主題歌「さよーならまたいつか!」(米津玄師)に合わせ、アニメーションと実写で紡がれる「虎に翼」のタイトルバック。とも(伊藤沙莉)の人生、彼女の内面や信念、ドラマのテーマなどが織り込まれ、多彩な筆致の絵が変化しながら、めくるめく映像が展開されます。放送開始以来、SNSなどで、その作り込まれた世界への賞賛が数多く書き込まれてきました。

この映像を制作したのは、アーティストのシシヤマザキさん。ロトスコープ*というアニメーションの技法を使った映像で知られるシシさんに、タイトルバック制作の裏側や、映像に込めた思いを聞きました。

*ロトスコープ……モデルの動きをカメラで撮影し、トレースしてアニメーションにする手法。マックス・フライシャーにより考案され、1919年に初めて商業作品に使われた。


寅子の人生と人物像の魅力を表現したいと思いました

――「虎に翼」の演出の一人、橋本万葉さんがシシさんにお声をかけたと聞きました。以前にもお仕事をされたことがあったのでしょうか?

橋本監督とは、2023年3月に放送された「生理のおじさんとその娘」という特集ドラマで初めてご一緒して、劇中のアニメーションを担当させていただきました。そのドラマの脚本も「虎に翼」の吉田恵里香さんだったのですが、橋本監督が朝ドラを担当されるにあたり、タイトルバックを私のアニメーションで、と言ってくださったと聞いています。

――オファーが来たときの、率直なお気持ちは?

もちろん嬉しかったんですけど、当時、何を考えていたのかハッキリとは思い出せないんです。ただ、「来た」みたいなことは感じた記憶があります。私はどんなオファーでも、基本的にフラットに受け止めるほうなんですけど、「来た」と思ったということは、朝ドラにかかわることに、何かテンションが上がる感じはあったのかもしれませんね。

――タイトルバックを、どんな映像にしたいと思われましたか?

最初に橋本監督から企画書をいただいたんですが、そこには、このドラマのテーマやストーリー、タイトルバックに対する橋本監督のイメージ、それに「こういう表現があったらいいのではないか」というアイデア――たとえば「ダンスシーンを入れたい」といった希望も書かれていて。その企画書をもとに、お話ししながらイメージを共有するところからスタートしました。

まず考えたのは、寅子の人生と人物像の魅力を表現したいということです。力強くて、優しくて、軽やかで……それに、寅子が法律について「盾」「毛布」「水源」と語るセリフがあったので、実際にそのモチーフをそのまま使うかどうかは別として、テーマは盛り込みたいと思いました。

映像は、寅子の半生を象徴的に追うように展開。
女学生時代に『六法全書』と出会うところからタイトルバックも始まる。
「法律はきれいなお水の水源のようなもの」という寅子のセリフに呼応するように 寅子が水と戯れるカットも差しはさまれる

――実際の制作は、どのように進められていったのでしょうか?

ざっくりと流れを説明するなら、打ち合わせを起点に私がアイデアをコンテに起こして、撮影内容をすり合わせて、実際に撮影をする。そして撮影した素材を編集しながら、アニメーションの絵を描けるところから描き始めた……という感じです。

並行して主題歌のデモが届いたので、ダンサーのyurinasiaユリナジアさんに振り付けを考えてもらって、ダンスシーンの撮影を行いました。

アニメーションの素材の一つとなる、寅子の単独シーンの撮影は、シシさん自らスマートフォンで行った。

――米津玄師さんの主題歌を聴く前に、映像の制作は始まっていたんですね。

そうですね。オファーをいただいた段階では、どなたが主題歌を担当されるのかも知りませんでした。

――主題歌を聴いて、歌詞などに影響を受けた部分はありましたか?

私はいつも、「音の振動を空間で造形しなきゃいけない」という解釈で作品を作っているので、音楽とアニメーションは関係している部分があると思いますが、歌詞からは影響を受けていません。

というのも、その歌詞は、ドラマの世界観や物語を、米津さんの解釈で造形したものですよね。米津さんが歌詞にされた段階で、いったん抽象化が行われていると言いますか。なので、そのワードや意味をみすぎてしまうと、ちょっとあざといというか、いびつな感じになってしまうと思うんです。それは逆に面白い形のコラボにはならない気がしたので、歌詞と連動させるよりも、もっと楽曲が帯びているグルーヴといっしょに、映像をどう"躍らせて"いくかを考えました。

――シシさんが用いられているロトスコープという手法、かなり時間がかかりそうだと感じました。作画はどんなふうに進められたんでしょうか?

