それは思いもよらず突然やってきた。ところは春から夏に季節が動き出した尾瀬ヶ原。木道を歩いていたときだった。
尾瀬散策2日目。アナウンサーの先輩・同期・それに妻の、合わせて5人。先輩とは「ラジオ深夜便」でおなじみの、山を愛する高橋淳之アンカー。燧ヶ岳を仰ぐ見晴からヨッピ吊り橋に向かう途中、東電小屋を過ぎて右手には木道の換えが積み上げられている。何気なく通り過ぎようとしたそのとき、「ほら、いるよ」のひと言。
気が付かなかった。真横だった。その距離1メートル未満。鎌首をもたげて細長い体を悠々と伸ばして微動だにしない。目線をやると赤茶けた体の側面に黒い斑点が並んでいる。ヤマカガシだ。そう思った瞬間、見ないふりをして、ただただ静かに通り過ぎるのみ。あとになって怖くなった。
田舎育ちの私にとってヘビを見るのは珍しいことではなかった。春、田んぼに水を引くために近所の人が集まって水路を補修する溝普請、「大きなハミ(馬具ではない、山口ではマムシをそう呼ぶ)がおった」とみんなで大いに盛り上がっていた。
田植えのあと、田んぼの草取りは、以前は体をかがめて両手で水面を手探りしながら見つけては抜いていた。「草取りをしてたら、目の前でハミがとぐろを巻いていてびっくりした」と笑いながら話す母を何度見たことか。近所のお兄ちゃんは、尻尾を捕まえて投げ縄のごとく、ぐるぐる回して気絶させていた。
マムシは見たことはあったものの、ヤマカガシを見たのは実は初めてだった。毒性はマムシよりもかなり強い。それにしても、かのヤマカガシは尾瀬を満喫しているように見えた。太陽に向かって、人など知るかの余裕だった。高橋アンカーいわく「日向ぼっこでもしてたんじゃない」。いつも山を歩いている人は動じず優しい。
4月になると尾瀬の雪も解け始める。今年は巳年、また行ってみようか。今度ヤマカガシに出会っても、驚かず怖がらず、日向ぼっこの邪魔だけはしないでおこう。
(やまもと・てつや 第5水・木・金曜担当)
※この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2025年4月号に掲載されたものです。
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