
春はよく東北の山を歩きます。青森の奥入瀬渓流に沿った遊歩道は水音を聞きながらゆっくり歩ける好きな道です。川岸の苔が緑を濃くし始めたころ、道の脇に水色の小さな花が咲き始めます。エゾエンゴサクです。
こうした植物はスプリング・エフェメラルと呼ぶことがあります。直訳すると「春のはかないもの」というようなことでしょうか。春先に花をつけ、木々が若葉のころになると姿を消してあとは地下で暮らす。そんな植物の総称です。
カタクリやキクザキイチゲ、ニリンソウなどがよく知られていますが、中でも私はエゾエンゴサクが好きです。2センチほどの細い花で後ろの方にスミレのように距と呼ばれる長い出っ張りがあるのが特徴です。全国にあるヤマエンゴサクによく似ていますが花のすぐ下にある苞に切れ込みがないことで区別できます。
色はそれぞれ微妙に違うのですが、光を受けると花先の濃い青と、後ろにいくに従って水色の淡いグラデーションがきれいです。スプリング・エフェメラルは「春の妖精」と訳されることもありますが、エゾエンゴサクはまさに妖精のスカーフのような色合いです(見たことはありませんが……)。
その名を難しくしている「延胡索」は中国の呼び名で、この仲間の根を漢方薬に用いたことから付いたそうです。日本でもヤマエンゴサクなどの根茎を蒸して、血行や鎮痛の薬として使ったそうですから馴染みのある植物だったのかもしれません。
さてややこしい名前を覚えて、ずっとエゾエンゴサクという名前で親しんできたのですが、最近、本州のものは別種として分類されるようになり、オトメエンゴサク(乙女延胡索)と呼ばれるようになりました。写真も奥入瀬のものですからオトメエンゴサクということになります。北海道にあるものとの差はとても微妙で私にはさっぱりわかりませんが、植物学の進歩は素人にはやっかいですね。
(たかはし・あつゆき 第5火・木・金曜担当)
※この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2025年3月号に掲載されたものです。
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