NHKスペシャル「東京ブラックホール」シリーズは、俳優の山田孝之が21世紀の若者にふんし、過去にタイムスリップ。その時代の人々との交流をとおして、当時の東京を追体験していくドキュメンタリードラマだ。

2017年に放送された第1弾では「戦後直後の1945~1946年」、2019年に放送された第2弾では「東京オリンピック開催の1964年」にタイムスリップし、東京に出現した“ブラックホール”の実像を描いた。

大きな話題を呼んだ本シリーズだが、ついに待望の第3弾が5月1日(日)に放送される(総合 午後9:00~9:59)。タイトルは「東京ブラックホールⅢ 1989-1990 魅惑と罪のバブルの宮殿」

日本経済が世界の頂点に立ったバブル期から、一挙に奈落の底に落ちた1989年-1990年。歴史上、日本が最も確固たる自信を持ち、陶酔感に満ちた時代を追体験することで、へいそく感の中で生きる今の私たちの希望の手がかりを探る――。

第3弾の放送に先だち、4月23日に多摩美術大学(上野毛キャンパス)で「東京ブラックホール」のトークイベントが開催された。

登壇したのは、第3弾に出演する俳優の伊原六花(りっか)さん、「東京ブラックホール」の企画を立ち上げた貴志謙介さん(元NHKディレクター)、第3弾のディレクターを務めた丸山拓也さん(NHK)、VFXを担当した吉田秀一さん(NHKアート)、司会進行役として多摩美術大学の山下恒彦教授。

さらに、今回のイベントは、NHKのコンテンツを通じて、若い世代に「気づき」や「学び」を得てもらう取り組みの一環として、多摩美術大学の学生たちを中心に特別講義という位置づけで実施された。

全体のテーマは「映像美術表現と最先端映像技術」。
企画の成り立ちや番組制作の裏側から、CG/VFXを駆使した映像技術による表現手法など、「東京ブラックホール」という映像世界がいかにして完成されたのかを、番組に携わった人たちの生の声から学ぶことができる貴重な場となった。


〇「東京ブラックホール」で伝えたかったことは?

「東京ブラックホール」の企画を立案した貴志さん。1枚の企画書から生まれたこの番組に込めた思いやねらいについて、こう語る。

「かつてNHKで『新・映像の世紀』という番組を制作していたときに、戦後まもないころの日本を映した貴重なフィルムを見つけました。また同時期に、CIAが記した敗戦直後の日本について書かれた機密文書が公開されました。

かねてから、番組を作るうえで“見えなかった世界を見えるようにしたい”という思いが自分の中にあって。実際、戦後の日本を記したこの2つには、我々が知らなかった重要なことばかり記録されていました。

でも、それを単に伝えるだけではふつうの歴史番組になってしまう。若い人に見てもらうためにも、いかにインパクトを与えるかを考えたとき、フィルムの中に人間が入っていくという映像表現ができないかと思ったんです。

フィルムの中に入れば、目の前で起きていることが自分の体験に変わる。映画の世界では見たことのある手法だったのですが、これがテレビの世界でもできないかと美術デザイナーに相談したところ、テレビのデジタル技術でも表現できることがわかり、“絶対に通す”という思いで企画書を書きました」

「東京ブラックホール」の企画意図を説明する貴志さん。

〇映像合成のスキームは?

「東京ブラックホール」シリーズの最大の特徴は、現代の若者を演じる山田孝之が過去の歴史映像に入り込むという映像表現。まさに、その時代を生きているかのように当時の世界に溶け込む姿に、誰もが驚きを覚えたのではないだろうか。

では、実際の映像合成はどのような手順で行われていたのか、VFXを担当した吉田さんがわかりやすく解説してくれた。

①歴史映像のピックアップ
演出・制作・美術・技術のチーム全体で歴史映像をチェックし、現代の人物を合成する映像をセレクト。その後、絵コンテを作成し、合成イメージをチーム全体で共有する。

②3Dソフトでデータ解析&撮影シミュレーション
ピックアップした歴史映像をもとに、3Dソフトを使って、人物の大きさ、被写体の距離、カメラのアングル、照明の角度など、合成に必要なデータを割りだす。

