テレビを愛してやまない、吉田潮さんの不定期コラム「吉田潮の偏愛テレビ評」。今回は、プレミアムドラマ「老害の人」です。

周囲を困らせる年輩をいつの頃からか「老害」と呼ぶようになった。口を開けば自慢話。しかも数十年前の武勇伝。子ども自慢に孫自慢、はては病歴ですら自慢話に仕立てあげる。そんな彼らに振り回され、辟易へきえきしている人々の悲喜こもごもを描くドラマ「老害の人」が胸をざらつかせる。

テレビドラマのテーマもキャスト全体も若年化が甚だしく、高齢者が激減した今、NHKのプレミアムドラマだけはえんを吐いている印象。

内館牧子の原作をドラマ化し、70代を主人公にすえ続けている。2020年には三田佳子主演「すぐ死ぬんだから」(急逝した夫に隠し子がいたことを知った女がつけた落とし前)、2022年には松坂慶子主演「今度生まれたら」(こんなはずじゃなかったと愚痴と後悔にまみれた主婦が己の人生を見つめ直す)。

どちらも人生の秀逸な皮肉がたっぷりこめられていて、私は大好きだった。そして今作は伊東四朗主演。高齢者の憂いとおごりといきどおりを体現する「内館牧子原作のシニア3部作」が揃ったわけだ。

滔々とうとうと、淡々と、飄々ひょうひょうと、老害魂を発揮

主人公の戸山福太郎(伊東)はボードゲームの老舗企業・雀躍堂の元社長。妻(田島令子)の死を機に引退し、むすめ婿むこの純市(勝村政信)に引き継いだ。高齢者は引き際が肝心と説き、「ここ(会社)には二度と戻ってきません。ありがとう、そして、さようなら」と挨拶した福太郎。

実の娘の明代(夏川結衣)たちと同居生活をスタート。福太郎は悠々自適のリタイアライフを送るはず、だった。

妻亡き後は松尾芭蕉の足跡をなぞるひとり旅に出てはいたが、長くは続かず。「ひとり旅はつまらない」と行かなくなる。そして、二度と戻らないといった会社に再び通い始める福太郎。

会社の空き部屋を経営戦略室とし、社員をつかまえては長々と武勇伝をしゃべり倒すようになる。さらには、今後の経営戦略に不可欠な取引先を上から目線で若造扱いして、怒らせてしまう始末。

伊東四朗がこれまた見事な老害っぷりを発揮(脳内には電線音頭のベンジャミン伊東も存在する世代なもので、軽妙さには懐かしさもよぎるのだが)。

一代で築いた自負、輝かしい昭和の栄光はよくわかるが、観ている側も無意識に舌打ちしてしまうレベルの厄介さだ。娘の明代がいさめたものの、言葉が過ぎたこともあって父娘はしばらく冷戦状態に。

でもね、福太郎は孫たちの生きざまや進路に対しては理解があるのよ。孫娘で病院の管理栄養士をしている梨子(木竜麻生)はコロナ禍の最中に、親に知らせずに入籍していたことが判明。

またその弟で高校生の俊(望月歩)は大学には行かずに、近所の農家に弟子入りしたいと言う。明代も純市もあきれ顔だが、福太郎は背中を押す。孫たちも祖父が味方になってくれるという打算的な部分があるのだが、直球でぶつかっているからこそ、コミュニケーションがちゃんととれているわけだ。

多種多彩な老害図鑑のごとく

描いているのは2020年から始まったコロナ禍の頃。緊急事態宣言にマンボウ(まん延防止等重点措置)、人の流れも考え方も死生観も大きく変容した時期に、元気な高齢者たちがどうやり過ごしたかをコミカル&シニカルに綴っていく。

福太郎は近所の友人たちを雀躍堂の経営企画室に集めて「若鮎サロン」を作る。
この友人たちもこれまた異なる厄介さがあるので、ちょっと紹介しておこう。

吉田武(前田吟)は俳句、その妻の桃子(日色ともゑ)は絵を描く趣味をもっているのだが、どちらもお世辞にもうまいとはいえない。ところが、夫妻の作品を製本して配ったりする。もらって一番困る贈り物ね。

