来年1月5日からはじまる大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」。その冒頭を飾るテーマ曲の録音がこのほど行われました。演奏は、大河ドラマテーマ曲演奏のほとんどを受け持ってきたNHK交響楽団(N響)。番組を彩る華麗なテーマ曲の録音の模様を、NHK財団・N響担当の松井治伸が取材しました。
録音に向けて余念のない準備が
録音は、東京・渋谷のNHK放送センターのスタジオで行われました。開始時間の1時間ほど前から、N響の楽員が三々五々やってきます。入念に楽譜をチェックしながら、自分のパートの練習に余念がありません。楽員が集まるにつれ、スタジオ内はいろいろな楽器の音が重なり合い、徐々に録音に向けての雰囲気が盛り上がっていきます。
ホールでの演奏会と大きく違うのが、あちこちにたくさんのマイクが並んでいること。楽器の音を直接とらえるものもあれば、全体の音をとらえるものまで、なかなか壮観です。スタジオやお隣の副調整室では、音声担当のスタッフが、こちらも最後のチェックに余念がありません。
指揮は下野竜也さん 大河テーマ曲の指揮は7回目
テーマ曲を指揮するのは、N響正指揮者の下野竜也さん。下野さんは、これまで、「江~姫たちの戦国~」(2011年)、「花燃ゆ」(2015年)、「真田丸」(2016年)、「西郷どん」(2018年)、「いだてん~東京オリムピック噺~」(2019年)、「鎌倉殿の13人」(2022年)のテーマ曲を指揮してきました。今回で7作目となります。下野さんは大河ドラマや歴史も大好き。大河ドラマテーマ曲指揮者の常連ともいえる存在です。
収録前、下野さんは、作曲者のジョン・グラムさんと打合せをしたり、N響の楽員に声をかけたりしながら、収録に向けての雰囲気作りに気を配ります。
テーマ曲が初めて音になった!
午前11時45分、いよいよ録音開始です。作曲者のグラムさんや関係者のあいさつに続いて、下野さんが指揮台に登壇。手短に確認をしたあと、タクトを振り下ろします。「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」のテーマ曲が初めて音になった瞬間でした。
スタジオ内に、華麗で雄大なサウンドが広がりました。明るい希望を抱かせるような、未知の世界に旅立ってゆくような、ロマンあふれる清々しいメロディが流れます。後半、少し陰りを見せる部分を経て、最後、力強く曲は閉じられました。
歌麿や北斎を見出し写楽を世に送り出した「江戸のメディア王」こと主人公・蔦屋重三郎の、自由闊達な生き様や、重三郎が生きた江戸の文化の華やぎを感じさせるテーマ曲でした。
細部にこだわり高い完成度を目指すプロ魂
全体を通して演奏したあと、下野さんが、副調整室でモニターから流れる演奏を聴いていた作曲者のグラムさんに確認に行きます。グラムさんは、スコア(総譜)を広げて、丹念にチェック。下野さんに自身の要望を伝えます。メロディの歌わせ方、アクセントの付け方、音量や楽器のバランス、など、細かな要望が出されます。
それらひとつひとつを、下野さんがN響の楽員に伝え、再び演奏し、それをまたグラムさんが確認するというやりとりが続きました。
録音にかけられる時間は限られています。限られた時間の中で、指揮の下野さんは的確に作曲者のグラムさんの意図をオーケストラに伝えます。N響もすぐにそれに応え、演奏の完成度が上がってゆきます。もちろん、最初の演奏からすでに完成度は高いのですが、作曲者の意図を具現化して短時間でさらに完成度を上げてゆく下野さんとN響の技の凄さに、見ていて唸らされました。
こうして何回か演奏と確認の作業を経て、テーマ曲は無事録音が終了。副調整室にいた作曲者のグラムさんやスタッフからは、大きな拍手が沸き起こりました。
この日は、テーマ曲に加え、ドラマの中に挿入される楽曲も収録されました。しみじみとした情感を感じさせる曲や、重く悲しみに満ちた曲など、テーマ曲同様、オーケストラサウンドを存分に堪能できる音楽でした。
途中休憩をはさみながら3時間近く。細部にわたって自身の意図を実現しようとした作曲者のジョン・グラムさん、そしてその要望に応えた指揮者の下野竜也さんとNHK交響楽団の姿は、まさにプロフェッショナル! 「プロ中のプロ」の力が結集してドラマが作られていることを改めて実感しました。
「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」は1月5日(日)放送開始。横浜流星さん演じる江戸のメディア王にして快男児、蔦屋重三郎の波乱万丈の生涯を描く“痛快”エンターテインメントドラマです。
ドラマの冒頭で奏でられるテーマ曲にも、乞うご期待!
