認知症を患った母・文子さんを、90歳を超えた父・良則さんが愛情深くお世話する――そんな両親をカメラを通して見つめた映画監督の信友直子さん(63歳)。両親の姿を追った映画、『ぼけますから、よろしくお願いします。』(2018年)の公開後に文子さんが亡くなり、直子さんは今、104歳の良則さんが一人で暮らす広島と東京を行き来しています。
良則さんと直子さんが“安気な介護”の日々をたどります。
聞き手 池田ちひろこの記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2025年7月号(6/18発売)より抜粋して紹介しています。
“安気”でいれば介護も楽しい
──良則さん、お体で悪いところはないそうですね。元気の秘けつは何でしょうか。
良則 人生をええ加減に考えとるところがあるんかもしれませんなぁ。
直子 「いいかげん」じゃなくて「良い加減」なんよね。お父さんはいつも「わしは安気じゃけぇ」って言いよるね。
──安気ってどういう意味ですか。
直子 悩まずゆったり暮らすみたいな……。
良則 わしゃ、あんまり人生にくよくよせん。お気楽に楽しゅう暮らしております。
──良則さんは認知症を患った妻の文子さんを7年にわたり介護されたのですね。文子さんはどんな奥さんでしたか?
良則 明るくて、うそを言わないような人間でした。近所での評判もよかったしね。
直子 夫婦げんかを見たことがなくて。父が母をすごく立てていたんですよ。母が言うことに「はい、はい」と全部従っていたんです。
良則 まぁそうそう(笑)。夫婦仲良くするコツは、すぐに目くじらを立てんことじゃろうと思いますな。
──文子さんは料理も上手で手先も器用、良則さんの服も手作りするなど何でもこなされていたそうですね。そんな文子さんが認知症になって、家事がおぼつかなくなったときはどう思われました?
良則 ちょっとおかしいんかのぅとうすうす感じよったけど、人間年取りゃあ、こうなるんかのぅぐらいで。
直子 父は昔から安気な人で、母の認知症も淡々と受け止めていましたね。私は、あの“スーパーお母さん”がなんでこんなふうになったんだろうと情けなくて、「しっかりしてや!」ってつい怒ったりしちゃって。
──それからは良則さんが家事をするようになって、鼻歌を歌いながら掃除や洗濯をされていたとか。
良則 安気な性分ですからね。
直子 家事ができない申し訳なさを感じていた母は、「鼻歌歌いよるけん、お父さんは洗濯が好きなんじゃわ」って気持ちが楽になったと思います。お父さん、不安がるお母さんに「わしが先に病気になったらあんたが面倒見てくれるんじゃけん、これはお互いさまよ」って言いよったね。
良則 わしゃあ、女房を責めるようなことはせんかった。
──では、良則さん自身が不安になったりイライラすることはなかったのですか。
良則 そんなことはなかった気がしますな。
直子 たぶん毎日のように新聞を読んでいたのが役に立ったんじゃないかと思います。特に暮らし面を読むのが好きで、男尊女卑の世代にもかかわらず、家事ができなくなった母を怒らなかったのは、男女同権の時代だとか女性活躍の社会だとかの記事で、考えをアップデートしていたからではないでしょうか。
※この記事は2025年2月11日放送「人生も介護も“安気”でいこうや」、3月11日放送「母の介護を通して知った父の魅力」を再構成したものです。
最期まで認知症の母を支えた父の魅力、介護をするうえでの心持ち、介護サービスの重要性など、信友親子のお話の続きは月刊誌『ラジオ深夜便』7月号をご覧ください。
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