「ナベサダ」の愛称で知られる渡辺わたなべさださん(92歳)。戦後に進駐軍がもたらしたアメリカンミュージックに出会った渡辺少年は、ジャズの枠にとどまらない独自のスタイルで世界を舞台に活躍。今も現役プレーヤーとして、人々にエネルギッシュな音楽を届けています。

聞き手 礒野佑子この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2025年4月号(3/18発売)より抜粋して紹介しています。


アメリカの音楽に憧れて

──1945(昭和20)年7月、12歳のときに宇都宮で空襲に遭われてご自宅が焼失されたそうですね。

渡辺 ちょうどその日、母と弟妹が疎開して、家にいたのは僕と父だけでした。夜に空襲警報が鳴って、父と町内会の防空ごうに行こうと家を出てすぐに、僕の家に焼い弾が落ちたんです。家が目の前で焼け落ちるのを見ました。あとで聞いたのですが、僕の家に5発、隣の家には25発落ちたそうです。

その後は宇都宮郊外の農家にお世話になりました。そのときに偶然ポケットに入っていたハーモニカを吹きながら、田んぼのあぜ道を歩いたのを覚えています。

──そのころから楽器が好きだったのですね。

渡辺 親父おやじは若いころは東京で渡辺江岳こうがくという名で琵琶奏者をしていたそうです。

──じゃあ、渡辺さんはお父様の血をしっかり受け継がれたんですね。本格的な音楽との出会いはいつですか。

渡辺 終戦後に、米軍が宇都宮に進駐してきたんですよ。背が高くてかっこいいアメリカ兵が、それまで見たこともないピカピカの包装紙に包まれたガムやチョコレートをくれたんです。新しいものがいっぱい入ってきて、どんどんアメリカへの憧れが強くなっていきましたね。

音楽もグッと変わって、それまで軍歌と流行歌と小学校唱歌くらいしかなかったところへ進駐軍の放送が始まったんです。ヒルビリーやハワイアン、ジャズ、アメリカンポップスが毎日流れてきて、学校から飛んで帰ってラジオにしがみついていました。

そのころ、アメリカの音楽映画もたくさん入ってきたんですよ。その一つが『ブルースの誕生』*1という映画。ニューオーリンズの港で黒人たちがデキシーランドジャズ*2を演奏している横で、少年がクラリネットを吹くシーンがあるんです。それに憧れちゃいまして。

──アメリカの文化に触れて、カルチャーショックを受けたんですね。

渡辺 街に小さな楽器屋さんがあったんですが、ショーウインドーに中古の3000円のクラリネットが1本だけあったんです。それが欲しくて、ハンストまでして親父にしつこく頼みました。

買ってもらって組み立てたんですが、すぐに音なんか出ないんです。でもあの当時はクラリネットの先生なんかいないですよ。そうしたら親父が、近所の駄菓子屋のおじさんが無声映画の伴奏でクラリネットを吹いていたと教えてくれたんです。それでそのおじさんのところに3日間通って、1回10円で吹き方を教わりました。

──3日で音が出るようになったんですね。

渡辺 もううれしくてしょうがなかった。いつも屋根に上がって練習していました。姉が作ってくれた袋に楽器を入れて、学校にも毎日持っていきました。1学年上の先輩がバイオリンを弾いていて、同級生にトランペットを吹くやつがいたので、放課後に講堂で集まって3人で音を出していました。それで誰かと一緒に音を出す楽しさを知ったわけです。当時は高校1年でした。

*1 黒人音楽であるブルースが、アメリカ音楽として世に認められていく経緯を描いた作品(1941年・アメリカ)。
*2 20世紀初頭にニューオーリンズを中心に発展したジャズ。


音楽によって生かされている

──“音楽が持つ力”について、どう考えていらっしゃいますか。

渡辺 音楽はコミュニケーションするのに、本当にいいツールですよね。楽器一本持って旅先で音を出すと、土地の人たちといい関係ができる。アフリカで子どもたちが歌いながら駆け足で学校から帰ってくる。そんな中から聞こえてくる小さなフレーズがかっこいいなと感じます。まさに生きている音です。

自然の中から聞こえる音もあります。タンザニアのマニャラ湖の近くに行ったときに、鶏よりちょっと大きい鳥が十数羽いて、鳴きながら森の中にノソノソと入っていったんです。そのときに、タッタッタッ♪ってジャズのフレーズが聞こえてきちゃったんですよ。「ああ、やっぱりアフリカにジャズがあったんだ」と思いました。忘れもしませんね。

──渡辺さんの70年以上の音楽人生で、もう音楽をやめたいなと思ったときは……。

渡辺 ないです。ありません。

※この記事は2024年12月11日放送「91歳、音楽の原点を語る」を再構成したものです。


サックスとの出会い、戦後の東京で音楽活動を始めたときのエピソードなど、渡辺さんのお話の続きは月刊誌『ラジオ深夜便』4月号をご覧ください。

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