NHK財団の国際事業本部は、JICA(国際協力機構)の委託を受け、表現の自由や民主国家におけるメディアの役割に焦点をあてた研修を実施しています。
2023年11月、戦争が続くウクライナや、世界で最も新しい独立国である南スーダン、そして日本人にとって馴染みの少ないシエラレオネ、コートジボワール、セントビンセント及びグレナディーン諸島など世界各地の8か国から、政府系新聞や公共放送局の記者からメディア行政に携わる官僚まで、様々なバックグラウンドを持つ15人が日本を訪れました。
■お互いから学ぶ研修
研修では、国民の知る権利を保障し、国家権力に影響されずに報道する公共放送の在り方について学びます。初めのミーティングで、研修員たちはそれぞれの国のメディアに関する課題について話し合いました。
南スーダンの公共メディアの記者は「報道機関の内部にも政府の監視役がいて、政府を批判すると身の危険を感じる」という検閲の問題を指摘しました。ウクライナの公共放送局のプロデューサーたちは「テレビ番組の制作には多くの人手が必要なため、ラジオの方が便利だ」、「24時間体制で安全情報を伝えるのはチャレンジだ」と戦時下の放送の厳しい現状について語りました。さらに、各国共通の課題として、メディアが資金不足に悩み、フェイクニュースや偽情報に対する対応や調査報道を行う困難さに直面している現状が浮き彫りになりました。
研修では、日本の放送制度やメディア事情を学ぶと同時に、研修員同士のディスカッションに重点が置かれています。自由な意見交換を通じて、他国と自国の情勢を比較し、自国のメディアの役割について理解を深めました。
■地域放送局への訪問
NHKの放送施設を見学することも研修の一環です。東京の放送センターはスケールが大きすぎるため、参加者たちの国の放送施設に規模が近い群馬県の前橋放送局を訪れました。地方局が制作する番組内容についての講義やスタジオ見学が行われ、研修員からは講師たちが予想もしなかった質問が寄せられました。
<選挙戦リポートを見て>
質問「候補者はなぜ束ねたマイクを持って演説しているのか。日本には無線マイクは普及していないのか」
回答「無線マイクは音が途切れる恐れがある。選挙報道では必ず有線マイクを使う」
<業務開始から50年を超える前橋放送局のラジオスタジオの見学中には>
質問「これはクラシック機材の展示コーナーか」
回答「しっかりとメンテナンスすれば機材は何年も使い続けることができる」
研修員たちは、NHKのシビアな選挙取材や日本の“もったいない精神”に触れ、興味を示していました。
■アーカイブスの現場も訪問
研修員たちにとって、特に印象的だったのが埼玉県川口市にあるNHKアーカイブスでした。ここでは、NHKが過去に放送したテレビ番組や全国の放送局から送られてくる映像が最新のデジタルシステムで保管・データベース化されています。しかし、南スーダンでは予算が不足しているため取材したビデオテープが無造作に棚に放り込まれたままとなっています。また、ウクライナでは歴史的な映像が残っていますが、保管技術が不足しており、適切に管理されていない状態です。ほとんどの国の放送局では、様々な理由で映像のデータベース化が遅れているため、研修員たちは、放送アーカイブスの重要性についての説明に真剣に聞き入っていました。また、AIを使って歴史的な白黒映像をカラー化する技術にも関心が集まり、ソフトウェアやパソコンのスペックなどについて細かい質問を寄せていました。
■「日本賞」と文化体験
研修員たちは、同時期に開催された教育番組・コンテンツの国際コンクール「日本賞」にも参加しました。受賞作品の上演会やディスカッションでは積極的に発言し、制作者が意図していなかった意見を述べ、日本賞事務局から「意見交換の場を盛り上げてくれた」と高く評価されました。
また、研修中には日本の文化に触れる機会も設けられました。群馬県高崎市では、紅葉の時期にも恵まれ、日本庭園を散策しました。特に、園内の茶室が印象深かったようです。また、庭園に隣接するお寺に立つ約42メートルもある大観音像を見て、驚きを隠せませんでした。ウクライナの研修員たちは、観音像の足元に設置された燭台にろうそくを灯し、自国に早く平和が戻るよう祈りを捧げていました。
■研修の学びは
2週間の研修はあっという間に最終日を迎え、研修員たちは、それぞれがどんなことを学び、自国に持ち帰りたいのかを発表しました。
○コートジボワールの新聞記者 ボニさん「アーカイブスの重要性を学びました。私たちの国でも資料のデジタル化に取り組んでいきたいと思います」
○ウクライナの地方局放送部長 アリャさん「多くの仲間と学ぶことができ、放送を通じた教育の重要性を感じました。来年の日本賞に応募したい思います」
○シエラレオネの情報省職員 エマニュエルさん「NHKの経験と知識を参考にして、コミュニティ・メディアの能力向上のための戦略計画に取り組みたいです。
笑顔で修了証を受け取った研修員たちは、帰国の途につきました。中には、この研修での経験についてさっそく自国メディアで記事を書いた記者もいました。異なる経験と背景を持つ世界中のジャーナリストやメディア関係者が共に学び、絆を深めた研修となりました。
(取材・文/NHK財団 国際事業本部 山本 訓弘)