つたじゅう三郎ざぶろう(横浜流星)に本づくりと商売の基礎を教えたうろこがたまご兵衛べえ。だが、2度の偽板事件を起こして没落、ついに店を閉めることとなった。そんな鱗形屋に義理立てしてスランプに陥る恋川春町(岡山天音)を案じ、鱗形屋が頼ったのはライバル関係にあった蔦重だった。乱高下する役を演じた片岡愛之助に、クランクアップしての胸中を聞いた。


鱗形屋を悪役とは思っていない。生きていくために必死に試行錯誤をしただけ

——昨年11月、舞台稽古中にケガをされてからの復帰。そして「べらぼう」クランクアップ、おつかれさまでした。

ありがとうございます。放送が始まる前に怪我けがをしてしまったので、番組をご覧になった方から「キレイに治りましたね」なんて言われましたが、あれは去年のうち、怪我をする前に撮ったものなんです。復帰してから撮影した分は第19回がほとんどで……。これでひとまずの退場となりますが、また出していただけるなら喜んで(笑)。

——クランクアップは、第19回で蔦重と和解するシーンだったそうですね。

なんだか感動しました。最初からずっと蔦重の成長の物語で、彼が何者でもないところから驚異的な存在になってくるわけですから。いろんな思いがあったということを蔦重本人に伝えられて、僕の中ではいいシーンになったと思いましたし、クランクアップがあのシーンで良かったと思いました。

ひとつ残念だったのは、江戸城内の皆さんとは全く関わりがなかったこと。渡辺謙さんとはキャスト発表会見でお会いしたきりでした。どこかでお会いできると思って、「楽しみにしています」なんてお話をしていたのに、会えずじまいでした。でも、あちらは大変そうです。僕らは狭い世界でわちゃわちゃやっていますけど、向こうは背負っているものが違いますから。

——鱗形屋は悪役ながら味のある人物でした。演じ終えて印象の変化はありましたか?

いろいろな人から「鱗形屋は悪い男ですね」と言われましたけど(笑)、僕の中ではそんなに印象は変わっていないです。そもそも悪役とも思っていませんでしたし、とにかく「鱗形屋孫兵衛という人物を生きた」という感じです。

彼は生きていくために必死に試行錯誤をしていただけ。「これくらいなら」とやっていくうちに、捕まるような事態になってしまった。悪いやつというよりも、商売が下手なんですよね。先見の明があって、いろんなことを思いつく割には不器用なんです。実際、他にも偽板をやっている人はいたでしょうし、鱗形屋はたまたま摘発されたという感じでしたからね。

とはいえ、2度も捕まると、さすがに江戸には居づらくなって、結果、店を畳むことにもなった。複雑ですよね。寂しさもあります。でも、鱗形屋としては一つのけじめをつけたわけで、感慨深いものがあるのではないでしょうか。

楽しかったのは、第6回で蔦重とぐちを言い合いながら本のネタを考えたシーン。第19回にも、蔦重と「あん」を考えるシーンがありましたけど、鱗形屋はやっぱり本を作る職人ですから、ものづくりの瞬間がいちばん楽しかったんじゃないかと思っています。

あと、ろうにぶち込まれたシーンも、個人的には新鮮な体験で、印象に残っています(笑)。捕まって、しばかれて……。これはしばかれる人がうまくやらないと痛々しくも見えないし、難しいんです。歌舞伎でも刀で斬る役はあっても、斬られる役をやることがほぼないので、やられる難しさがわかって勉強になりました。


先見の明はあるのに、立ち回りが上手じゃない。喜三二に土下座したのが、鱗形屋が唯一頑張ったところ(笑)

——恋川春町に鱗形屋が感じた魅力は何だと思いますか?

真面目なところに魅力を感じて、きつけられたんだと思いますね。鶴屋さんのところでうまく力を発揮できていないことは、気にしていたと思います。だから、最終的に彼が蔦重のところで働くようになるのは妥当でしょう。このあたりの展開も鱗形屋らしい。先見の明はあるのに、そのあとの立ち回りが上手じゃない。器用なようで、実は不器用というね。

——演じる岡山天音さんについては、どんな印象をお持ちですか?

岡山さんとは、一緒にお芝居をするのは初めてです。映画『キングダム』シリーズに二人とも出演はしていましたが、撮影でお会いする機会は一度もなかったんです。今回、きちんと共演させていただいて、本当に器用な俳優さんだと感じました。朴訥ぼくとつとしていて、そんなに多くの表情は出されないんだけれども、その中に深いものが感じられて、すごく味わいがありますね。魅力あふれる、とてもてきな俳優さんだと思います。

——朋誠堂ほうせいどうさん役の尾美としのりさんには、どんな印象をお持ちですか?

