長年NHK交響楽団(N響)の顔として活躍を続けた篠崎史紀さんが、今年3月いっぱいで特別コンサートマスターを退任し、N響を退団します。まろさんの愛称でも親しまれた篠崎さんに、音楽や若い世代に寄せる思いを、NHK財団・N響担当の松井治伸が伺いました。


【プロフィール】
篠崎史紀(しのざきふみのり)さん
北九州市出身。愛称 “まろ”。3歳より父母の手ほどきを受けヴァイオリンを始める。1981年ウィーン市立音楽院に入学。翌年コンツェルトハウスでコンサート・デビューを飾る。ヨーロッパの主要なコンクールで数々の受賞を果たし、ヨーロッパを中心にソロ、室内楽と幅広く活動。1997年NHK交響楽団のコンサートマスターに就任。2000年から第1コンサートマスター、2023年4月から特別コンサートマスターとして活躍した。演奏会やオーケストラの企画も自ら行い、指揮者無しの大型室内楽「マロオケ(Meister Art Romantker Orchester)」は高く評価されている。
1979年史上最年少で北九州市民文化賞、2001年福岡県文化賞、2014年第34回NHK交響楽団「有馬賞」受賞。北九州文化大使、九州交響楽団ミュージックアドバイザー、福山リーデンローズ音楽大使。使用楽器は(株)ミュージック・プラザより貸与されている1727年製ストラディヴァリウス。

――1997年4月にN響コンサートマスターに就任された時から数えると27年間になります。今振り返ってどんなお気持ちですか?

長くやったな、という感じです。オーケストラは先輩から受け継いだものを後輩にバトンタッチして歴史を作っていきます。長いN響の歴史の中の一点に自分がいたことが、誇らしくもありますし、楽しくもありました。

――コンサートマスターとして、どんなことを心がけていましたか?

コンサートマスターと言うと何か特別な感じがするかもしれませんが、オーケストラの一員です。それ以上でもそれ以下でもありません。ただ、何かが起きた時に対応するための準備はしておかなくてはなりません。

――何かが起きた時とは、どんな時ですか?

たとえば、指揮者とオーケストラの意見が違ったりした時です。N響にはいろいろな指揮者がやってきて指揮をします。常に同じ指揮者と演奏しているわけではありません。一方で、オーケストラのメンバーは皆エキスパートで、それぞれの音楽観を持っています。ですから、指揮者とオーケストラとで意見の違いが生まれることがあります。

たとえば、弦楽器ですと、N響には伝統のボウイング(弓の動かし方)があります。伝統のボウイングで指揮者の提示する音楽性をそこに入れられるのかどうか。入れられない場合はN響の伝統を通すのか? それとも指揮者のアイディアを通すのか?

――そこを判断するということですか?

いや、僕が判断するというよりは、そもそもオーケストラはみんな生き物のように動いていて、全てのセクションがちゃんと考えていますから、それらを上手にしゅうれんしてゆく状態を作るということです。ですから、コンサートマスターは何かを指示する人ではなく、みんなが共存してゆくための存在です。


演奏する篠崎さん 指揮はN響名誉指揮者のパーヴォ・ヤルヴィ ©Belinda Lawley 

――忘れられない演奏会はありますか?

毎回毎回がそうです。どれも記憶に残るものです。ただ、自分がヨーロッパで学生時代を過ごした時にそばにいた指揮者やソリストが来たときは、懐かしい思い出がよみがえりました。また、子どもの頃のあこがれの指揮者が来て目の前に一緒にいる時は、「ああ、何ていい時間なのだろう」とも思いました。


N響ロンドン公演のステージ(2020年2月)©Belinda Lawley 

――篠崎さんが入団されてから、N響はどう変わっていきましたか?

僕が入った年から海外公演が増えました。日本のオーケストラが海外で認められるようになった瞬間を見ることができたと思います。しかも、自主公演ではなく、オファーを受けた公演になりました。それは、N響が海外でも認められるオーケストラになったということです。そういう意味では、歴史の一歩を作ったのではないかと思っています。


篠崎さんやN響メンバーと流通経済大学付属柏中学校1年生の有志のみなさん

――一昨年、篠崎さんをはじめN響のメンバーのみなさんに、中学生への音楽ワークショップもやっていただきました。若い人たちにどんなメッセージを贈りたいですか?