作曲者ジョン・グラムさん 曲への思いを語る
後日、作曲者ジョン・グラムさんの共同会見が開かれ、グラムさんが「べらぼう」の音楽にかける意気込みを語りました。
アメリカ・バージニア州出身。文学、歴史、芸術、そして日本文化をこよなく愛する作曲家。イギリスで歌とオーケストラ作曲を学び、アメリカのウィリアムズ大学、スタンフォード大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校で音楽を専攻。数多くのハリウッド作品のオーケストレーションを手がけた経験を活かし、革新的なハリウッド音楽制作手法を用いて、哲学的且つダイナミックな音楽描写を得意とする。代表作はNHK大河ドラマ『麒麟がくる』『ロイヤル・トリートメント』『キングスグレイブ ファイナルファンタジーXV』『デビルメイクライ5』など。
Q 今回の「べらぼう」の音楽はどのように作曲されましたか?
A ドラマの時代や世界観を知るため、江戸の文化に関する本を読み漁り、オフィスに浮世絵の写真をたくさん並べたりして、曲のイメージを膨らませました。テーマ曲の作曲には大変時間がかかりました。なぜかというと、ドラマは蔦屋重三郎にとどまらず、江戸やもっと広い世界への広がりもある物語なので、そうした広がりをどう表現するか、苦労したからです。何度も作り直して完成させました。
Q テーマ曲のイメージを教えてください。
A 主人公の蔦屋重三郎が、何もない中から挑戦を繰り返し、困難を乗り越え、駆け上がってゆくイメージです。最初チェロで奏でられるテーマは、まだ重三郎が一人の時の様子です。それがオーケストラ全体に広がってゆくことで、重三郎が周囲を巻き込んでゆくことを表現しました。終わり近く、少し陰りのある部分も出てきますが、重三郎が決して順風満帆ではなかったことや、華やかな時代の裏にあった影の部分を表わしています。
Q N響の演奏はいかがでしたか?
A ブリリアントにつきます。テーマ曲は弦楽器に早いフレーズが出てくるなど、かなり演奏が難しいのですが、N響は完璧でした。世界的にもトップクラスのオーケストラだと思います。また、指揮者の下野竜也さんのお陰で、この曲に命が宿ることができました。
下野さんにお会いするのは初めてでしたが、ちょっと話しただけで音楽的な意図が伝わりました。それで私も自身のこだわりを伝えることができました。下野さんやN響の力があって、素晴らしいテーマ曲になったと思います。
Q 今回は、テーマ曲以外にもドラマの音楽を作曲されますが、どんなコンセプトで作曲されていますか?
A 「べらぼう」では、華やかな面だけではなく、その裏側にある悲劇や現実も描かれます。そのため、シリアスな音楽も書きました。また、重三郎が出版した浮世絵は西洋でも高く評価されたグローバルなものでした。そうしたグローバルな広がりを表現するため、ハンガリーのツィンバロンや、インドや南アメリカの民族楽器、日本の琴、三味線など、世界の様々な楽器を使っています。演奏者も、日本のみならずアメリカやヨーロッパのミュージシャンも参加していて、こちらもグローバルです。
Q 今回の「べらぼう」の時代やドラマの内容をどう感じましたか?
A 休みなく前へ進んでゆく時代だと感じました。商人が活躍し、お金が生まれ、文化が花開き、人が人を押し上げた時代だという印象を受けました。物語の魅力は、こうした時代の華やかな面を謳歌する一方で、影の部分や暗いところをかくさないところです。その両面性がすばらしいと思います。