHKディレクター)。
また、学生らと同年代の伊原さんは、「コラージュされたイラストを、ひと目見たときのインパクトがすごかったです。また、それぞれの時代の中にも、キラキラした明るい部分と暗い部分の両方が表現されていて、とてもすてきだなと思いました」と、映像を絶賛しました。
「東京ブラックホールⅢ」ひふみ役・伊原六花さん。
続いて、4年生のゼミ生による作品は、1枚のキャンバスに「東京ブラックホール」の“光と影”を表現したアート。人間の足の下に、新聞の切り抜きやSNSの投稿がちりばめられ、足の影の部分を黒い布や針金などの造形で表現しました。
4年生を代表して、中山歩美さんがアートに込めた思いについて――
「“光と影”には、『未来と過去』『オリンピックの成功と闇』『裕福と貧困』『東京五輪2020とさまざまな問題』『平和と戦争』といった意味が込められています。足は今を生きている私たちを表し、その影は平和に隠れた闇を伝えています。
影の部分の黒い素材は、闇市や売春など、さまざまな闇を表現するために、針金や布を使って立体的な形状にしました。
影の部分を拡大すると、闇を表現するために創意工夫がされていることがわかります。
そして、その闇の周りを囲んでいるのが、新聞やSNSの切り抜き。戦後当時は、現状を知る手段が新聞などの公の媒体に限られていましたが、現在はSNSなどの発達により、身近に個人の声を聴くことができるようになりました。時代の差を、この切り抜きで表現しました。
東京ブラックホールのアートワークを通じて、歴史の光と影を目の当たりにしたことから、私たちのすぐ隣にもブラックホールが潜んでいると意識させられました」
登壇者による講評では、数々のドキュメンタリー番組に携わってきた丸山さんが、「物事にはいろいろな面があって、絶対に光もあれば影もある。それを、現代を生きる自分の足もとで表現されているところがとても面白いなと思いました。また、ツイッターの声の中にも、“光と影”があることをとらえているのもすばらしいなと。ただ、説明を聞いて、私もなるほどと理解した部分が多かったので、作品を見た瞬間に伝えたいメッセージが伝われば、もっとすばらしい作品になると思います」とエールを送りました。
「東京ブラックホールⅢ」のディレクターを務めた丸山拓也さん(NHK)。
そして、VFXスーパーバイザーの吉田さんは、「最初に目にしたときのインパクトがすごいなと。これが駅の看板などに貼ってあったら、思わず足を止めて見てしまうようなビジュアルです。“光と影”がコンセプトということで、そこにブラックホールを絡めながら、時代を表す新聞やSNSを上手に取り入れて、1つのアートとして表現されていて、個性を感じるすばらしい作品だと思いました」と、その完成度を高く評価しました。
「東京ブラックホールⅢ」のVFXを担当した吉田秀一さん(NHKアート)。
「東京ブラックホール」を見た学生たちが、創造し、生み出したアート作品。その作品に対する、プロたちからの厳しくも温かいメッセージを受け取った学生たちにとっては、ふだんの授業とはまた違った有意義な時間となりました。
今回、アート作品を制作した学生たちに、イベントを終えての感想を聞きました。
「3年生のゼミ生たちで制作した作品について、登壇者の皆さんからプロの目線で、とても的確な意見をいただくことができたので、これからの制作活動に生かしていきたいです。そして今後、大学を卒業して職業についたときにも、きょうのお言葉をずっと忘れずにいたいなと思いました」(3年生:杉本来弥さん)
「映像美術ゼミに入って、初めてみんなで制作した作品だったので、全員でコンセプトを話し合い、一人ひとりのイラストのよさを表現できたのはよかったと思います。プロの方たちのお言葉は、厳しいなと感じた部分もありましたが、こういう特別な場で、早い段階で聞くことができたので、これからどんな作品に触れるにしても、企画構成や表現方法などは、根気よく取り組んでいくことが大事なんだなと感じました」(3年生:金井萌奈美さん)
「テレビ番組の制作の裏側を知れる機会はとても貴重なので、演出や美術の方たち、役者さんがお話をしてくださるのは非常にありがたいなと思いました。その方たちから、制作したアート作品の講評を受けて、『あっ、確かに』と思う部分が多かったので、それを自分たちでしっかりくみ取って、次の作品づくりに生かしていきたいです」(4年生:中山歩美さん)
「ふだんの授業で、映像作品の台本にある言葉から美術設計をするということに取り組んできました。今回、制作した作品について、登壇者の方々にコンセプトなどを評価していただけて、すごくうれしかったです。ただ、作品の制作過程で、いろいろな人からの意見を取り入れることで、誰が見ても共感しやすい作品が完成できることも教えていただきました。今後は、主観的な視点だけではなく、客観的な視点も入れながら作品づくりに取り組んでいきたいです」(4年生:沢田麻帆さん)
参加した学生の誰もが「きょうのイベントは、本当に貴重な時間でした」と語っていました。プレゼンを行った学生たちが所属する映像美術ゼミの山下教授は、今回の取り組みについてこう振り返りました。
多摩美術大学 美術学部・演劇舞踊デザイン学科の山下恒彦教授。
「今は、テレビを見ない学生がとても多くて。テレビを見ていたとしても、NHKの番組は『面白くなさそう』と思っている学生がほとんどなんです。
しかし、今回アートワークに取り組んだゼミ生たちは『東京ブラックホール』の第1弾、第2弾を見て、“こんなに面白いと思わなかった”と、みんな口をそろえて言っていました。そして、きょう特別講義という形で、200人もの学生が関心を持って参加してくれたのは、とても意義があることです。
今後は、テレビに触れていない若い人たちに、テレビの面白さをわかりやすく伝えていくためにも、今回のように番組を1つの題材にしてテレビの魅力を伝える試みを、全国各地の大学で行っていくべきだと感じています」
山下教授のメッセージにもあるとおり、テレビ離れが進む若者たちに向けて、いかにテレビの魅力と可能性を伝えていくのか――。これからは、この課題と向き合う中で、伝える手段の選択も重要となっていきます。
今回のイベントでは、NHKスペシャル「東京ブラックホール」という番組を通じて、映像美術表現を題材に番組づくりの醍醐味を伝えました。このようなイベントをきっかけに、テレビの世界、映像の世界に興味を抱き、その道を志す若者が増えていくことを期待します。
▼ひふみ役・伊原六花さんのインタビューは、こちらで公開中!