「美しかった我が国の風景を次世代に残したい」「このまわしい戦争の記録映像を残し、将来の戦争犯罪裁判の証拠として提出するのだ」。ウクライナ公共放送局のアーカイブスを担当するメンバーから出た強い決意の言葉です。2023年2月から続く、ウクイライナ公共放送局への支援も1年が経過し、まもなく2年目に入ろうとしています。

NHKアーカイブス研修から見えてきた新たな課題

今までの日本での研修を通して、NHKが大規模地震等で東京から放送が出せなくなった場合に大阪放送局が放送を出す役割、金沢放送局の地域改革、そして長崎放送局での原爆関連の番組制作の実績などを学んできました。

そうした中で新たに浮かび上がってきたテーマが「映像アーカイブス」です。

2023年秋の第二回研修で、埼玉県川口市にある「NHKアーカイブス」を訪問したことが契機となりました。NHKアーカイブスは、これまでにNHKが放送したラジオ・テレビ番組や古いフィルムなど貴重な資産が保存されている施設です。毎日のニュースや番組制作にも活かされて、映像資産の一部は一般にも公開されています。

ターヤ・トウルチンさん(中央)

NHKアーカイブスで、とりわけ熱心に話をきき、積極的に質問をしていたのが、ターヤ・トウルチンさんです。ターヤさんは、ウクライナ公共放送局でアーカイブスの整備に取り組んでいます。

ウクライナ公共放送局には、首都キーウをはじめ、オデーサ、ハルキウなど全土の支局の資料庫に、古いテープやフィルムが山積みになっていることがわかりました。しかも支局それぞれで保管方法も異なり、中には記録がなく「何が映っているかわからないフィルム」も相当数あるようで、ターヤさんたち担当者は頭を悩ませています。そこで私たちは、次の課題として「アーカイブス整備」を柱のひとつにしました。

月に1回の「オンラインアーカイブス研修」がスタート

今年に入り、NHK財団はNHK知財センター(アーカイブス部)と協力し、ウクライナ公共放送局とのウェビナー勉強会を始めました。NHKアーカイブス部の皆さんが「ウクライナの人たちが来日したときだけでなく、普段からできる支援を考えよう」と申し出てくれ、新たな企画がスタートしました。

勉強会では、NHKがどのようにアーカイブス整備に取り組んでいるかを紹介し、ウクライナ側からの要望も取り入れながら、毎月テーマを決めています。参加者は日本側も含めておよそ50人以上が熱心に聞いています。特に4月は「アーカイブスの一般公開」がテーマでしたが、とりわけウクライナ側の皆さんから熱心な質問が続き、いつのまにか予定時間が大きくオーバーしましたが、まったく疲れを感じることはありませんでした。

知財センターへのフィルムの受け渡しの様子。

もうひとつ、NHK知財センターの協力で実現したことがあります。それはウクライナに残された古いフィルム3本をデジタル化したことです。写真でしか見ていなかったフィルムの缶の現物を見たときは、期待と不安が入り混じった不思議な感覚を覚えました。

缶の表には「1940年ごろのリビウの街並み、ある街での共産党の集会」「その時代に有名だった映画監督、オレクサンドル・ドブジェンコが制作した映像」という記載がありました。

1か月後現像された映像には、リビウの自転車や電球の工場での作業の様子、戦争で破壊された街並みを整える工事などが映っています。共産党の集会の背景には、レーニンとスターリンの写真が掲げられています。写真で見たことのあるものが動画で再現されたことにとても興奮を覚えました。

オンラインでの映像試写会の様子。

現像された映像をウクライナ側にも見てもらうオンラインの試写会を開いたところ、アーカイブス担当者以外にも多くのウクライナ放送局の職員が参加してくれました。歴史に詳しいプロデューサーからは、「いかにも不自然な映像で、当時の当局の圧力がどれほどだったかが手にとるようにわかる」という感想も寄せられました。

ウクライナ公共放送局はアーカイブのフォーマットを作り、一般の人たちもアクセスできるウェブサイト上で、古い映像が次々と紹介されています。日本の支援プロジェクトの一環で現像できた映像も、このサイトで紹介されました(ウクライナ公共放送局アーカイブサイト(注:ウクライナ語)/ステラnetを離れます)。

整理するのは、こうした古いフィルムの処理だけではありません。山積みの古いフィルムを前にしながらも、毎日現実の戦争の記録が最前線で取材する記者から寄せられます。これを統一されたフォーマットで残しておかないと埋もれてしまいます。それだけにウクライナのアーカイブスの担当者は、きちんと残すためのルール作りに取り組んでいます。

アーカイブスは言うまでもなく、文化の宝庫です。古い資料だけでなく、日々の記録をどう整理して蓄積していくかということも大切です。ウクライナ放送局はその点で、NHKアーカイブスの経験に期待しています。

これからもNHK財団は、ウクライナ公共放送局のアーカイブスの充実に取り組んでいきます。

この取り組みは、NHKの公式ニュースサイトでも取り上げられています。
NHK NEWS WEB (“戦禍”の放送局に残されたニュース映像 日本でよみがえる)

(取材・文/国際事業本部 井口治彦)