③テスト撮影・合成
3D
ソフトから得たデータを検証するため、合成用のグリーンバックのスタジオで、登場人物と背丈や服装も同じ代役を立ててテスト撮影を行う。

④本番撮影
テスト撮影で得た情報をもとに、本役での撮影を実施。スタジオに、実際のカメラでとらえた映像と歴史映像がリアルタイムに合成された映像モニターを置き、その場で動作のタイミングや目線などを確認しながら撮影を行う。

グリーンバックのスタジオで行われた、山田孝之さんの本番撮影時の様子

⑤最終合成作業
歴史映像の中で合成する部分の人物(背景)を一度消す。次に、④で撮影された映像から合成する人物のみの映像を抽出するマスキングという作業を行う。そして、この2つの素材を合成して、映像の色味や質感をなじませていく。

VFXスーパーバイザーの吉田さんは、これまで大河ドラマ「麒麟がくる」や「青天を衝け」など数々の番組に携わってきた。

実際のメーキング映像を交えながら映像合成のいろはを説明してくれた吉田さん。学生たちも、最新映像技術を駆使した表現手法を食い入るように学んでいた。

さらに、第3弾で合成部分の撮影に参加した伊原さんは、
「撮影スタジオに入ると、リアルタイムに合成された映像がモニターに映し出されていて、それを見ながらお芝居できることに驚きでした。

当時のディスコのシーンも、どういう雰囲気の場所で、どんなふうに周りの人たちが踊っているのかを確認できるので、とてもやりやすかったです。

でも、こうやって合成の手順を教えていただくと、こんなにも緻密な準備をされているからこそ、スムーズな映像合成が実現できているんだなと、改めて感動しました」と振り返った。

撮影をしていく中で、最新の映像合成技術を目のあたりにした伊原さん。

これまで放送された「東京ブラックホール」第1弾、第2弾ともに、最先端の映像合成の妙を実感することができた。果たして第3弾では、どんな合成映像が見られるのか、注目したい。


〇「東京ブラックホールⅢ 1989-1990
  魅惑と罪のバブルの宮殿」の見どころは?

【あらすじ】
トラック運転手のタケシ(山田孝之)は、ある夜、東京の街を運転中に不思議な感覚に襲われる。気づくとそこは、1989年。バブル絶頂期にタイムスリップしていた。タケシは、キャバクラで働くワタル(浅香航大)とその恋人・ひふみ(伊原六花)と出会い、共同生活を始める。人生の一発逆転をねらうワタル、自由に軽やかに生きるひふみ。タケシは、ワタルとひふみの夢の行方を応援する。しかし、バブル崩壊の時が確実に迫っていた……。

脚本:一色伸幸 
出演:山田孝之、浅香航大、伊原六花、五島百花、前川泰之 ほか

「東京ブラックホールⅢ」は、日本経済のバブルが最も膨らみ、国民全体が多幸感に浸っていたものの、瞬く間に崩壊した1989年から1990年にタイムスリップ。山田孝之演じるトラック運転手のタケシが、富と自由を求めるひと組のカップルとの共同生活をとおして、狂乱の時代を追体験する。

第3弾の演出を担当した丸山ディレクターは、東日本大震災の復興と被災者の心の再生を描いた宮城発地域ドラマ「ペペロンチーノ」をはじめ、さまざまなドキュメンタリー番組に携わってきた。

「第3弾の脚本は『ペペロンチーノ』でご一緒させていただいた一色伸幸さんです。映画『私をスキーに連れてって』など、バブル期を代表するヒット作も手がけ、当時の空気感も知る方ということでお願いしました。

たかだが30年ほど前ですけど、とてつもない狂乱の時代だったバブル。東京の地価は今より約3倍。日経平均株価も38,915円という史上最高値を記録し、世の中に金があふれていました。

バブル期は日本の迷走の元凶ともいわれる時代ですが、一方で、リスクを恐れないチャレンジ精神や、さまざまなことに夢中になるエネルギーにもあふれていて、その熱気も伝えたいと思いました。当時のいい面と悪い面の両方をフラットに追体験できると思いますので、ぜひご覧ください!」(丸山)

日本経済の「失われた30年」――その迷走の原点と位置づけられるバブルにおいて、東京に出現したブラックホールは何を飲み込んでいったのか……。
「東京ブラックホールⅢ」には、今を生きる私たちへの大事なメッセージが込められているに違いない。

▼トークイベント後編は、こちらで公開中!

▼ひふみ役・伊原六花さんのインタビューは、こちらで公開中!