今回は1秒10コマで構成しているので、厳密ではありませんが、単純計算なら月曜日の90秒のタイトルバックのために約900枚の絵が必要になります。当然、一人で描いていたら終わらないので、私が主催しているオンラインの「お絵描き教室」から、30人くらいのメンバーに参加してもらいました。

草花のモチーフのほか、小窓の中の女性、女子部の同志たちといったドラマの本編映像を元にした部分などは、ほぼお絵描き教室の皆さんに担当してもらっています。途中で寅子が倒れ込んだあと、目にフォーカスしていくときの絵も、お絵描き教室の皆さんの絵を使いました。

ロトスコープは、言ってしまえば、映像をなぞりさえすれば形になるんですよ。ですから、全員でドラマのテーマや物語などを共有しつつも「自由にやってください」とお伝えして、それぞれが好きなタッチや色使いで描いたものを組み合わせていきました。

映像の随所に、草花のモチーフが用いられている。
草花はシシさんの開いている「お絵描き教室」のメンバーが描いたもの。

 

寅子の目のアップは、とりどりの色彩、筆致で描かれたものが展開。
そのバラエティーの豊かさは、一コマずつ止めて見たくなるほど。

 

「女子部の同志たちも登場させたい」というのは、橋本監督からのリクエスト。
タイトルロゴと同じ形の枠の中は、本編用に撮影した素材を元に制作したものも多い。

――なるほど、30人もの人たちが自由に描いているから、ああいった多彩なタッチと色使い、絵柄が混在したアニメーションになっているんですね。

それがロトスコープという手法を生かす方法の一つだと思います。もちろん、ある程度のコツはありますが、個人個人のスキルに関係なく映像を紡ぐことができるし、その個性が魅力になるんですよ。

これがもし、イチから全部描くアニメーションだったら、みんなで動きをつないでいくのが難しい。でも、ロトスコープは、とにかく実写をなぞれば人物が浮かび上がってくる手法なので、その面白さと豊かさが、画面上に結実した感じです。いろんな色や質感があると、純粋に楽しいじゃないですか。ですから、皆さんには本当に自由に描いてもらいました。

――個別のシーンについてもいくつかお伺いしたいのですが、先ほども話題に出た、寅子が倒れ込むシーンは、SNSなどで話題を呼んでいました。あの場面にはどんな意味を込めて作られたのでしょう?

寅子が一度弁護士の道を諦めるという展開があると聞いていたので、寅子の挫折を表現しようとしたカットです。

最初は、法服を来た寅子が空を飛んでいて、途中でバランスを崩して落ちる……みたいなアイデアもありました。でも、法服がマントみたいで、くるっと回ると画として綺麗なんじゃないかと思ったので、タイトルバック全体に回転運動を入れることにしたんです。なので、挫折の表現も、くるくると回転する中で倒れ込むというシンプルな表現になりました。

法服の寅子がくるくると回るうちにバランスを崩して倒れ込む。
その不安な表情、無防備な姿に視聴者から様々な反響が寄せられた。

――最後はダンスになりますが、ダンサーのyurinasiaさんには、どんなテーマで振り付けをしてもらったのでしょう?

私が具体的に指示したわけではなくて、このドラマのテーマを、yurinasiaさんがご自身のスタイルで表現してくださっています。

ただ、輪になって踊るところに関しては、私のほうから提案しました。一度は挫折したけれど、希望を取り戻した寅子の目にフォーカスして、それがメタモルフォーゼして、ダンスに移り変わるという流れにしたかったので、瞳の丸から繋げてもらえたらなと。

ただ、これも単に輪になって踊っているわけではなくて、音に合わせてどうバランスを取るのか、手の動きをどうしていくかといったことは、yurinasiaさんが細かく指導してくださいました。

 

寅子の瞳が踊る女性たちにつながっていく。

顔と手の表現には、経験値と造形力が必要

――全体を通して、いちばん悩んだ部分、あるいは苦労した部分はどこでしたか?

この作品に限った苦労とは違うかもしれませんが、ロトスコープで作品をつくるとき悩むことの一つに「顔と手が、なかなか“その人”にならない」というものがあるんです。ただなぞっただけだと、なぜか顔と手だけは、その人に似てこない。特に今回のタイトルバックは、寅子の人物像をいかに反映できるかが焦点になってくるので、そこにはかなり力を注ぎました。

具体的には、顔と手に関しては、ただなぞるのではなく、ちゃんと造形しながら、その人の印象を反映するという作業をしています。似顔絵を描く時の感じに似ていますね。デッサン的観察だけではなく、似顔絵を描く時の感覚を使わなきゃいけなくて。だから、ある程度の経験ないしは造形力がないと、どうしても一定のクオリティーに持っていくのが難しいんです。

寅子がもつ意志の強さと優しさを反映した絵にするのは、私のこれまでのキャリア、経験値と造形力があったからこそできたと、そこだけは謙遜ゼロで思います。

 

――逆に、ここはすごく楽しかった、ということはありました?