竹下勇三(小倉蒼蛙。昨年、病を克服して芸名を一郎から俳号に変えたそう)はとにかく病気自慢する男。集まれば過去の病歴を繰り返し話すクセがある。

そして、林春子(白川和子)は出版社勤務の娘・里枝(羽田美智子)と2人暮らしだが、とにかく「死にたい」「じきにお迎えが来る」と希死念慮をやたらと口にする。その割によく食べるし、健康というのもリアルな「老人あるある」でなんだか可笑おかしい。

害ではなく益になりたい人々

そして、若鮎サロンの影の発起人ともいえるのが、公民館の元館長・村井サキ(三田佳子)だ。正直、第2話のサキの登場で震えた。夢中になったといういい意味でもあり、厄介で怖いなという悪い意味でもあり。

レストランでは以前伝えたはずの嫌いな食材が入っていたというだけでオーナー(宇野祥平)に対してカスハラ、冷静沈着にイチャモンをつけて、たんを切る。ワクチン接種会場でも接種券を忘れたくせに理路整然と因縁をつけ、担当大臣を呼べとゴネる始末。

明らかにクレーマーなのだが、三田佳子が品よく並びたてる屁理屈がなんだか理論的にも聞こえるし、つい「なるほど」とも思ってしまったからだ。

サキの蛮行を目の当たりにした福太郎は声をかけ、どうやら意気投合したようで。若鮎サロンは高齢者が気軽に立ち寄って、おしゃべりできるカフェとしても開業。「どうせうまくいかない」とたかをくくっていた明代と純市だが、予想に反して客足も順調に伸びている。

福太郎もサキも自分たちが老害とはじんも思っていない。むしろ高齢者の自分たちにできることが世の中にはまだたくさんあると信じている。社会貢献したい、益になりたいと考えていることも伝わってくる。

親の老い見て我が振り直せ、いずれ我が身と自覚

厄介だなと思う反面、元気な高齢者のマンパワーをみくびってはいけないとも思わせる。彼らに振り回されている家族は気の毒だが、親が元気に自己主張して、活発に動いていることをうらやましいとも思う。

私事だが、施設に入って自立歩行できなくなった父と、不活発ですべての興味関心を喪失し始めている母を思えば、福太郎やサキのエネルギーと行動力はまぶしいくらいだ。

このドラマを観ていると、親世代の来し方行く末を思うだけではないことに気がつく。「いずれ我が身」とも捉えてしまう。

福太郎のように企業を牽引した輝かしい実績はないので武勇伝と自慢話を語ることはないが、サキのようにクレーマー化する可能性は大。吉田夫妻のように趣味の産物を人に押し付ける可能性もある。

そう、これは警告なのだ。親の老いを肌で感じている世代に対して、「親の老い見て我が振り直せ」ということなのよ。たぶん。ということで、高齢者ではなく、50~60代にオススメしていこうと思うドラマです。

ライター・コラムニスト・イラストレーター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業。健康誌や女性誌の編集を経て、2001年よりフリーランスライターに。週刊新潮、東京新聞、プレジデントオンライン、kufuraなどで主にテレビコラムを連載・寄稿。NHKの「ドキュメント72時間」の番組紹介イラストコラム「読む72時間」(旧TwitterのX)や、「聴く72時間」(Spotify)を担当。著書に『くさらないイケメン図鑑』、『産まないことは「逃げ」ですか?』『親の介護をしないとダメですか?』、『ふがいないきょうだいに困ってる』など。テレビは1台、ハードディスク2台(全録)、BSも含めて毎クールのドラマを偏執的に視聴している。


プレミアムドラマ「老害の人」(全5回)

毎週日 NHK BS/BSP4K 午後10:00〜10:49ほか
NHK公式サイトはこちら