NHK財団がJICAから委託を受けて実施している、ウクライナ公共放送局民主化支援プロジェクト、第二回の日本での研修が実施されました。5月に経営幹部を迎えて研修を実施しましたが、今回のテーマは「技術」です。首都キーウをはじめリビウなどの技術担当者など10名が来日しました。
研修では、NHKの放送を支える技術の仕組み、放送センターの電源設備、また送信所や技術研究所の見学が行われました。一週間の滞在でしたが、10人と和やかに過ごしていると、彼らが祖国で戦争状態を強いられているのが、ふと現実でないような錯覚に陥ります。
しかし研修の途中で彼らの携帯電話から、空襲警報のサイレンが鳴り響いた瞬間、厳しい現実に引き戻される思いでした。
NHKの場合、仮に大地震等で東京の放送センターから放送が出せなくなった場合のバックアップとして、大阪放送局から全国に放送を出す仕組みになっています。ウクライナの場合、まさにロシアからの攻撃に備えて、キーウの代わりとなる拠点づくりが進められています。
「キーウへの爆撃が始まって、わずか3日でリビウに放送設備を作った」というウクライナ研修員の言葉に、NHK側もとても驚きました。“とりあえず使える機械を集めて、3日間徹夜して配線した。何とか放送が出せるようになってホッとした“ と研修メンバーは続けました。しかし戦争が続く中、放送局を運営するにあたって、電力の確保も整備していかなくてはなりません。
いまウクライナでは、第三の拠点としてウジホロドという町でも、放送局の整備が進められています。このバックアップセンターの拠点づくりを進めているアンドリー・ブルスニキンさんはこう述べています。
“戦争によって私たちは、放送拠点の移動を余儀なくされました。今回の研修で、NHKの災害報道の状況を見て非常に似ているなと感じました。代替の放送設備という点ではNHKが一歩先を行っている感じですが、技術的なことでいうと、同じ方向を目指していることが分かったことが大きな成果です。そして電力確保では、NHKが何重にもセキュリティ対策を施している点がとても印象的でした。今回の成果をウクライナの同僚と共有します”
電源設備については、こんな質問も事前に出されていました。「NHKの場合、電源設備において爆撃に備えた対策はどのようにしているか」と。この質問を見たときに、あらためてウクライナ公共放送局が戦争の現実にさらされていることを痛感しました。
さらに研修員たちが高い関心を寄せたのが、NHKの川口アーカイブスでした。ここにはNHKが蓄積してきた膨大なフィルム、ビデオからレコード、CDなどが保管されています。講義では保管状態、気温や湿度管理に細心の注意を払っていることや、保管のためのデータベース化が進められていることも紹介されたほか、技術面では古いフィルムの修復、さらに白黒映像にAIを用いてカラー化するという、最新技術も紹介されました。
ウクライナ公共放送局の資料室には、古い缶に入ったフィルムが山積みになっており、何が映っているかさえわからないものも多く残されています。しかしこれらは放送にとっては「宝の山」です。これをどう整理していくかというところから、取り組んでいかなくてはなりません。フィルムの修繕、データベースのシステムなど、アーカイブスの担当者が説明すると、間髪置かずに質問が飛び交っていました。
最も熱心だったのが、ウクライナでアーカイブを担当するターヤ・トウリティンさんでした。
“私たちのアーカイブは解決すべきことがたくさんあります。まずどんな映像素材があるのか、残念ながら中身がわからないものがたくさんあります。それをデータベースにすることです。さらにスキャンすることです。これには専門知識やスタッフが必要ですが、そういうことができるチームを育成することが必要です。データベースの整備では3つの拠点を設けて整備していきたい。今回の研修でNHKが専門知識を持っていることがとても印象的でした。これから交流や協力関係を深めて、アドバイスをいただき、ノウハウを学んでいきたいと思います“
今回の研修はわずか10日ほどでしたが、参加者のほとんどは初来日で、大きなインパクトであったようです。ウクライナで長年技術を統括してきた、ユーリー・ボイチュクさんは、今回得たものは大きかったと締めくくってくれました。
“研修内容はとても満足のいくもので大変感謝しています。中でもバックアップ機能や緊急報道について、大阪放送局の取り組みはとても参考になりました。システムや機材、人材の運用について多くの質問をしましたが、回答をいただけたので、イメージを固めることができました。送信システムについても、私たちの場合と比較しながら、見ることができました。ウクライナに戻ったら、日本に来れなかった職員とも共有していきます”
侵攻開始からすでに1年半を過ぎても、まだ停戦への道筋も見えていない状況です。メンバーの中には家族が戦いの前線に参加している人もいます。そうした厳しい現実の中で、放送の発展のために尽力しています。その彼らを支援する役割を担うことができることに感謝しながら、これからも支援活動に邁進していきたいと思います。
(取材・文/NHK財団 国際事業本部 井口治彦)