「現在、第三者の女性の子宮を用いる生殖医療『代理出産』について、国内の法は整備されていない。倫理的観点から、日本産科婦人科学会では本医療を認めていない」というテロップからスタートする、ドラマ10「燕は戻ってこない」。女性を取り巻く不条理を書き続けてきた桐野夏生による同名小説のドラマだ。

主人公の“リキ”こと大石理紀を演じた石橋静河さんは、制作開始時に「この物語で行われるひとつひとつの選択において、誰も、誰のこともジャッジできない、と思いました」とコメントを寄せた。撮影が進む中、このテーマをどう解釈し、演じたのか話を聞いた。

【あらすじ】
派遣社員として暮らすリキ(石橋静河)は悩んでいる。職場の同僚から「卵子提供」をして金を稼ごうと誘われたのだ。生殖医療エージェント「プランテ」で面談を受けるリキ。そこで持ち掛けられたのは「卵子提供」ではなく「代理出産」だった。元バレエダンサーのくさおけもとい(稲垣吾郎)とその妻、悠子(内田有紀)が、高額の謝礼と引き換えに2人の子を産んでくれる「代理母」を探していた――。
石橋静河(いしばししずか) 1994年生まれ、東京都出身。4歳からクラシックバレエを始め、2009年よりアメリカとカナダにダンス留学。13年に帰国し、コンテンポラリーダンサーとして活動。15年より女優としての活動を開始。17年、初主演した『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』でブルーリボン賞新人賞のほか数多くの新人賞を受賞。NHKでは『星新一の不思議な不思議な短編ドラマ』大河ドラマ『鎌倉殿の13人』ほかに出演。

――先日行われた記者会見で「オファーを受けるのに勇気がいった」と話されていましたが、やはりテーマの重さからでしょうか。

そうですね、原作を読む前は自分が代理母を演じることに「やりきれるのかな」という不安がありました。でも原作を読んだら素晴らしい作品で、いろんなことを考えさせられて。ドラマやエンターテインメントは、そのテーマをより多くの人にわかりやすく伝えていく役割があり、そういう意味で「参加する意義のある作品」だと思って心を決めました。

――リキというキャラクターについて、何か監督と相談されましたか?

この作品は、たとえばラブストーリーや刑事ドラマのように「こんな感じだよね」という前例がありません。印象的だったのは、監督はじめスタッフの方々と顔合わせをしたときに、現場にいる全員がドラマについて、キャラクターについて悩んでいたことです。ひとり一人が立場を超えて、考えざるを得ない作品なんだと思いました。そしてそれは、作品を作る上でとてもいいことだとも。

ひとり一人がそれだけ考え、エネルギーを使ったということは画面にも映ると思うし、その時点で「これは絶対にいい作品になる」と確信しました。見た方それぞれに、いろんな解釈が生まれるドラマだと思いますが、私は「リキを演じてよかった」と、今は心から思っています。

――リキを演じる上で、大切にしたことはありますか?

演じる上で、役としてだけでなく自分自身の心まで傷つけたくないと思うと、「このキャラクターは特別で、自分とは違う人」と、突き放してしまいがちなところがあります。

とくに今回演じたリキは、お金がなく、「腹の底から金と……安心が欲しい」と、代理母を選ぶに至った女性。そういった苦しい役に、お芝居で自分自身をのせてさらけ出すことは、やはり勇気がいりました。

でも自分を守る演じ方では、見ている人がこの物語を身近な問題として受け取れないのではないか。もう少し踏み込んで“私”を持ち込んでもいいのかな、と思いました。

それに、脚本が本当に素晴らしく、「わかる! こういう風に言葉にしてほしかった!」というセリフばかりなんです。私自身が感じてきたこともセリフの中にあって、リキの苦しみもよくわかる。

だから「これは私じゃない」って突き放さないことを大事にしました。リキの中に私もいる。そうすることで、生々しさが出ていればいいなと思っています。

――石橋さんはリキと同じ29歳ということもあり、リキの苦しみも一緒に体感できたんですね。

そうですね。たとえばわざわざ言うほどでもないけど、ちょっと嫌だなと思うことや、理不尽な思いなどは、皆さんの日常の中にあると思うし、私にもあります。ドラマのなかでも、リキは本当にいろいろな理不尽と向き合います。原作を読んだとき、自分の気持ちがリキと重なる部分はありました。

――リキはドラマの中で思いもよらないような行動をして、見る側もやきもきします。どのような反響があるか、楽しみですね。

実社会でも理解を超えることがいろいろ起こる世の中ですが、たとえ共感できなくても「こういう世界があるんだ」「こういう人もいるんだ」と、興味を持っていただけるといいですね。そして身近に起こるかもしれないこととして、ドラマを観て考えてもらえたら嬉しいです。

――今回の役を演じたのは、石橋さんにとってどのような経験でしたか?

演じることって疑似体験に近いと思うのですが、リキを通して心情の面で究極の疑似体験をしました。撮影が進む中で、自分がどう変化するのか怖くもあり楽しみでもあって、役者としてとても面白い経験をさせていただいていると思います。

――では最後に、視聴者にメッセージをお願いします。

どこにでもいそうなごく普通の、真面目に、一生懸命に生きている女性が、ある日突然、生殖医療ビジネスに巻き込まれていきます。エンターテインメントとして楽しんでいただきつつも、もしかしたら今、自分の隣にいる人の話かもしれない――そんな風に、普段の生活の中で思い出していただけたら嬉しいです。

広告代理店を経て、編集者、フリーライターに。ファッション誌、旅行誌、美容誌、書籍などを手掛ける。最近は「ソーシャルグッド」な取り組みの取材や発信に注力。お寺好きが高じ「おてライター」としてあさイチに出演したことも。取材の基本スタンスは「よりよく生きること」