長くやっていると、自分のスタイルの中で、今描いているものがどんなふうに映像に表出してくるか、なんとなく想像がついちゃうところがあるんです。でも、お絵描き教室の皆さんに参加してもらうことで、自分では全く考えもつかないような豊かさや、人間が描いていることの良さがよく出るので、そこがいちばん嬉しかったですね。

参加されている皆さんには、これまでも別の作品でご協力いただいているのですが、今回、やっぱり「朝ドラだ」という緊張感があって。その緊張感をシェアすることで、すごくいいやり取りができたなと感じます。

漠然とした言い方になってしまいますが、「作りながら生きていく」ためのきっかけを作ったり、その世界へ導いていくことが、多少なりともできたのかなと思えたのも、嬉しかったです。

――共同作業していく中で、お絵描き教室の皆さんに、アウトプットしながら生きていくことの楽しさが伝わっていると感じられたということでしょうか?

そうですね。やっぱり皆さん「自由に描いて」と言われても、怖かったと思うんです。うまくできているかどうか、完成するまでわからないわけですし。実際に「描いてはいるけど、思ったようにできなくて」と相談してきた方もいました。ただ、それぞれに葛藤はありつつも、それも含めて「みんなでやる」ことの意味があると、私は思います。

自分の手で何かを作り出す人生って、すごくいい人生じゃないですか。生きていて、それが一番意義のあることだとすら、私は感じていて。でも、何も確かなものがない中で創作に一歩踏み出すのはとても怖いから、それならみんなで集まって、過程を共有しながらモノ作りができたら、素敵だなと。

「お絵描き教室」を始めた時は、こういう段階を想像もしていなくて、ロトスコープをいろんな人でリレーしていくことも全く考えてなかったんですけど……コミュニティーというものの良さが、ロトスコープという手法とマッチしていることが発見できたのも、すごくよかったですね。

色彩もタッチも全く異なる絵が一連のアニメーションに。
表現に深みと豊かさ、不思議な魅力を加えている。

――タイトルバックへの視聴者の反応は好意的なものがほとんどだったかと思いますが、ご自身でそれらを見聞きして、いかがでしたか?

私の観測範囲内ではネガティブなコメントがなかったので、そこはやっぱりホッとしました。あとは、SNSで見かけたコメントの中に「『虎に翼』オープニングアニメーション、なんと贅沢ぜいたくわいくかっこいいのか」というものがあって、それはすごく心に残っています。

――タイトルバックをご覧になった皆さんにメッセージをいただけたら嬉しいのですが。

本編がすごすぎて、「このドラマ、面白いですよね!」っていうのを、とにかく皆さんと共有したいんですけど(笑)。

タイトルバックに関してだと、そうですね……。SNSで「タイトルバックを見ていたら、なんか絵が描きたくなった」という投稿があったんです。もしこれを見たことがきっかけで、何か描きたくなったり、踊りたくなったり、あるいは「もっとこういうふうに生きたい」と思ったり――何でもいいんですけど、もし何かしら「こうしたい」「できたらいいな」と思ったなら、絶対に実行してほしいです。

よく皆さん、「絵を描きたいけどうまく描けなくて」とおっしゃるんです。でも、絵を描けない人なんていないんです。絵は、描いたら既に絵なので。文字だって絵の一種ですから、文字を書いたことがあるなら、あなたは絵を描けるんです。絵を描けないという概念はないんですよ。

目的がなくてもいいです。点でも線でもいいから、描きたいと思ったら絶対にすぐに描いてください。どんなものであろうと、自分で何かを生み出すことは、生きていて一番意義があることだと思うので。

――ありがとうございました!

【プロフィール】
しし・やまざき
1989年9月14日生まれ、神奈川県出身。東京芸術大学を卒業した2013年、第17回文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門で「やますき、やまざき」が審査委員会推薦作品に選ばれる。資生堂のCMやシャネルのキャンペーンムービー、アニメ映画『ちはやふる-結び-」のアニメーションディレクターを担当する。NHKでは2015年の第66回NHK紅白歌合戦で星野源のステージアニメーションを手掛けたほか、ドラマ「生理のおじさんとその娘」でアニメーションパートを手掛ける。