日本から直線距離で11,000キロ、赤道から400キロ、世界で一番新しい国、南スーダン。

南北にナイル川が貫くアフリカの内陸国。ここはアフリカ54番目の国として2011年に北部・スーダンから独立した、まだよちよち歩きの国だ。南スーダンが独立する前、スーダンは北部のイスラム教徒のアラブ系が長年統治し、キリスト教徒の黒人が多い南部地域では、数十年に渡って紛争が続いてきた。

NHK財団はJICA・国際協力機構の一員として、南スーダン公共放送局SSBCの職員の人材育成や組織強化を支援し国の民主化を進めるプロジェクトを10年にわたり続けてきた。現地には、NHKの報道や番組制作、技術などの部門で長年働いていた専門家を派遣し、取材や原稿の書き方といったニュース報道の基礎、番組制作やスタジオ番組収録の方法を教え、機材整備などの支援を行っている。

一筋縄ではいかない支援の状況をリポートする。

SSBCプロデューサーと副調整室の卓前にて(左が筆者)。

選挙報道への取り組み

派遣されている報道や番組の専門家たちがいま力を入れているのは、独立後初めて行われる12月の選挙を報道するための体制作りだ。

この国で初めての総選挙において公正公平な報道を行うために、SSBCの政治担当記者やディレクターたちに、選挙の仕組みや選挙に関する法制度、投開票の行われ方など、選挙の基礎を中心に教えている。SSBCの敷地内にある私たちのオフィスの横の会議室では、講義やワークショップを中心としたTERAKOYA(寺子屋)を適時開催しており、取材や制作の手が空いた記者や報道デスクが集まる。

「TERAKOYA」に集まるSSBC職員。

ある日、選挙の投票についての講義で、専門家が、公平で自由な投票について参加者たちに説明していたところ、「南スーダンでは、妻や娘は父親や夫が決めた候補に投票することが当たり前で、家長が決めたことに皆従う」と、多くの女性記者がいる前で言い切った男性記者がいた。

いまだに家父長制の影響の強い地域であり、男女平等や民主主義、選挙について放送で伝えていくためには、まずは伝え手である公共放送の記者に理解してもらうことが必要で、前途多難だと感じた。

多くのアフリカの国がそうであるように、南スーダンでも部族主義や出身地域による閨閥けいばつで政治や経済が回る。公共放送であるSSBCも、前身である国営放送の名残から、いまだに政府の強い監督下にある。放送では、政権与党の宣伝や、大統領の映像・スピーチがニュース番組の合間に度々流される。政治的な中立性から見ると問題があり、派遣された専門家は頭をかかえてしまう。

公共放送局と名乗る現在でも、放送局内には政府から派遣された情報管理の検閲官がいて、日々のニュースの放送可否をチェックしている次第だ。


経済の厳しい現状

長い内戦と紛争を経て独立した南スーダンは、農業や工業などすべての産業が未発達。国で唯一と言われる換金物は北部に点在する油田から汲み上げた原油で、原油輸出が歳入の約90%を占める。

主な油田地帯はスーダンとの国境地帯に広がっているが、内陸国で港がない南スーダンは、スーダンを経由した長大なパイプラインを通じ、紅海から輸出を行っている。石油マネーは首都ジュバの政権幹部や一部のエリート層のポケットに流れるものの、実際の国造りやインフラ投資には回っていないというのが実情だ。

最近ではスーダンの治安情勢の悪化が原油輸出の減少を招き、南スーダンの経済に暗い影を落としている。産油国だというのに国内で必要としている油を賄えないため、石油価格は日本国内より高い状態だ(レギュラー1リットル=約220円/2024年3月現在)。

通貨・南スーダンポンド(SSP)も下落が激しく、2023年10月に1USD=1,000SSPだったものが、10か月ほどで1USD=4,100SSP、つまり約4分の1まで暴落している。ジュバ市内のスーパーマーケットの棚からは値札が姿を消した。書き換えるのが間に合わないからだ。100ドルなどの大きな札を両替すると、財布に入りきらない札束を手渡される。

こういう状態の中、公務員などの給料の支払いは半年遅れだといという。公共放送SSBCで働くジャーナリスト達も例外ではなく、給料は半年近く払われていない。放送の仕事だけでは食べられないため、取材や番組制作のかたわらで畑仕事やアルバイトをしている人もいるほどだ。


厳しい気候とマンゴーの樹

さて、今回の南スーダン滞在中に経験した厳しい気候とマンゴーにまつわるエピソードを、最後にお伝えしたい。

ナイル川で遊ぶ子供たち。

私が滞在した3月中旬は、例年だと乾季から雨期に移行する季節。今年は雨期の到来が遅れた上に、異常気象のためかアフリカ中央部に熱波が襲来した。日中の気温は43~45℃にもなるため、オフィス内もエアコンがまったく効かなくなった。

エアコンがそもそもついていない小中学校は、政府命令で2週間ほど学校が休校となった。車の窓も締め切っていると強烈な熱さで窓が割れるため、ドライバー達は日中ドアを開けておく対策をしている。

マンゴー

​通常、雨期の到来とともに南スーダンのジュバの街中では、マンゴー売りが盛んに露店を開く。SSBC放送局の敷地内にもマンゴーの樹があり、たわわにマンゴーが実っていた。

SSBCの技術局長と話をしていたところ、南スーダン人にとってマンゴーは珍しくもなく、そんなに好んで食べないが、マンゴーの樹を使った猟があると聞いた。

この国では、地域や部族によっては猿を食す。猿はマンゴーを好んで食べるため、樹の下でみんなで酒盛りをして、そのまま酒を置いておくという。しばらくその場を離れると、猿がマンゴーの木から降りてきて残った酒をかっくらって泥酔する。酔っぱらった猿をそのまま捕まえるそうだ。絵柄を想像するとなかなか面白い。アフリカの多くの国では、猿は身近なたんぱく源である。

(取材・文/NHK財団 国際事業本部 田中 雄大)