父は若くして亡くなり、弟はダウン症、母は下半身不随で車椅子生活。世間からすれば「可哀想な家」「大変な家」と言われる家庭に育ったヒロインが、七転八倒しながらも自分の人生を朗らかに闊歩していく。「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」、略して「かぞかぞ」の話をしよう。
ドラマにしてはタイトルが25字と長い。近年の連ドラで長いタイトル「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」(略して「いつ恋」、2016年/フジテレビ系)や「私 結婚できないんじゃなくて、しないんです」(略して「できしな」、2016年/TBS系)の23字を超えているが、最長ではない。
1976年に「六丁目のスパルタ寮母さんには、赤いバラのいれずみがあった!」(日テレ・京塚昌子主演)が君臨している。その次には「七丁目の街角で、家出娘と下駄バキ野郎の奇妙な恋が芽生えた」(日テレ・十朱幸代主演)がある。いや、何の話しとん?
というのも、「かぞかぞ」のヒロイン・岸本七実は脳内言語を秒速で一気呵成にしゃべり倒す。しかも想像力も発想力も語彙力も豊か、シニカルでユーモラスだ。あらぬ方向にずれたり、飛び火していく感じも面白くて、七実のように暴走してみた。
そんな魅力的な七実を演じるのは、今最もドラマで観たい名優・河合優実。映画『あんのこと』では困窮世帯の厳しくも哀しい現実を体現し、名実ともに人気俳優となった。時に恐るべき集中力で難関を突破したり、時に空気を読まない突破力で周囲にハレーションを起こしたりする七実を好演。めちゃくちゃ魅力的なのだよ。
それ、全部うちに起きてますけど
第1話で七実が語る。「家族の死、障害、不治の病。どれかひとつでもあれば、どこぞの映画監督が世界を泣かせてくれそうなもの。それ、全部、うちの家に起きてますけど」。不運かもしれないが、不幸ではない。「前向き」とか「ポジティブ」などと周囲が押しつけてくる印象ともちょっと違う。普通ではないかもしれないが、逆に普通って何?と問いかけてくるような岸本家の日常。
テレビ局がやらかしがちな「いろいろと大変だが懸命に頑張っている姿で涙を誘う」手法ではない。むしろ冷静に現実を咀嚼したコミカルなシーンと、温かくて切ない幻視のシーン、そして当事者の視点でつづる日常茶飯事で、岸本家の来し方行く末を描いていく。
確かに「家族、きついな、面倒くさいな」と思わせる一方で、それに勝る「なんだかとても楽しそうだな」という気持ちにさせてくれるのだ。もう、それだけで良質な家族ドラマだと言える。家族モノは「誰かの遠慮と忍耐でなんとか成立する幸せ」を描くことが多いからね。
たまらなく愛おしくなる岸本家の面々
さて、岸本家をちょっとご紹介。坂井真紀が演じる母・ひとみは、夫亡き後は懸命に働いてきた。整体師の資格試験を受ける直前に大動脈乖離で倒れ、後遺症で車椅子生活を余儀なくされる。坂井が大粒の涙で見せた悲愴感と絶望には鳥肌がたったし、子どもたちへの深い理解を表現するのにこれ以上ない適役だったと思う。大人になっていく娘と息子を見上げる視線に、切なさと達成感が滲み出る。
錦戸亮が演じる父・耕助は、トリッキーな登場である。亡くなっているのに、家族のだんらんや対話に混じり、弟だけには見えているという設定。物語の後半で、生前の耕助の人となりが描かれるが、家族を120%信用しているおおらかな父を、くしゃくしゃの笑顔の錦戸が好演。ひとり立ちする七実の苦悩に寄り添う存在にもなっていく。
弟・草太を演じたのは吉田葵。仕草が可愛くてノックアウトされてしまったのだが、吉田はダンスが得意でモダンバレエでは名取(人に教えられる)だそう。今作で俳優デビューした後、役所広司主演、ヴィム・ベンダース監督の映画『PERFECT DAYS』にも出演。草太には草太の人生哲学があって、姉を支える弟の矜持も感じさせてくれる。俳優としてのキャリアを着実に築いていくだろう。
そしてもうひとり、祖母・大川芳子だ。美保純が演じるばあちゃんはファンキーないでたちで、性格はかなりの大雑把。揚げ物と煮物だらけで茶色い食卓を提供、孫を溺愛していないところがすごくいい。最も親近感を覚えるキャラクターだが、中盤で切ない展開へ。芳子の来し方にも注目してほしい。
七実に伴走する人々の距離と温度
岸本家以外にも実に好ましいタイプの人が多い。お節介を焼いてくるでもなく、干渉してくるでもなく、適度な距離と温度を保っている理想の人間関係がある。
母が病に倒れ、自分には何もできないと無力感に打ちのめされた七実。思考停止で進路を考えられなくなったときに、背中を押したのは宅配業者の陶山(奥野瑛太)だ。
突飛な切り返しをするが懐いてくる七実や岸本家をなんとなく気にかけてくれている。そういえば、草太に親切な対応をしてくれるコンビニ店長(「虎に翼」で前髪チョロ男こと小橋を演じている名村辰)もいた。地域の人の愛がある。
「ニューヨークで大道芸人になる」と奇天烈な進路を決めた七実を指導したのは担任で英語教師の田口先生(松田大輔)だ。一見、やる気も活力も枯渇したように見えたが、実は名教師。教師生活約25年で編み出した英語の勉強法(禅の精神からヒントを得た)を七実に伝授、完璧な英会話をマスターさせた恩師でもある。高校にこんな教師がいたら楽しかったし、もっと勉強頑張れただろうなぁ。
七実の、唯一といってもいい友達、マルチこと天ヶ瀬環(福地桃子)もキャラクターが立っている。母親がマルチ商法にハマって、近隣や娘の同級生の家にまで勧誘をしたため、マルチと呼ばれている。七実とマルチには、周囲から「可哀想な家の子」と勝手に決めつけられたり、2人組を作るときにあぶれたりする共通項はあったが、ふたりともどこ吹く風で気にも留めない。
飄々と、そして着々と自分の人生の土台を築いていく姿は見ていて気持ちいい。賢い女子同士の遠慮ない会話劇って、ドラマでは意外と少ないから。
後に七実が働き始めてからも、特性と才能を適切に評価してくれる人々がいる。七実の飾らない素顔を魅力と感じて声をかけるのがテレビ局のプロデューサー・二階堂錠(古館寛治)。
仕事上で大失態をおかした七実の、へこたれない熱意を評価するのが末永繭(山田真歩)、七実の文才にほれ込んで、小説を書くよう熱く勧める小野寺柊司(林遣都)。クセもコクもある大人たちが七実のポテンシャルを広げてくれる。
家族と離れて暮らし、仕事は順風満帆に見える七実だが、期待を背負う一方で精神的にしんどくなる場面も描かれる。前を向いたり、振り返ったり、立ち止まったり、泣き叫んだり。空回りしてもがきながらも、答えは自分で探していく。
このドラマは「家族観のアップデート」だなと思っている。家族がずっと一緒に支え合って暮らすことが幸せ、という価値観を変える力がある。家族は最小単位のユニットではあるが、互いを縛る関係ではうまくいかない。
個々の自立心とお互いの信用が土台にあることが重要なのだと教えてくれる。七実が出す答えは、家族の在り方にモヤモヤしたり、罪悪感を覚えたりしている人の背中をそっと押してくれる。
ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。
ドラマ10「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」
毎週火曜 総合 午後10:00~10:45ほか