自分の思いをはっきり外に出すということ。大人からは生意気に見えても、自主性を持って自立してゆく子どもたちが増えてほしいと思います。

若い人に言うのは「守」「破」「離」という言葉です。つまり「守る」「破る」「離れる」。最初は、大人の言いつけを「守って」伝統を学ぶ。その上で、自分の形を作るために試行錯誤をする、それが「破る」。それを経て自分の形を作ってゆくことが「離れる」。要するに、古いものを捨てるのではなく、古いものを進化させてゆくということ。クラシック音楽は「再生と伝承」なのです。

篠崎さんやN響メンバーによるワークショップの様子はこちら


篠崎さんに忘れがたい体験を話してくれた指揮者のウラディーミル・フェドセーエフさん ⒸRoman Goncharov 

――篠崎さんから見た「音楽の持つ力」とは何でしょうか?

16歳でヨーロッパに行ったとき、ザルツブルクで知り合った不思議なおじいさんがいつもこう言っていました。「音楽には人知を超える何かがある」と。実は、そのおじいさんは、ユダヤ人の強制収容所から生き延びて帰ってきた人でした。収容所の中で、音楽が彼の生きる希望になっていたのです。

ロシアの長老指揮者のウラディーミル・フェドセーエフ*さんは、まだ子どもだった第2次世界大戦中、ドイツ軍に何年も包囲されたサンクトペテルブルク(当時はレニングラード)にいました。包囲によって物資が不足し、子どもたちに食べ物を与えようと大人たちは餓死してゆきます。

それを見て、フェドセーエフさんは仲間の子どもたちと「俺たちは死んだ方がいいのではないか」と相談をしたそうです。その時、ラジオからチャイコフスキーの「くるみ割り人形」が流れてきたのです。それを聞いてフェドセーエフさんは、「やはり俺たちは生きるべきだ」と決断したと言います。

こうした話を聞くと、音楽には人知を超える何かが存在する、だからこそ、人間から音楽が消えないのだと、僕は思うのです。

ウラディーミル・フェドセーエフ
1932年、旧ソ連のレニングラード(現サンクトペテルブルク)生まれ、今年93歳になるロシアを代表する指揮者。モスクワ放送交響楽団(現チャイコフスキー交響楽団)の音楽監督および首席指揮者を歴任。ベルリン・フィルなど世界の名だたるオーケストラとも共演。N響とは2013年以来何度も共演し、今年6月の定期公演Aプログラムにも登場予定。 


――退団後の抱負をお聞かせください。

僕が子どものころから、大人がいろいろな夢を見させてくれました。ですから次は、子どもたちが夢を見られる場所を考えること、それが自分の夢になるのではないかと考えています。未来のためにも、「よき地球人」を増やすためにも、もっとわくわくする場所を作っていきたいと思っています。

(文/NHK財団 展開・広報事業部 松井治伸)


篠崎さんが出演する今後のN響公演予定。
詳細は、各リンクの先にあるN響の公式サイトでご確認ください。(ステラnetを離れます)

1月24日(金)、25日(土) 2025年1月定期公演Cプログラム(NHKホール)
https://www.nhkso.or.jp/concert/202501C.html?pdate=20250124
https://www.nhkso.or.jp/concert/202501C.html?pdate=20250125

2月26日(水)市川市文化会館(千葉県市川市)
https://www.nhkso.or.jp/concert/20250226.html?pdate=20250226

2月27日(木)和歌山県民文化会館 大ホール(和歌山市)
https://www.nhkso.or.jp/concert/20250227.html?pdate=20250227

3月1日(土)高知県立県民文化ホール(高知市)
https://www.nhkso.or.jp/concert/20250301.html?pdate=20250301

3月2日(日)レクザムホール(香川県県民ホール)(髙松市)
https://www.nhkso.or.jp/concert/20250302.html?pdate=20250302

3月3日(月)ユメニティのおがた 大ホール(福岡県直方市)
https://www.nhkso.or.jp/concert/20250303.html?pdate=20250303

3月11日(火)すみだトリフォニーホール(東京都墨田区)
https://www.nhkso.or.jp/concert/20250311.html?pdate=20250311