放送局をイチからつくる~南スーダン公共放送支援~「世界で一番新しい国」南スーダン共和国の画像
南スーダン公共放送SSBCのニュース番組

この夏、日本中がバスケットボール男子チームの活躍に沸いていたころ、地球の裏側にあるアフリカの南スーダンでも同じような光景が広がっていた。2011年にスーダン共和国から独立してできた「世界で一番新しい国」のバスケットボールチームは、初めて参加したワールドカップでアフリカの格上チームや開催国フィリピンなどを次々と撃破する快進撃を続けた。1次ラウンドを突破することはできなかったが、2024年のパリ・オリンピックの出場権を獲得した

■バスケットボール試合の報道は画期的な出来事

南スーダンの首都ジュバでは、多くの市民が広場で開かれたパブリックビューイングに駆け付け、大型スクリーンに映し出されたチームに熱い声援を送った。初のオリンピック出場に歓喜の声が上がり、その瞬間は南スーダン唯一の公共放送「SSBCでも大々的に報じられた。会場の熱気を伝える記者たちのリポート、市民の喜びの声が次々と伝えられた。
「自国チームの活躍をテレビが伝えるのは当たり前だろう」という声が聞こえてきそうだが、政府の発表が主要なニュースを占める南スーダンにおいて、スポーツや一般市民の声がトップで放送されたことは、SSBCの歴史において画期的な出来事であった。

インタビューに答える市民サポーターたち

JICA・国際協力機構は、SSBCの職員の人材育成や組織強化を支援するプロジェクトを10年以上前から展開していて、当財団もNHKインターナショナルの頃から現地に専門家を派遣している。SSBCの前身である国営放送は政府の指揮下にあり、公正さを欠いていたが、公共放送局として生まれ変わった後も局内には政府から派遣された検閲官がおり、日々のニュースオーダーをチェックしている。そうした中、バスケットボールチームは南スーダンの誇りで、その躍進を国民に伝えることは公共放送の使命だ」と訴えた職員たちの熱い要望に押され、バスケットボールについての報道が実現した。現地での活動で政府の監視に悩まされている我々プロジェクトメンバーにとっても、この出来事は喜ばしく、溜飲が下がる瞬間であった。

■国民の信頼を得られる放送局へと成長することを目指して

技術プロジェクトは、放送と技術の両面で支援を行っている。NHKの放送現場で培った経験に基づいて研修を行い、SSBCが国民の信頼を得られる放送局へと成長することを目指している。しかし、南スーダンはアラビア語と英語、イスラム教とキリスト教、多くの部族が共存する多様な国であり、様々な要望に対応するテレビ放送を発展させることは想像以上に難しい。また、SSBCの放送設備は、10数年以上使い続けている旧式のラジオとテレビのスタジオがメインで、故障やトラブルが絶えない。独立以前から働いているベテラン職員は放送の基礎を理解しているが、若手スタッフは原稿の書き方から撮影の基礎まで、きめ細かいサポートを必要としている。

■イロハのイから始まった支援活動

イロハのイから始まった支援活動でまず手掛けたのは、番組の“見た目”の改善である。当初、SSBCの放送ではスーパー(キャプションや情報テロップ)はほとんど使われていなかった。私たち専門家のアドバイスを受け、ようやくメインのニュース番組でニュース項目のタイトルやインタビューを受けた人の名前などがちらほら表示されるようになった。

私たち専門家は、現場で記者たちと一緒に取材し、立ちリポのコメントや会見などの撮影方法について細かいアドバイスを与えている。インタビュー取材では、質問内容の確認から追加質問まで、記者たちにつきっきりで指導した。取材を終えて局に戻ってからも編集作業に立ち会い、一緒に構成を練ったり、視聴者にわかりやすく伝えるためにグラフなどの図表作成を手伝ったりした。これによってリポートの質が向上し、視聴者からも高い評価を得た。

取材クルーと共に現場へ(立ちリポ)

現地で指導にあたる専門家は限られているため、オンラインでの指導も行われている。NHKの国際放送「NHKワールド」の元アナウンサーが、原稿の読み方やスタジオワークの基本についてSSBCのスタッフにマンツーマンでアドバイスしている。

東京とオンラインで結んで開かれたアナウンス研修

■新しいスタジオ建設も苦難の連続

機材供与というハードウェアのサポートも、プロジェクトの重要な役割である。われわれが機材を提供した新しいラジオスタジオは今年3月に完成したが、秋になっても使われることはなかった。というのも、スタジオの建物の建設を担当していた地元企業が、完成前に支援を打ち切ったため、建物への電源工事が行われなかったのだ。通常、このような工事はプロジェクト支援の対象にはならないが、運営資金が乏しいSSBCが単独でこのような工事を行うのは難しい。そこで新しいスタジオが無駄にならないよう、プロジェクトの予算を使って工事に着手した。工事は1週間ほどで完了し、無事に電気が供給されることが確認された。ところが翌日、雨季末期の大雨のあと、再び停電に見舞われた。原因は不明だが、どうやら資金不足から電源ケーブルを保護管に入れずに地中に埋めたため、どこかで切断されたのではないかと見られている。新たな問題が浮上し、念願のラジオスタジオの稼働はさらなる延期を余儀なくされ、SSBCと専門家の苦悩が続いている。

電気工事で手を貸す専門家

南スーダンでは来年12月、独立後初の大統領選挙が予定されている。大統領が率いる与党はすでに選挙運動を開始し、足場を固めるべく地方都市での集会に余念がない。一方、独立後も大統領と反目を続ける野党は巻き返しを図るとみられている。選挙が近づくにつれて情勢が緊迫化することが懸念される中、当プロジェクトは情勢を注視しながら活動を続けていく。

(取材・文/NHK財団 国際事業本部 山本 訓弘)
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SSBC報道部の皆さんと(真ん中が筆者)

■南スーダン共和国 基礎情報

面積:64万平方キロメートル(日本の約1.7倍)
人口:1,106万人(2019年)
首都:ジュバ
民族:ディンカ族、ヌエル族、シルク族、ムルレ族、バリ族、他多数
言語:英語(公用語)、アラビア語、その他部族語多数
宗教:キリスト教、イスラム教、伝統宗教
歴史:1956年スーダン共和国が設立、内戦を経て、2011年スーダンから分離独立
(出典:外務省 南スーダン基礎データ|外務省 (mofa.go.jp)

■南スーダン公共放送SSBC(South Sudan Broadcasting Center)

SSBC外観

JICAプロジェクト:南スーダン公共放送局組織能力強化プロジェクトフェーズ2
Capacity Development of South Sudan Broadcasting Corporation (SSBC) Phase 2実施期間:フェーズ1 2012年12月~2018年3月、フェーズ2 2021年12月~2025年11月

<番外編>制約の多い現地生活
南スーダンは独立後もたびたび大規模な武力衝突が起きており、現地で活動する専門家が一時的に出国できなくなる事態が発生したこともあった。外務省は南スーダンのほぼ全土に渡航自粛と退避を呼び掛けており、専門家が活動する首都ジュバのみ、十分な安全対策を講じることを条件に滞在が認められている。そのため、現地での生活は制約が多く、外出は午前6時~午後6時に限られ、街中を歩くことも禁止されている。移動には防弾車を使用し、無線機を常時携帯することが義務付けられている。不測の事態に備え、部屋には防弾チョッキが備え付けられているが、それが必要になるような事態に遭遇しないことを願っている。
部屋に備え付けられている防弾チョッキ