千年の時を超えて読み継がれてきた『源氏物語』には、100種を超える花や樹木が登場し、物語に命を吹き込んでいます。花文化を研究する川崎景介さんが、花をテーマに『源氏物語』をひもときます。
聞き手/須磨佳津江
この記事は、月刊誌『ラジオ深夜便』2024年11月号(10/18発売)より抜粋して紹介しています。
山桜と優曇華~花を介して心をやり取り
川崎 熱病にかかった光源氏が療養のために訪れたのは都郊外の北山。去り際に、見送りの僧に次の歌を贈ります。
宮人に行きて語らむ山桜風よりさきに来てもみるべく
「この山桜を、散らす風の吹く前に来て見るようにと都人に言って聞かせましょう」という意味で、すばらしい療養体験をしたという思いが込められています。これに僧は、
優曇華の花待ち得たる心地して深山桜に目こそ移らね
「優曇華の花を待ち得たような心地がして、山の桜には目も移りません」と返します。光源氏があまりにも美男子だったので、優曇華という仏典の美しい花に例えたんですね。
――「すてきです」とは言わずに、花に思いを込めて気持ちをやり取りする。男女の恋以外でも使われたんですね。
川崎 はい。また桜は悲しい場面にも使われています。光源氏は、実母によく似ているといわれる義理の母・藤壺の宮に恋い焦がれ、あろうことか関係を結び不義の子を身ごもらせてしまいます。しかし父親である桐壺帝はそれを知らず、自分の子だと思っている。藤壺の宮は花見の席で舞や歌を披露する光源氏を見つめつつ、歌を詠みます。
おほかたに花の姿を見ましかば露も心の置かれましやは
「ただ美しい桜を愛でるだけなら、露ばかりのやましさも心に生まれなかったろうに」
美しい桜に例えられる光源氏。しかし、ただ美しいだけではなく、不倫の相手になってしまった。
――桜は光源氏の美しさの代名詞でもあったんですね。
なでしこ~我が子への思いを乗せて
川崎 子どものことを指すなでしこ。それが分かる少し悲しい歌もあります。光源氏は葵の上と結婚しますが、政略結婚だった2人の関係はなかなかなじまず、葵の上は子どもを産み落として亡くなります。光源氏は葵の上の母に慰めの歌を贈りました。
草枯れのまがきに残るなでしこを別れし秋のかたみとぞ見る
「草の枯れた垣根に残って咲くなでしこを見ると、別れた秋の形見に見えます」という意味です。なでしこは葵の上が命懸けで産んでくれた我が子のことで、後に夕霧という立派な青年に成長します。「別れた秋」は葵の上のことで、光源氏は彼女を失ったことを後悔します。
※この記事は2024年2月28日放送「源氏物語が花に託したもの」を再構成したものです。
1965(昭和40)年、東京都出身。マミフラワーデザインスクール校長。花にまつわる世界各地の文化を調査研究する「考花学」を提唱。講演活動や執筆を通じ、花文化を啓発している。著書は『花で読みとく「源氏物語」 ストーリーの鍵は、植物だった』(講談社)など。
光源氏と恋仲になるも、はかなく亡くなった女性「夕顔」とのエピソード。さらに、光源氏が生涯大切にしたという女性「末摘花」の呼び名の由来とは……。お話の続きは月刊誌『ラジオ深夜便』11月号をご覧ください。
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