尾美さんとも、同じシーンで共演するのは初めてじゃないでしょうか。もちろん昔から映画やドラマで拝見しているんですが、本当に素晴すばらしい先輩で、飄々ひょうひょうとしていらっしゃいますね。いい意味での脱力感というか、余計な力が入っていらっしゃらない。自然体でいらっしゃることがすごいなと思います。

——第12回では、喜三二に鱗形屋一家が土下座してお願いをするシーンがありました。あそこではどのような演出があったのでしょうか?

作り込んだわけではありません。台本を読んでイメージをつかんでいたので、あとはみんなと目くばせをして、「よし、やるか」という(笑)。まあ、鱗形屋が唯一、本気で頑張ったところじゃないですか(笑)。全身全霊を込めて、その勢いで乗り切ろうっていう作戦だったんでしょう。

——鶴屋右衛もんを演じる風間俊介さんには、どんな印象をお持ちですか?

以前にも別の作品でご一緒させていただきましたが、穏やかな方ですね。物静かで、淡々となさっている。いつもフラットな感じがします。フラットな感じで、怖いことをしゃべるじゃないですか(笑)。それゆえ余計に怖い。一番の策士ですからね。


歌舞伎ではまだまだ若手の僕が、「べらぼう」の現場に来るとスタッフが若いことにびっくりする

——「べらぼう」全体についてのご感想を教えてください。

僕の中では、大河ドラマといえば「ザ・時代劇」というか、王道のイメージがあるんですが、「べらぼう」は明らかに違います。風景やセットなど、映像がすごく美しいですし、演出の面でも新しい試みがたくさんある。現代の視聴者を意識した新しい大河ドラマなんだなと感じます。

いちばんのポイントは喋り口調ですね。かなり現代に近づいて、わかりやすくなっている。立ち振る舞いに関しても、伝統を踏襲しつつ、新しいスタイルになっていると感じます。歌舞伎も含め、時代に合わせて変化していくことは重要だと思っているんです。

たとえば、綾瀬はるかさんがふんする九郎くろすけ稲荷いなりにしても斬新ですし、スマホが出てくるのもそう。賛否両論あるかもしれませんけど、僕はすごく面白いと思うし、いまの時代劇に必要なことだと思います。こうやって新しい試みを積み重ねることが、やがて歴史になっていくのではないでしょうか。100年後には、きっと現在とはまた違う時代劇が作られているはずです。

——歌舞伎の世界でも新しい試みは行われていますか?

そうですね。もちろん、先輩たちから受け継いだ古典を後世に伝えていく作業は絶対にやらなくちゃいけませんが、新しいチャレンジも積極的に行われています。たとえば僕が主演している『流白浪燦るぱんさんせい』は、漫画『ルパン三世』を歌舞伎にしたものです。三谷幸喜さんが演出する歌舞伎もあります。こうした作品も、100年経ったら古典になるはずです。

だいたい『曽根崎心中』にしたって、そもそもは下世話な時事ネタを舞台にしたわけですよね。それが古典となって、脈々と受け継がれてきた。文化って、そういうものだと思うんです。大河ドラマも、やはり文化だと思います。ずっと続いていってほしい。最近、時代劇のドラマは少なくなっていますから、そういう意味でも貴重な存在だと思います。

時代の変化に対応されているという点で、僕が言うのもおこがましいですが、わらいち兵衛べえを演じる里見浩太朗さんは本当に素晴らしいなと思っています。僕も里見さんのように、皆さんから愛される役者になれたらうれしいです。

「べらぼう」は監督やスタッフの皆さんに若い方が多くて、発想もすごくフレッシュですね。歌舞伎だと四十、五十ははなれ小僧で、僕なんかはまだまだ若手の方なんですが、大河ドラマの現場に来ると「こんなにみんな若いんだ」とびっくりします。本物の若者に会うと、「若手っていうのは、こういう人たちのことを言うんだ」と気づかされます(笑)。


これからは視聴者の皆さんと同じ立場で、蔦重が駆け上がっていく様を楽しみたい

——今後の展開について、楽しみにしていることはありますか?

このあとの台本はいただいていないので、これからは視聴者の皆さんと同じ立場で、蔦重がどんなメディアをつくって、どんな足取りで駆け上がっていくのかを楽しみにしたいと思います。特に、歌舞伎役者が浮世絵の題材になってきますよね。これは、いまで言うブロマイドとかアクスタにあたるわけですが、もし歌舞伎役者の役が必要なら、呼んでくだされば喜んでやりますよ(笑)。

あとは、江戸時代の歌舞伎の再現も見てみたい。歌舞伎ってもともと神事みたいなものだったんです。地元の人たちが豊作などを祈願してやっていた「地芝居」。泥臭く、みんなで面白がりながら作っていたはずです。いまの歌舞伎はれいでスタイリッシュですけど、本来の泥臭さも魅力的。僕としては、そのあたりの再現があったらなあと期待しています。

アクリルスタンドのこと。キャラクターの画像が印刷されたアクリル板に台座がついていて自立する。