8月、パリ五輪を挟んだ間に、作家・紫式部の土台が着々と築かれていった感のある「光る君へ」。いよいよ、まひろ(吉高由里子)が嫉妬渦巻く内裏にあがるのね! と期待しつつ、ちょっと振り返ってみよう。
個人的に感慨深かったのは、まひろの「アイデンティティーの確立」ね。そんなまひろを「吉兆の存在」と示唆したのが、あの男、安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)だった。
長い間、権力者のムチャブリに応え、数々の祈祷や呪詛を請け負ってきた晴明だが、己の死期を悟り、最期まで飄々と振る舞った。藤原道長(柄本佑)を陰で支えた立役者でもあり、まひろを「光をもたらす人」と表現。道長が権力者として隆盛していくために欠かせない存在ととれるし、『源氏物語』という名作の誕生の意味ともとれる。
「呪詛も祈祷も人の心のありよう、人の心が勝手に震えるのだ」と悟りの境地を道長に伝え、無限に広がる宇宙をその瞳に映してこの世を去った。登場人物の中でも異形の存在であり、人の心に巣食う禍々しさと愚かさを見つめてきた晴明。ユースケの当たり役だったとも言える。
親の心の闇、母として心折れる瞬間
物語を書く喜びを知って、あふれだす創作意欲がどうにもこうにもとまらないまひろ。男は体が小さく病がち、女はふくよかで力持ち……で始まる物語『かささぎ語り』を創作し、有力者の妻たちの間でも話題に。それを知った道長は、まひろに物語の執筆を依頼しにやってくる。
というのも、亡き定子(高畑充希)を忘れられない一条天皇(塩野瑛久)は、定子がいた頃の優雅で瀟洒な宮中を描いた『枕草子』にご執心。いつまでも定子を偲んで、中宮・彰子(見上愛)への愛情が深まらないことを懸念している道長は、『枕草子』に勝る面白い読み物を帝に献上しようと目論んだわけだ(初めは中宮に献上するというテイで)。
まひろが生み出した『かささぎ語り』、ものすごく気になっていた。「実は男は女のフリをして、女は男のフリをしていた、このふたりがどうなったかは、かささぎも知らぬところ……」って! 1000年前に多様性を描いた、という想像力がドラマとして楽しいところでもある。
ところが!! 執筆に夢中のまひろは、娘の賢子(福元愛悠)そっちのけ。自分に向いてくれない怒りと嫉妬で、賢子がまさかの行動に。愛情不足を感じた子供が試し行動をするのはわからんでもないが、ようやく完成した『かささぎ語り』に火をつけるのは尋常ではない。
カタコ……そら恐ろしい子…やはり兼家(段田安則)の系統か⁉ これはスルーしてはいけない案件、ただごとではない。まひろも賢子を強く叱責したものの、ほったらかしていた負い目もあって、母娘の心の距離が離れていく……。
そもそも、まひろの言うことを聞かず、為時(岸谷五朗)に甘やかされて育っている賢子。読み書きできないとつらい思いをすると説いても、ガン無視する賢子。自分の人生は学問と教養に救われたと思っているが、それを娘に強要するのもしのびないし、はたしてそれで幸せだと誇れるかどうか……まひろは悩む。
「人の親の心は闇にあらねども 子を思う道にまどいぬるかな」
知らなかったけれど、これはまひろのひいおじいちゃん(藤原兼輔)が詠んだ歌だそうで。子育ての苦悩が滲み出るのだが、あふれだす創作意欲はとめることができず。そんなまひろの煩悶を察してか、家族は協力体制に向かっていくわけよ。
「おまえがおなごであってよかった」に涙
まず、弟・惟規(高杉真宙)との姉弟談義は、ある意味で作家・紫式部の礎になったと言ってもいいのではないか。「自分らしさ」について聞き出すまひろに、惟規は「そういうことをぐだぐだと考えるところが姉上らしいよ。そういう、ややこしいところ、根が暗くて、鬱陶しいところ」と忌憚のない言葉を次々と浴びせる。姉弟間の遠慮ない暴言かもしれないが、微笑ましかったし、これが作家としての切り口や作風を決めていくきっかけになったのではなかろうか。
というのも、清少納言(ファーストサマーウイカ)は、『枕草子』で光の当たる人々の華やかな部分だけを描いたと言っていたからだ。人の心の闇や負の感情、美しくない部分を書くことにも意義がある、それこそがややこしくて根が暗い自分にこそ描けることだと、まひろは腹を据えた(ように見えた)。
中宮のために献上すると嘘をついた道長だが、まひろはその嘘を見破った。帝に献上すると知って、帝の人柄、生身の姿を詳しく聞きたいと所望するまひろ。道長は1日かけて、帝の話や自分の話も余すところなくしゃべり尽くす。
このときも、家族は気を遣ってか、全員で宇治へ外出。まひろと道長をふたりきりにしてあげるナイスアシストっぷり。その甲斐あって物語は完成。しかも帝は目を通して、続きを読みたいと気に入った様子!
帝に献上する物語の執筆依頼は名誉なことこのうえない。さらに執筆のために、中宮の女房としてまひろを召し抱えるという道長。いよいよ、まひろが内裏へ!
まひろを見送るときに、父・為時が涙ながらにかけた言葉が「おまえが女子であってよかった」である。貧しいながらも父が学問を授けてくれたことに感謝し、幸せだと思ってきたまひろは、ことあるごとにやんわりと否定されて生きてきた。「おまえが男子であったらよかったのう」と何度言われたことか。
その父がやっと、ようやく、ここにきてまひろの信念と生きざまを肯定してくれたときに、観ているこちらも泣きながらガッツポーズしちゃったよね。賢子の行く末は心配だけれど、じいじ為時とスーパー乳母・いと(信川清順)がいるからきっと大丈夫……。
心の暗部を見せ始めるか……
さて、まひろを内裏で待ち受けるは、宮の宣旨(小林きな子)を筆頭に、なんだか意地悪そうな女房たち。中宮、というか可愛い娘のために、帝に諫言をぶつけ、夫・道長とは険悪な状態になった倫子(黒木華)も待ち構えている。まひろとの旧交を温めることになるか、はたまた、ひと悶着となるか。
黒木の笑みが回を追うごとに迫力を増して、名優・白石加代子に似てきたので、楽しみにしている。
また、憎まれっ子・伊周(三浦翔平)の復帰を巡り、公卿たちの間も不穏な空気に。伊周の弟・隆家(竜星涼)もまったく信用していない藤原行成(渡辺大知)のストレスが予想以上に増大中なのよ。
行成は調子のいい隆家を警戒して、道長に忠告するも、道長は道長で意に介さず。「疑心暗鬼は人の目を曇らせる」なんて言って、聞く耳もたず。美文字の書き手でおっとり穏やかな行成が今後、心の暗部を見せるかもしれないと思うと、密かにワクワク。
公卿だけではない。帝のいとこ・三条天皇(木村達成)も、伊周を不吉な存在とこきおろし、憎しみを露わにする。ちょっと昭和サスペンスドラマ調のジャジーなBGMがかかり、男たちの思惑が交差していく予感。
女たちの嫉妬や冷遇、男たちの野心と欲望……渦中にほうりこまれたまひろの運命やいかに。鋭い観察眼をもって、内裏の人々の心の闇に斬り込んでいってほしいものよ。
ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。