今年の「日本スポーツ学会大賞」の授賞式でのこと。受賞した王貞治さんへの質疑応答で大人たちに交じって手を挙げ続ける男の子がいました。どんなことを聞くのかな? と司会をしていた私が当てると、小学5年生だという少年は大きな声で「高めのボールを空振りしてしまいます。どうすれば打てますか?」と質問したのでした。
これを聞いた王さん、うれしそうに身を乗り出して「そうかあ、まずボールをしっかり見ること。それが一番大事だよ。明日も練習やるの? よくボールを見て打ってごらん」……少年に向ける王さんの眼差しが温かい。
それを見た私は45年前に初めて王さんにお会いした日のことを思い出します。
アナウンサー5年目でプロ野球を初実況するチャンスが巡ってきたとき、当時勤務していた北海道にまだプロ球団がなく「とにかく東京に取材と挨拶に」と訪れた後楽園球場。しかし、テレビでしか見たことのない選手や監督に声をかけられるはずもなく、脇でモゾモゾしていると大先輩の佐藤隆輔アナウンサーが現れて、なんとあの王貞治さんに「今度、初めてプロ野球を実況する札幌局の工藤です」と紹介してくださったのです。
すると王さんはガチガチに緊張する私に「初めてなの、それはたいへんだよねえ、頑張ってね」と……それだけ? いやもう、それで十分! 世界の王さんの「頑張って」は私の背中をドンと押してスポーツ実況の道へ進む第一歩になりました。佐藤さんへの感謝と王さんの眼差しを忘れるはずがありません。
受賞スピーチで「野球は命を懸ける価値がある」と語った84歳の王貞治さん。かつて“一本足打法”に挑んでいるころ、師の荒川博さんは「厳しい練習の最後に必ず“ヨシ! これで明日は絶対打てるぞ”と送り出してくれた」そうです。今、王さんは同じエールを子どもたちに送り続けています。
「明日やってみます!」と答えた少年の笑顔こそ、衰えを知らない王さんの野球への情熱の源に違いありません。
(くどう・さぶろう 第1・3火曜担当)
※この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2025年5月号に掲載されたものです。
最新のエッセーは月刊誌『ラジオ深夜便』でご覧いただけます。
購入・定期購読はこちら
創刊300号!7月号のおすすめ記事👇
▼特別寄稿 宇田川清江(元〈ラジオ深夜便〉アンカー)
▼「誕生日の花」制作秘話 鳥居恒夫(植物・園芸研究家)
▼神津はづきが語る 母・中村メイコ
▼放送100年! 歴史を秘めた“ラジオ塔”ほか